インタビュー
2022.08.11
『ミッドナイトスワン』の内田英治監督映画が8月26日(金)公開

阿部寛(主演)&小林洋平(音楽)にきく『異動辞令は音楽隊!』秘話~楽器演奏の魔力 

8月26日(金)公開の映画『異動辞令は音楽隊!』は、主演の阿部寛扮する鬼刑事が、およそ似つかわしくない打楽器を前にしたビジュアルにまず度肝をぬかれた方も多いのでは? ところが本編は吹奏楽の名曲にあふれ、音楽が人の内面に与える影響が繊細に描かれる、音楽好きにはたまらない映画なのです。主演の阿部寛さんと音楽担当の小林洋平さんに、その舞台裏をインタビューしました。

よしひろまさみち
よしひろまさみち 映画ライター・編集者

音楽誌、女性誌、情報誌などの編集部を経てフリーに。『sweet』『otona MUSE』で編集・執筆のほか、『SPA!』『oz magazine』など連載多数。日本テ...

写真=各務あゆみ
ヘアメイク=AZUMA(M-rep MONDO-artist)
スタイリスト=土屋シドウ

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犯罪捜査一筋30年の鬼刑事・成瀬は、コンプライアンス無視の告発をきっかけに左遷。その異動先は音楽隊!? 楽器経験は子どもの頃に和太鼓をやっていた程度の成瀬だが、捜査の第一線から一転、ドラマーを命じられる……。

『異動辞令は音楽隊!』は『ミッドナイトスワン』の内田英治監督が警察音楽隊のフラッシュモブ映像を見たことをきっかけに生まれた音楽エンターテインメント。

本作で演じた成瀬役と同様、打楽器に初めて取り組んだ俳優の阿部寛さんに、演奏の魅力についてうかがいました。

演技と演奏の境を超えたラストシーン

――出演が決まったときのことを教えて下さい。

阿部 正直、どうしよう、と思いましたね。警察官の役は何度も演じてきましたが、音楽隊のことは何も知りませんでしたから。

脚本の時点で、演奏するシーンがたくさん盛り込まれている状態だったので、監督がどのように演出する気なのかも分かりませんでしたし。

――特に演奏面では不安が大きかった?

阿部 不安しかなかったです。でも、最終的には演奏シーンでは演じていることを忘れられる瞬間があればいいな、と思っていましたし、演奏に没入して新しい発見をする成瀬を表現するにはむしろ演じちゃいけないな、とも思っていました。

だからラストシーンの楽曲《IN THE MOOD》の撮影では、監督から「テンポどうしましょうか?」と相談されて、即座に速いほうでいきましょうと提案しました。

成瀬と同じ気持ちになるためには、敢えて成瀬と同じく無茶なことでも挑戦してみたほうがいい、と思ったんです。速いテンポで演奏に没頭して、それがうまくいっていると分かってきたときの喜びみたいなところを表現できるんじゃないか、と。

実際やってみましたが、あれのおかげでステージで演奏している奏者の気分に近づけたんじゃないかと思います。

音楽は感動のプラス一歩先を与えるものだと思う

――この作品に出演されるにあたって、なにか参考にした他の映画はありますか?

阿部 『セッション』(『ラ・ラ・ランド』も監督したデイミアン・チャゼル監督の作品)ですね。あれ、過去最高(笑)。

こんな面白い映画があったとは、と思いましたね。音楽エンターテインメントの全部が詰まってる。ドラムの繊細さはもちろん、音楽で立身出世を夢見る青年のこだわり、そして彼をしごく鬼教師。いやー、最高でしたね。

特にラスト、主人公があまりにも熱いパフォーマンスをするもんだから、意地悪をしてきた鬼教師もついつい音楽にのせられていくっていうあのくだりは、音楽を芸術の域に高める瞬間を見た気がします。

映画『セッション』のトレーラーから

――名作ですよね。音楽映画の楽しさはどこにあると思いました?

阿部 映画における音楽が、人の内面をこんなにも鼓舞するものなのか、っていうことを思い知りました。

泉のごとく水がこみあげてくるような高揚感や、音楽自体のテンションの高さ、その高いテンションがさらに際限なく盛り上がっていき、限界を超えたときに来る感動……。

音楽はストーリーによって得られる感動にプラスして、さらに一歩先を与えるものだと思います。

音楽の楽しさを実感したのはこの年齢でこの役に出会えたから

――実際に打楽器の練習をしてみていかがでした?

