オペラ歌手が語るコメディの鑑賞作法━━笑いの演技はこうして生まれる!
2022年1月28日(金)にライブ配信した「ゲキジョウシマイが語るコメディの鑑賞作法——笑いの演技はこうして生まれる!」からエッセンスをお届け! 舞台上のハプニングから起こる笑いや、笑いに表れるお国柄についてなど、オペラにおける笑いのあれこれを紹介します。
東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京医科歯科大学非常勤講師。オペラを中心に雑誌やWEB、書籍などで文筆活動を展開するほか、社会人講座やカルチャーセンターの講...
1月28日に配信された「オペラ歌手が語るコメディの鑑賞作法——笑いの演技はこうして生まれる!」では、日本のオペラ界で大活躍中おふたり、ソプラノの森谷真理さんとメゾ・ソプラノの鳥木弥生さんによるユニット、その名も「ゲキジョウシマイ」をお招きして、オペラにおける「笑い」について語っていただきました。
M1出場が密かな夢! ゲキジョウシマイならではの「笑い」
ゲキジョウシマイはこれまでに2回コンサートを開いていますが、2021年12月に開催された「スパニッシュ・バケーションズ」では、ビゼーのオペラ《カルメン》のミカエラのアリアを、森谷さんが演技をしている後ろで鳥木さんが歌うという離れ技をやってのけ、客席を爆笑の渦に巻き込みました。
配信でもその様子を少しだけ披露してくれましたが、鳥木さんによれば、これは「歌えるけれど芸としてお客様に見せるわけにはいかないというプロ意識でやった。ウケようとは思ってやったのではなく、いいものをおみせしようと思っただけ」とのことですが、「実はM1出場を目指している」という森谷さんのカミングアウトからすると、ちょっとあやしい……?(笑)
舞台上のハプニングから起こる笑い
舞台上の「笑い」ということで最初に披露してくれたのは、さまざまなハプニングの体験。
鳥木さんは《蝶々夫人》第3幕で、スズキが万感の思いを込めて蝶々さんにお辞儀をしたときに距離が近すぎてぶつかってしまい、会場が大爆笑になったことがあったそう。
森谷さんは《ラ・ボエーム》のラストでミミが死んでいくシーンで、ロドルフォが「Che vuoi dire 何が言いたいんだ」と言うべきところを「Come si chiama? あなたのお名前は?」と言ってしまって、「え、私名前言ってなかったっけ?」と笑いを堪えるのに必死だったとか。
言い間違いでは、鳥木さんも《蝶々夫人》第2幕の「花の二重唱」のところで、蝶々さんの「Va pei fior.(お花を取りに行ってね)」を「Va pensiero 行け、我が思いよ」(ヴェルディ《ナブッコ》の有名な合唱の一節)と言ってしまったということがあったそうです。
作曲家が狙った「笑い」と狙っていない「笑い」
さて、舞台上で「笑い」が起きるのは、作曲家が狙って作っているケースと、図らずも笑いをとってしまうケースがあるそう。
例えば《蝶々夫人》では、第2幕で蝶々さんが「アメリカでは偉い判事さんが離婚の裁定をする」と言って判事の口調を真似るシーンがありますが、「そこはおそらくプッチーニは狙っているのに、実際にウケたことはない」と森谷さん。かと思うと、第1幕でシャープレスが蝶々さんに年齢をたずねるシーンは、海外では大爆笑になることが多いのだとか。
プッチーニの微妙なライン狙いに対してロッシーニは「めちゃくちゃ狙ってる」と鳥木さん。森谷さんによれば、ロッシーニを得意とする海外の歌手たちは、リハーサルをかなり丹念に重ねて、演技の「間」を体に叩き込むのだそうです。ロッシーニ作品では「実は作られているのだけれども、そうとはみえないような笑いを目指したい」というのが、おふたりの共通認識のようでした。
お国柄や会場の雰囲気で笑いが起こるかどうかが決まる
「笑い」にお国柄が出るという話も興味深かったです。イタリア人の笑いは「ハイブロウなのはダメ。修学旅行中の男子が友だちの寝顔の写真を撮って大笑いするような、ベタな笑い」(鳥木さん)。
オーストリアにはオペレッタの伝統がありますが、「オペレッタは“面白い”というよりも、“楽しい”というイメージ。作品によっては時事ネタを入れてきたり、お客さんの間に共通の文化的なベースがあるのが前提」(森谷さん)になります。
ゲキジョウシマイのお二人は、ステージ・マナーがとても素敵です。登場した瞬間から何かとても楽しいことが始まるぞ、という雰囲気にあふれ、お客さんの表情も自ずと柔らかくなるのです。鳥木さんは「お客さまに安心してほしいという気持ちがあります」、森谷さんは「まずは心を開いていただきたい」と話してくれました。この「楽しませよう精神」がシマイの最大の魅力。歌手の中には、がんばってる感を全面に押し出してくる「心配させ芸」の人もいるそうですが(笑)、このシマイに限っては絶大な安定感の上に発生する「楽しい笑い」が身上ではないでしょうか。
笑いに関する演技の指示や歌の中の笑いもチェック!
配信をご覧になっている方からの質問にも答えていただきました。
Q:コメディで、わざと変な声を出すなど、声を変えることはありますか?
森谷 楽譜にそういう指示があるときはやります。例えばロッシーニ「猫の二重唱」は、綺麗な声で歌っても面白くないのでわざと猫っぽい声で歌ったりします。
鳥木 猫といえば、プッチーニ《外套》に登場するフルーゴラは、猫を可愛がってるゴミ拾いのおばちゃんという役なので、アリアを歌い終わった後に良かれと思って「にゃ〜ん」と猫の鳴き真似をしたら、海外では全然受けなかったことがあります。やっぱり笑いを狙ってやるとダメですね。
鳥木さんの猫まね、めちゃくちゃうまかった! うますぎて本物と思われたのでしょうか。
Q:歌の中に笑いが入っているものはありますか?
鳥木 先ほどのプッチーニ《外套》のフルーゴラのアリアには、「下品に笑う」という指示があります。
森谷 ソプラノの役だと高笑いが入っている曲は結構たくさんあります。ドニゼッティ《愛の妙薬》のアディーナとか《ドン・パスクワーレ》のノリーナ、モーツァルト《魔笛》の夜の女王も演出によっては高音のコロラトゥーラの部分を笑いとして表現する場合がありますね。
プッチーニ《外套》より「あんたがもしこの袋の中身を」、ドニゼッティ《ドン・パスクワーレ》より「騎士はそのまなざしに」
鳥木 笑いの入っている曲は、オペラでは結構たくさんあるのでぜひ探してみてください。
配信のアーカイブでお二人のトークを実演付きでぜひ!
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