藤木大地の大冒険 vol.6

「夢は学校を作ること」——未来からやってきたピアニスト・反田恭平に、カウンターテナー・藤木大地が訊きたい10の質問

インタビュー
2019.10.30

カウンターテナー歌手の藤木大地さんが、藤木さんと同様、“冒険するように生きる”ひとと対談し、エッセイを綴る連載。
第6回のゲストは、ピアニストの反田恭平さん。その活動は演奏に留まらず、レーベルの設立やオーケストラのプロデュースなど、多岐に渡ります。型にとらわれない活動から、「異端児」と称されることも多い反田さんですが、実は藤木さんを「兄貴」と呼ぶ人なつこいお人柄の持ち主。
まるで未来からやってきたような反田恭平さんのビジョンを、藤木大地さんと一緒に覗いてみましょう。

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写真:各務あゆみ 編集協力:桒田萌
今月の冒険者
反田恭平 ピアニスト
反田恭平
今月の冒険者
反田恭平 ピアニスト
1994年生れ。本格的にピアノを始めたのは12歳。桐朋女子高等校音楽科(共学)在学中に第81回日本音楽コンクール第1位・聴衆賞を得(2012年)、2014年モスクワ音...
藤木大地 カウンターテナー歌手
藤木大地
藤木大地 カウンターテナー歌手
2017年4月、オペラの殿堂・ウィーン国立歌劇場に鮮烈にデビュー。 アリベルト・ライマンがウィーン国立歌劇場のために作曲し、2010年に世界初演された『メデア』ヘロル...

近頃の若いもん

「近頃の若いもんは!」なんて言葉が頭をよぎる時もある。
おっさんになってきた証拠である。

きっと自分が若いもんだった頃は、そう思われながらも大人がやさしく許してくれていたんだね。そしていまも。

40歳という、人生というマラソンの折り返し地点のようにも思える数字を目前に控え、自分からみた歳上も歳下も、だいたい同じ人数になったんじゃないの?という考えにもいたる。

イタリアに留学していた25歳の頃、ボローニャで通っていたドイツ語学校のクリスマスパーティで合唱を歌うイベントがあった。友だちの友だちとかいう触れ込みで突然登場したアメリカ人の青年は、たしかドイツの劇場で指揮をしていて、ちょっと歳下だった。

パーティ用の派手なかつらをかぶって「ほらみて! セイジ!」と無邪気に言いながらコーラスの指揮をする彼の腕はたしかで、僕はぽろっと、「若いのにすごいね」と言った。それに対して彼はこう答えた。「音楽に年齢は関係ないでしょ?」たしかに。と思ったし、いまはもっとそう思う。

年功序列とか目上目下の考え方は特に日本で根強いように感じる。けれど相手の人生や努力、実力に対するリスペクト、人としての礼儀があれば、どんな世代の人とも、目と目で向かい合える気持ちのよい人間関係を築けると思っている。

僕は大きくなったらプロ野球選手になりたかった。時は経ち、実際になれた同世代のプロ野球選手が引退していく年齢に到達した。

残りの人生はあと半分あると考えるか。明日おわるかもしれないと考えるか。それは自分次第だし、正解はない。でもたぶん、それで1日の過ごし方は変わってくる。

若い自分を許してくれたたくさんの大人に感謝して、敬意と愛をたずさえて、いつもやさしく生きていけたらどんなにいいだろう。

「まったく近頃のおっさんは!」なんて言われないようにしなきゃ♪

――藤木大地

対談:今月の冒険者 反田恭平さん

反田恭平

1994年生まれ。2012年 高校在学中に、第81回日本音楽コンクール第1位入賞。
併せて聴衆賞を受賞。2013年M.ヴォスクレセンスキー氏の推薦によりロシアへ留学。
2014年チャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院に首席で入学。
2015年イタリアで行われている「チッタ・ディ・カントゥ国際ピアノ協奏曲コンクール」古典派部門で優勝。年末には「ロシア国際音楽祭」にてコンチェルト及びリサイタルにてマリインスキー劇場デビューを果たす。
2016年のデビュー・リサイタルは、サントリーホール2000席が完売し、圧倒的な演奏で観客を惹きつけた。
デビューから4年、コンサートのみならず「題名のない音楽会」「情熱大陸」等メディアでも多数取り上げられるなど、今、もっとも勢いのあるピアニストとして注目されている。
現在、ショパン音楽大学(旧ワルシャワ音楽院)にてピオトル・パレチニに師事。また、TVアニメ「ピアノの森」に阿字野壮介のメインピアニストとして参加している。

藤木大地が反田さんに訊きたい!