阿部 ただ叩けば鳴るだろ、と思っていた自分が甘かったですね(笑)。実際叩けば鳴るので、スティックさえ持てば様になるだろう、って思っていたんですよ。

でも、全然ダメ。そもそもお手本どおりに叩くこともできない。乱暴に叩いているだけのように見えて、じつは雨粒のように落ちていくような繊細さがないと、演奏にはならないことを知って驚かされました。

それで、ひたすら基礎練習。時間があるときはずっと基礎打ちをしていましたし、マイスティックもたくさん買いましたよ。あれって、使い込むと割れるもんなんですね(笑)。それにあんなに太さや材質の種類があることも知らなかった。

――楽しかったですか?

阿部 それが全然……。撮影の3ヶ月くらい前から先生につきっきりで練習していたんですが、練習台やスネアドラムだけを叩いても、実際のドラムの感覚がまったくつかめないし、うまく叩けている感覚もないし。

でも、初めてドラムセットで練習したときに変わりました。めちゃくちゃ楽しいんですよ。楽器を演奏する楽しさが、そこでつかめたように感じています。

――では、音楽隊の皆さんが集まって練習や演奏をしたときはさらに楽しかったのでは?

阿部 ほんとそうですね。音楽隊には演奏ができるエキストラさんも何人か入っていらっしゃるんですが、彼らが使い込んだ楽器や道具を見ているだけでも「かっこいいな」と興奮しました

その方々に、「どうやって演奏するの?」とか聞いていたんですが、そこで彼らからは楽器や演奏に対する愛情もうかがうことができたんですよ。それが演奏や楽器に対する興味にもつながったと思っています。

あるときなんて、みんなが各々練習しているうちに、自然とセッションになっていったことがあり、演奏が終わったときにはみんな大興奮で拍手。これが音楽を奏でる楽しさなのか、と改めて思いました。

――これから趣味で何か楽器をやろうとか思います?

阿部 やってみたいですね。撮影中は必死でしたが、撮影が終わって、役を離れてもこれだけ音楽への興味は消えていませんから。

一人で演奏するのも楽しいですし、合奏するとまた別の楽しさがある。これが音楽を続けている人たちのモチベーションなんだな、と知ることができたのは収穫だと思います。

それに、この年齢になってこの役に出会えたことがよかったですね。若い頃にこの役をやっていたとしても、音楽への興味はそれほど持てなかったんじゃないかな。

阿部寛(あべ・ひろし):1964年生まれ、神奈川県出身。『テルマエ・ロマエ』(2012)で第36回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞受賞。『結婚できない男』『下町ロケット』『ドラゴン桜』などのTVドラマで主演を務める。映画『トリック 劇場版シリーズ』(02~14)、是枝裕和監督の『歩いても、歩いても』(08)、『海よりもまだ深く』(16)、『HOKUSAI』(21)他、舞台、CMと出演多数

◆◆◆

続いて、『異動辞令は音楽隊!』で劇中音楽の選曲と作編曲、演者の楽器トレーニング統括を行った、サックス奏者で作編曲家の小林洋平さん。

音楽をテーマにした映画で、音楽にまつわるすべてを手掛けた彼に、本作での内幕をうかがいました。

小林洋平(こばやし・ようへい):東京理科大学の宇宙物理学研究室を経たのち、バークリー音楽大学映画音楽科に奨学金を得て留学し、首席で卒業。帰国後は作編曲家として数多くの映画やドラマ、報道番組などの音楽を担当。日本作編曲家協会(JCAA)理事。洗足学園音楽大学で後進の指導にもあたる

――この作品に関わるきっかけはなんだったんでしょう?

小林 内田監督の前作『ミッドナイトスワン』のチーフ助監督が、たまたま高校の同級生で。彼から、内田監督が次回作で吹奏楽の監修を探しているという相談をされて、監督とお話するきっかけをいただいたのが始まりです。

そこでこの作品全体の音イメージをうかがったところ、劇伴と劇中の楽曲が交差するようなシーンが見えてきたので、劇伴と劇中曲のアレンジは一人の作家が手掛けたほうがいいのでは、とご提案させていただいたんです。

《宝島》をのぞく全曲を新アレンジ

――劇中で使われる曲のセレクトも小林さんがされたんですか?

