小泉純一郎×志位和夫——音楽愛とその原点、芸術文化の未来に私たちができることとは
異なるバックグラウンドをもつ二人の政治家、元内閣総理大臣の小泉純一郎氏と、衆議院議員で日本共産党委員長の志位和夫氏による貴重な対談が実現!
あふれるほどの音楽愛と最近のお気に入り、そして今後の音楽界のために政治がなすべきことについて語っていただきました。音楽文化の維持発展のためには政治的立場の違いは関係ない、と話す力強いメッセージは印象的です。
若き日に熱中した音楽
小泉純一郎氏と志位和夫氏は、ともに音楽通として知られています。お二人の音楽の原点は、奇遇にもモーツァルトでした。
小泉 中学1年生のとき、音楽の先生が「オーケストラを作るから、小泉君、ヴァイオリンやらないか」と誘ってくれた。オーケストラができて、3年生のとき《おもちゃの交響曲》と《アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク》を演奏したんだ。
アンゲラー《おもちゃの交響曲》とモーツァルト《アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク》
志位 僕も高校のとき《アイネ・クライネ》やりました。第2ヴァイオリンをね。
小泉 僕は第1ヴァイオリン。4楽章までやったけど、なかなかうまくいかなかった。その後、ヴァイオリンは高校1、2年までやったかな。学校の音楽の先生にレッスンしてもらって。休みのときは、1週間に1回くらい先生のご自宅に通って受けた。
小泉 当時はよくレコードを聴いていて、バッハの「ヴァイオリン協奏曲第2番」が好きになった。それからメンデルスゾーンの協奏曲をラジオで聴いて「これはいい曲だな」と思い、だんだんはまっていったんだな。初めて買ったレコードは、メンデルスゾーンとチャイコフスキーの協奏曲のカップリングのLP。
志位 誰が弾いてたの?
小泉 ジノ・フランチェスカッティ。その前は姉たちのSP聴いていた。サラサーテの《ツィゴイネルワイゼン》とかメンデルスゾーンの《ロンド・カプリチオーソ》なんかもいいなと思った。協奏曲で好きになったのは、バッハ、メンデルスゾーン、チャイコフスキー。
メンデルスゾーン「ヴァイオリン協奏曲」/ヴァイオリン:ジノ・フランチェスカッティ
志位 カップリングといえば、家には昔、(ヴァイオリニストの)海野義雄のレコードがあって、子どもの頃、擦り切れるほど聴いていました。小泉さんと一緒で、音楽に熱中する時期ってあるんですよ。一番最初に夢中になった曲は、モーツァルトの「交響曲第40番」。
小泉 あれも最初だな。好きになるの。《アイネ・クライネ》の次だよ。
志位 僕は《アイネ・クライネ》の前に好きになった。針を落としたら、もう一瞬でね、本当に感動して。
小泉 (モーツァルトの交響曲第41番)《ジュピター》よりいいよな。
志位 《ジュピター》より好きです。これですっかりモーツァルトの虜になったよね。瞬間的ですよね。冒頭ヴィオラの刻みからメロディが始まって。びっくりですよね。あ、こんな音楽が世の中にあったんだって。
モーツァルト「交響曲第40番」
クラシック音楽業界の危機をどう乗り越えるか
コロナ禍にあって音楽業界は危機的な状況にあります。しかし、その以前から、若い世代がクラシック音楽に親しむきっかけをどのように作っていくのか、どのように裾野を広げるのかは、よく課題にあげられます。何を大切にしたらよいのでしょうか。
小泉 やっぱり学校だろうな。
志位 いい音楽を聴かせて、とにかく音楽好きになる教育をするのが大事だと思います。
小泉 モーツァルトか、クライスラーの小品とか、わかりやすい音楽から入っていくのがいいんじゃないかな。ベートーヴェンの《運命》やシューベルトの《未完成》もわかりやすい。
志位 その通りだと思います。解説とか要らない、聴いてそのままわかるような曲。《子供の情景》なんかもいいかもしれない。誰が聴いてもわかりやすい曲。そこから好きになっていけばいいんじゃないかな。
ロベルト・シューマン《子供の情景》作品15
志位 僕はクラシックだけじゃなくてミュージカルも好き。 《レ・ミゼラブル》にしても《マンマ・ミーア!》にしても音楽のレベルは相当に高い。 だから、クラシックと他の音楽にあまり壁を作らないで、いい音楽はみんないいという感じで聴いていったらいいんじゃないですかね。
小泉 僕は《ラ・マンチャの男》なんか、大好きだ。
ミッチ・リー《ラ・マンチャの男》
志位 ミュージカルの音楽の質は大変高いですね。
クラシック音楽がこの状況を生き延びるためにどうすればいいのでしょうか。「考え方」の転換が必要と志位氏は語ります。
志位 やはり今皆さん苦労していて、特にオーケストラは大変。なくなってしまう危険がある。僕は、政治がお金を出さなければいけないと思う。この前の予算で500億円が付いたんだけど、やはりもう一桁増やさなければならない。
今、超党派で「文化芸術復興基金」を作ろうという動きがある。数千億円単位で国費を入れた基金で、オーケストラやミニシアターや劇場、ライブハウス、こういったところをきちんと手当てし救っていくと。 音楽を、文化芸術を守って育てていこうと。それを超党派でやりたいと思っています。
小泉 音楽や文化は、自民党だろうが、共産党だろうが関係ないからね。国境も越える。
志位 僕は、音楽は不要不急の贅沢品ではなく、生きていく上で必要不可欠なものだと思う。ドイツではメルケルが芸術家の支援を行なうにあたって、まず「ドイツは文化国家である」と宣言し、担当大臣が「文化芸術は贅沢品ではない。人間に必要不可欠のもの。だからアーティストには最大限の支援をする」と、日本円で1,200億円出しました。
やっぱり考え方だと思う。酸素みたいに必要不可欠なものとして守っていく、これを政治がやるべきだ。
小泉 まずは、政治家にも聴いてもらうことだよな。
志位 うん。聴いてもらえば良さがわかる。
忙しくても、毎日音楽を聴く
お二人とも多忙を極める日常の中にあっても、常に音楽を聴いていると言います。特に寝る前に聴くことが多いとのことですが、寝る前にふさわしい音楽について意見が対立!?