Q1. 2012年の日本音楽コンクールでともに受賞し、翌年の全国ツアーを一緒にまわらせていただきました。あれから7年が経ちます。人懐っこい高校生だった当時から現在にいたるまでの反田さんの活躍をみている僕としては、「異端児」という言葉はしっくりこないのです。いろいろなインタビューで「異端児」と称されていらっしゃいますが、それに対してご自身ではどうお感じになっていますか?

反田 藤木さん、僕は「兄貴」と呼んでいますが、兄貴は、昔から僕のことを知っている数少ない方。だからこそこういう質問をしてくださるんですよね。というのも、ここ数年で知り合った方にインタビューをされると、大体は「異端児」という言葉から掘り下げられることが多いんです。だけど今回は違うから、とても対談を楽しみにしていました。

ただ、正直に言うとあまり関係ないですね。確かに異端児なのかもしれませんが、人間にはいろんな種類がいるはずなので、僕は僕で音楽家としてあり続けたいです。

兄貴は2012年に知り合った間柄なので、やっぱり落ち着きます。「懐かしい」って思う。兄貴はすごく頭が良いから、会社立ち上げてほしいんですよね。

藤木 反田さんは、こんなにも時間がない中よくやるよね。今の僕にはちょっと難しいかも。

反田 いやいや、そんなことないですよ。かつて一緒にツアーをしたときに、きちんと裏側のことを考えている人だと思いました。兄貴の背中を見てきたから今の自分の活動があると思っています。

藤木 今やご活躍されて各方面に責任が増えてきたのだろうと思います。だけど、反田さんは「異端児」ではなくて、正統派と呼ばれる活動をたくさんやっている人である気がするんです。
そうやって勝手に代名詞をつけられてしまうこと、嫌ではないんですか?

反田 嫌ではありませんし、むしろありがたいですよ。そうやって誰かが代名詞をつけてくれないと、見向きもしてくれないでしょ。これからも勝手に名前をつけてほしい。

公演でホール入りして、スタッフの人たちに「はじめまして」と挨拶して、公演後に一緒にご飯を食べていると、いつも「意外でした」と言われます。

藤木 みんなが作っているイメージと違うんでしょうか。

反田 髭があり、オールバックで、黒スーツを着て歩いていると怖い印象があるんでしょうね。喋ると普通なので意外だそうです。「お酒、飲めますよね」と地方公演で日本酒を一升瓶でくださったりするんですが、まったく飲めないんです(笑)。

藤木 世間はギャップに萌えるそうですよ。僕も話すと普通の声なのに、あの高い声で歌うと、萌えられるのかはわからないけど、ギャップがあるらしい。

Q2. 今年はこれまでの事務所から独立し、レーベルを立ち上げ、同世代の音楽仲間とのMLMナショナル管弦楽団の公演を行うなど、環境が大きく変わった年でもあったようにみえます。一方でお話をきいていて、それはすべて未来を見据えて周到に準備されたものにもみえるので、「大きな変化」ではないのかもしれません。ところで次の大ニュースは何ですか?

反田 未来を見据えて周到にと言われましたが、スタッフたちと協力しているので、やはり僕1人でできることではないんですよね。
物事はすべてひらめきだと思うので、パッといろんなアイデアが出たりします。そんなとき、スタッフで集まり会議して「これやりたい」と話すことも大事にしています。

次に目指したい大きな野望は、とりあえず、ある、とだけは言っておきます。常に「できないこと」にトライしているので。

藤木 ご自分の今の会社にスタッフは何人いるんですか?

反田 主に2人と、他にも経理や監査などのスタッフ、相談役などお世話になっている方がいます。

藤木 主に3人で、同じテーブルで話し合っているんですね。どうやって一緒にやっていく仲間たちを選んだのでしょうか。

反田 直感ですね。「この人と一緒にいたら良いかな」なんて思っています。昔の自分を知っている人も大事ですし、素直に何でも話せる間柄が良いですね。
例えば僕のマネージャーは、デビュー当時から一緒にいますが、基本的に何でも話しますね。少しでも会っていないと不安になるんです。

藤木 反田さんはご自分の会社で自身のマネジメントもしているから、スタッフの皆さんと深く話す時間をとるのにも融通が利きそうですよね。

反田 そういえばこの前占いをしてもらったんですが、僕は自由人すぎる自由人らしいです。

藤木 別に今さら言わなくても、皆知ってるよ(笑)。

反田 だから、会いたいときに会いに行くし、コンサートにも海外にも行きたいときに行く。この前も誕生日だったので、「沖縄行きたいな」と思って行きました。

Q3. 特定の恋人がいると大変そうな性格ですね。自由を認めてくれる恋人がいいですか? やはり結婚は縛られるから、したくないですか?