小林 ご提案は私の方でさせていただきましたが、監督、プロデューサー陣を含め、最終的にはみんなで相談して決めました。準備稿には監督がご自分でイメージされていた楽曲も書かれていましたが、このシーンにはこの曲のほうがいいのでは?、というように、イメージに合った楽曲をセレクトしていきました。

準備稿の段階から台本にあった楽曲で、本編でも使ったのは《パプリカ》ですね。吹奏楽ファンに人気の楽曲だけではなく、一般的にメジャーな楽曲も必要でしたから。

――吹奏楽ファンとしては《宝島》のシーンは盛り上がりますよね。おまけにニュー・サウンズ・イン・ブラスのバージョン。

小林 それ、狙ってました。もともとあのシーンは監督からも「吹奏楽で一番人気のある曲を使いたい」というお話をいただいていたので、即座に《宝島》をチョイスしました。

他の劇中曲はすべてあの音楽隊のために独自の編曲をしましたが、《宝島》だけは吹奏楽ファンの方々にとって耳馴染みのある真島俊夫先生の編曲バージョンをそのまま使うことにしたんです。

その代わりといってはなんですが、中間部のサックスソロを担当した高杉(真宙)さんの負担が大きかったですね。

――アップのカットで、違和感なしのプレイでした。

小林 じつは最初はソロパートはカットする予定だったんです。あのソロは初心者にはなかなか難しいですからね。

だけど、撮影が近づくにつれ役者の皆さんの演奏スキルがどんどんあがっていって、高杉さんも「ぜひやりたい」と言ってくれまして。うまくいったときは、僕まで感動しましたよ。

映画ではこの真島俊夫の編曲バージョンによる《宝島》が使われた

「演奏シーンの手元吹き替えはなし」の過酷な現場

――役者さんはほぼ初心者ですよね? どのように練習を。

小林 演奏シーンの手元吹き替えなしを目指していたので、役者の皆さんには楽器の正しい奏法を覚えてもらわないといけませんでした。プロの奏者が撮影数ヶ月前からつきっきりで練習しました。サックスの高杉さんは江川良子さんと僕が担当しました。

特に来島役・清野(菜名)さんにはご苦労をおかけしました。音大卒のトランペット奏者という設定だったので、演奏シーンで一番余裕のある表情で芝居をしないといけませんでしたから。

 

左は阿部寛さんのドラム指導を担当した佐藤順さん。映画では《アメイジング・グレイス》《威風堂々》などの名曲がそれぞれにふさわしいシーンで奏でられ、耳を楽しませてくれる

――初心者だった阿部寛さんも、ラストの爆速《IN THE MOOD》を演奏しきってます。

小林 阿部さんご自身が速いテンポを望んでくださったのがありがたかったですね。

物語の終幕で使われる重要な楽曲で、監督はとにかく「カタルシスを感じるアレンジを」とおっしゃっていたので、疾走感を出すためかなりテンポの速いアレンジにしました。BPMにして192ですね

ただ、速すぎて役者の皆さんの負担になるかも、と、ちょっとテンポを落としたバージョンも用意しました。が、それだとやはり疾走感も落ちる。

それで撮影前の全体練習の時にみんなで迷っていたところ、阿部さんが「速いほうでやろう!」とプッシュしてくださり、あの速いバージョンが採用されました。

ラストの《IN THE MOOD》はまさに物語の終幕にふさわしいカタルシスを感じるアレンジ。爆速を演奏しきった阿部寛さんのきりりとした制服姿がまぶしい
MOVIE INFORMATION
『異動辞令は音楽隊!』

©2022「異動辞令は音楽隊!」製作委員会

8月26日(金)全国ロードショー

配給:ギャガ

原案・脚本・監督:内田英治

出演:阿部寛、清野菜名、磯村勇斗、高杉真宙、板橋駿谷、モトーラ世理奈、見上愛、岡部たかし、渋川清彦、酒向芳、六平直政、光石研、倍賞美津子

公式サイト

よしひろまさみち
よしひろまさみち 映画ライター・編集者

音楽誌、女性誌、情報誌などの編集部を経てフリーに。『sweet』『otona MUSE』で編集・執筆のほか、『SPA!』『oz magazine』など連載多数。日本テ...

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