小泉 音楽は毎日聴いている。聴かない日はない。寝ながらも聴く。知らないうちに朝になってる。
志位 僕もだいたい一緒ですね。仕事をしながら聴く。パソコンやりながら新聞読みながら。とにかく「ながら族」で家の中で年中かけてる。それから移動の時にいつも聴く。車でも新幹線でも飛行機でも。それから寝る前。寝る前は必ず鎮静作用のある音楽を選んで聴くんですよ。例えばね、ショパンのマズルカとか。すごく気持ちがゆったりしますよ。それからバッハの《フーガの技法》とかね。そういう精神衛生上いいものを聴くと、途中でもう寝ていると(笑)。
小泉 寝るときは「わからない曲」を聴いてる。マーラーで最初好きになったのは1番と5番。聴いているとだんだん全部よくなってくるけど、いい曲は寝る時聴かないの。寝るときは、あまりよくわからない「第9番」とか「第10番」のアダージョとか。
志位 でもね、新しい曲を寝る時聴くと聴き入っちゃって眠れなくなる。
小泉 いやいや、知らない曲だと聴き入らないからいいんだよ。
志位 知らない曲だと聴き入っちゃうじゃないですか(笑)。
小泉 知ってる曲だと聴いちゃうわけよ(笑)。
志位 バッハの《ゴルドベルク変奏曲》ってあるでしょう。あれは寝るときの音楽として作ったっていうんだけど、誰の演奏を聴いても興奮しちゃってだめですね。聴き入っちゃって。
小泉 だから、知らない曲がいいんだよ。
最近のお気に入りの音楽
忙しい中でも常に新しい音楽の感動を探し続ける、そんなお二人の最近のお気に入りとは?
小泉 最近はエンニオ・モリコーネに凝っている。ロマンティックでいいんだよ。《海の上のピアニスト》《ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト》なんかいいね。
エンニオ・モリコーネ「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト」
志位 最近のお気に入りはショパンのマズルカ。去年行ったクリスチャン・ツィメルマンのコンサートがきっかけで。ルービンシュタインのショパン全集版があって、マズルカが全部入ってる。ルービンシュタインの演奏は安心して聴ける。堂々たるマズルカなんですよね。
マズルカっていうのはショパンが一番自由に、日記を書くように作った音楽じゃないですかね。ショパンらしさが一番多面的に現れている。こんな素晴らしい世界があるん だと初めて知りました。
ショパン「マズルカ第17番」/ピアノ:ルービンシュタイン
小泉 私は音楽全般好きで、もちろんクラシックが一番なんだけど、エルヴィス・プレスリーとかパット・ブーンも好きなんだ。
志位 僕はね、リヒテルの大ファンで、来日したときは必ず聴きに行きましたね。
小泉 ヴァイオリンのダヴィッド・オイストラフと一緒にやっていたな。
志位 オイストラフもすごいね。史上最強のヴァイオリニストだね。リヒテルは80年代、90年代ですけれど、全部行きました。オイストラフとリヒテルでフランクの「ヴァイオリン・ソナタ」弾いているのがある。これはすごいですよ。本当に素晴らしい。フランクの 「ヴァイオリン・ソナタ」に対して、二人で解釈が違ったそうですね。リヒテルは大傑作だと。オイストラフはサロン風音楽だと。解釈は違ったけど大名演です。
セザール・フランク「ヴァイオリン ・ソナタ」/ヴァイオリン:オイストラフ、ピアノ:リヒテル
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