反田 彼女がいるていで話しますけど、そこはあまり問わないです。

藤木 相手によっては、自由は制限されてもいいんですか?

反田 そこもこだわらないですね。「帰ってきて」って言われたら帰ります。自分の好きな人だから。
でも、今までお付き合いしていた方は、相当大変だったと思いますね。

藤木 別れ際にそう言われるんですか?

反田 そういうわけではないです(笑)。本当に自由人なんです。もちろん、ドタキャンとかはないですよ。でも、いきなり「今日ディズニー行く?」とか、「中華食べに行こう」と言いながらもイタリアンを食べるとか。AB型なので、それを包容力で包んでくださる方がいいです。

藤木 ファンもたくさんいるでしょう。応援してくださる方から、ファンレターなどで声は届きますか?

反田 たくさんいただいています。たまに、1人で便箋3冊のお手紙もいただきます。

藤木 1冊というのは……?

反田 30ページです。それが3冊。まるで映画を観ているかのような内容で、感動しました。紙切れ1枚の方や、コンサートの間にカフェで書いたのか、紙ナプキンにボールペンで書いてくださる方もいます。お手紙を読むのは好きで、全部保管しているので、たまに引っ張り出して読んでいます。

藤木 もらって嬉しかったプレゼントはありますか?

反田 全部嬉しいですが、食事制限をしようと思っているときに、お菓子がたくさんあって我慢しなければならず大変だったり(笑)。甘いものが続いたりするので、ハッピーターンだと嬉しいですね。甘いもの、甘いもの、ハッピーターン、みたいな。

藤木 じゃあ、ハッピーターンということにしよう(笑)。

反田 嬉しかったのは、ワインセラーですね。お酒は飲めないけど。

藤木 何を入れてるんですか?

反田 醤油とか。思いもよらぬものもいただいたりしますね。

藤木 わかります。

Q4. 演奏家をしながら社長をしていると、自分の時間が減ると思います。社員への責任、未来の投資も必要。演奏家だけのときよりも投資や経費は増えましたか?

反田 うちの会社、一応事務所は構えているんですが、僕は扉の前まで行ったことはあるけど、中に入ったことはないんです。会議はカフェでもどこでもできるし。

藤木 スタッフの方々にお任せしているんですね。

反田 全部お任せしています。ただ年間スケジュールを立てたり、メインの企画を何にするのかなどは僕が決めますが、細かいところは手をつけていない。僕にはピアノの練習もあるので。

藤木 演奏家としてのスタンスは変わっていなくて、そこにプロデューサーの役割も加わっているんですね。

反田 昔からそんな気質だったので、「時間を割く」という感じではないです。でも、高校を卒業して演奏活動をし始めてから、確定申告など、そういった社会常識も覚えないといけなくなった。音楽大学に通っても、そういうことは学べませんでした。日本コロムビアでデビューさせていただきましたが、「勉強させてほしい」と頭を下げて、独立しました。

藤木 残りは会社の未来に投資?

反田 はい、残りのお金でサントリーホールを借りたり、自分でツアーを作ったりしています。

僕は会社を作ることで、演奏会の裏側のシステムを知りたかったんです。コンサートの作り方。チラシは何枚必要なのか。こうして取材を受けるにはどうしたらいいのか。それを知っているだけで、自分が演奏する際にも感謝の気持ちが聴衆に伝わるかな、と。

1年間くらいそれをやってきて、大まかなことは把握できましたが、僕の持っている野望はもっと大きいです。外にも演奏できる場所はないのかな、とも考えています。

藤木 外、というのは野外?

反田 どこでもいいです。地上でも、空の上でも、海の上でも。
この前、沖縄の綺麗な海の近くを車で走っていたとき、「沖縄で、野外ステージしてみたい」と思ったんですよね。ちょうど市長にお会いする機会があったので、その場で「フェスティバルを作りたいんです」と言いました。

北海道も夏にはPMFがあって、この前横浜でも「スタンドアップ! クラシック」があったので、沖縄でも、台風がない春休みに開催したいと。特に沖縄は子どもも多いですし、いろんな方々がクラシックに馴染めるようなものを作りたいです。

Q5. 将来、「学校をつくりたい」という具体的な目標があると聞きました。すでに頭の中にあるビジョンをお聞かせいただけますか。

反田 学校のシステムや規模などは決めてはいないです。目標を先に見据えて逆算して生きていけば、いつか必然的に答えが見つかるかな、と。

ただ一つ考えているのは、世界から学生を集めたい。日本では、音楽を国内で学んで、西洋音楽が生まれた海外で学ぶ、というルートがありますよね。逆に、日本には世界遺産もあるし、来年にはオリンピックも開催されるのに、海外から音楽を学びにくることはあまりないのが現実です。

そんな現状について声を大にして話せないのが、今の日本のクラシック音楽の状況。じゃあ誰がどうするのか。だとすれば、僕はまだ失敗しても良い年齢ですし、色んなことにトライするべき人間だと思うんです。だから各メディアでも「学び舎を作りたい」と声に出しています。

将来僕が作った学校で教鞭をとってくれるような同志を探しています。MLMも、その学校の専属のオーケストラにしたいと思っていて。ものすごくバリバリ弾けるオーケストラがそばにいる学校なんて、すごく良い環境ですよね。

ソリストになるために学校に入っても、コンチェルトを勉強できないならどうやってソリストになるんだ、と思うんです。僕自身、ここ3年でオーケストラと共演する中で、指揮者から学ぶことがたくさんありました。寛大な心を持っている方々でないとマエストロにはなれない、と痛感します。

そういった数々のことを、世界に出て身にしみて実感したので、学び舎を作りたい。

藤木 確かに、音楽の分野で海外から日本に留学する人は少ないですよね。

反田 僕が53歳くらいでそのミッションはコンプリートできるかなと。50歳で学校を建てて、53歳で第1期生が卒業。そのとき卒業生はメジャーなオーケストラと共演、という感じで。その晴れ舞台を見届けて、僕の夢は終わり。

藤木 年の差を計算すると、僕は70歳。何かその学校で一緒にできることはあるかな?

反田 ぜひ名誉教授で。
僕が今会社を立てたのも、逆算した結果。いざ50歳で優秀な人材を周りに揃えて「さあ、学長にどうぞ」となっても、経営も知らない状態はやはり学校の運営はできないと思うのです。

藤木 会社設立も、学校につながっているわけですね。

反田 MLMもそうです。アーティストが会場で心地良く演奏することを学ぶために、自分が裏方になれば良いと思ったから。

Q6. いま25歳。53歳で夢が終わるとして、30歳や40歳では何をしていると思いますか? たとえばこのくらいの年齢になったらピアニストを引退して、次は指揮者1本でいっているかも、とか。たとえばバレンボイムさん、アシュケナージさん、ズーカーマンさん、ドミンゴさんのように、指揮も楽器もずっと並行してやりながら、さらに反田さんご自身のビジネスもやるというスタンスでいくのか。

反田 とりあえずアメリカ、ドイツ、フランス、どこか海外にいたいですね。僕は今ポーランドで勉強していますが、その次に行く国で、ピアニストとしてのスタイルやどういうアーティストになるのかが決まると思うので、慎重に考えたいです。

藤木 その3つの国に対するイメージはありますか? アメリカに行けばこうなれる、みたいな。

反田 性格的に合うのは、アメリカだと思います。

藤木 自由だからね(笑)。

反田 僕の演奏を喜んでくれるのも、アメリカだと思う。でも逆に考えると、もっと自分に大切なものを求めに、真逆の国に行った方がいいのかもしれないですね。ドイツやフランスとか。

藤木 イタリアではレコーディングをしたり、現地の指揮者とご一緒しているようですが、その選択肢は?

反田 イタリアは、ヒョイっとミラノ風ドリア食べに行ったり(笑)。

藤木 イタリアにはミラノ風ドリアはないよ(笑)。

反田  イタリアは本当に大好きです。陽気な感じ、生ハムも大好き。
どの国を選ぶのか、言語の違いも大きいかもしれません。ネイティブの英語やドイツ語を話したい。自分の音やスタイルに関係するので。

藤木 オペラ歌手のようなチョイスですね。

反田 幸いにも初めて行ったのはロシアだったので、ロシア出身のマエストロと共演するときはスムーズにやりとりできて、ラッキーでした。ピアノコンチェルトといえば、圧倒的に華やかなのはロシア人作曲家の作品ですし。

藤木 指揮にも興味があるとのことですが、将来、指揮者1本で生きていく可能性はないのですか?

反田 この前、ある手相占い師に「今の仕事を、将来もやっています」と言われたので、多分ずっとピアノを弾いていると思います。今は9割がピアノ、1割が指揮ですが、僕が求めているのは「音楽家」。僕の理想とするのは、ベートーヴェンやモーツァルトの時代の音楽家。自分で曲を書いて、自分でプロデュースや企画をして、自分で初演して、と全部やること。意外と古風な人間なんです(笑)。

Q7. 反田さんのようにソロでサントリーホールを満員にできる演奏家は多くありません。実力を磨く努力をおこたらないことに加えて、あの頃からファンが増えてきたな〜みたいなタイミングや実感があれば教えてください。また、ご自身の経験から、応援してくれる人を増やしたいと思っている音楽家へのアドヴァイスがあれば教えてください。

反田 企業秘密です(笑)。でも、最初はどうすれば良いのかわからなかった。演奏会の裏側を知ってから身についたものなので、なかなかうまくはお伝えできませんが、難しいですよね。

藤木 演奏活動を始めたばかりの人たちが、日本でソロの演奏活動をしたいと思って最初にやれることは、自分たちでホールを借りて、チケットを売る。そうやってどうにかして年に1回はリサイタルをする。でも、お客様が来ないと続かない。だからといって身内ばかり呼ぶわけにもいかない……。そう悩んでいる人は多いですよね。僕は、自分の商品価値が上がらないとそもそもマーケットが広がらないから、自分がうまくなることが一番大事だと思っています。

反田 僕に関しては、本当に運と縁。人生ラッキー。もう1つ言えるのは、どこで誰が僕を見ているかわからない、ということ。僕が学生時代に東京フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会にソリストとして抜擢されたのも、僕がカフェでピアノを弾いていたのを見つけてくれたことがきっかけだったので。

他にも、ファンクラブがあるので、ゲストを呼びながら定期的に集っています。落合陽一さんや、茂木健一郎さん、朝井リョウさんなど、多岐に渡るジャンルの方々とコラボレーションしながら、語り合う場を設けていて、そういったコミュニティも大事かなと思います。

あと、必ずすることは、サイン会で相手の目を見ること。1人でも600人でも、関係ありません。チケットを買って、僕のために貴重な時間を何時間も割いてくださって、それにCDまで買ってくださっているんです。必ず目を見ますね。

Q8. 今注力していらっしゃることだと思いますが、クラシック音楽全体のファン、オーディエンスを増やし、マーケットを広げ成長させていくために、現在われわれができることは何でしょうか。

反田 今はSNSが発展していて、使わないほうがおかしいような時代になっていますね。他にも、ラジオをしたいと思えば自分でもできるし、テレビも動画配信で作ることができる。使えるものは全部使って、ファンがついてきてくれるような足跡を残していかないといけない。

年間コンサートに出入りしている人数は、僕が調べたデータでは600万人いるらしいですよ。その中にスマホを使っていない人が何%いるのか。どういう活用ができるのか、今考えています。

キャッシュレスの時代にもなりつつありますが、僕も小銭は絶対使わないですもん。演奏会に応用すると、CDを買うときにキャッシュレスで購入できるとか、見過ごされている部分を、アーティスト側も運営側も改めて見つめると、クラシック音楽業界はもっと栄える。

藤木 時代に合わせたもの、ということですね。

藤木 時代の流れは、どうやって読んでいますか? インターネットとか?

反田 どこからでも読み取れますよ。例えば、電車の中吊りの広告。単純に、そこにQRコードを書いて、アーティストの詳細がすぐにわかるようにするとか。
先日驚いたのが、スマホをかざすとホログラムで動画が出てくる、というCDのジャケットがあるみたいですね。そこでアーティストのインタビューの様子が観られるんです。もう、そういう時代。僕たちゆとり世代の出番です。頭を柔軟にして取り組んでいきたいですね。

Q9. まだ舞台での共演はないですが、少し連絡をとっていなくてもカフェでばったり会ったりする藤木大地と何か一緒にできそうなこと、やってみたいことはありませんか?

反田 僕は兄貴の歌を聴きたいです。僕が企画したものに、出ていただく。それを一緒にやりたい。僕は兄貴の背中を見て育ったから、次は僕が一歩先に企画者として独立して、兄貴が拍手を受けている姿を見たいです。

藤木 反田さんとのご縁って本当に不思議で。ここ1年、1度も約束していないのに、偶然4回くらい会っているんだよね。コンサートや代々木のカフェでばったり。ご縁のある人には会うものなんですね。僕としては一緒に演奏したいです。

Q10. あなたにとって、音楽とは?

反田 一番困る質問ね。当たり前すぎて答えが出ないんです。空気のようなもの。水のようなもの。要するになくてはならないものなんですよ。嫌いになったことがない。うまくピアノを弾けなくて、フラストレーションがあったりもしますが、そこから少し離れて指揮をしてみたり。うまく振れない、と思ったら次は曲を書いたり。結局、音楽はなくてはならないものなんです。

他にも、「あなたにとってピアノは?」と聞かれることがありますが、それこそ何なんだろう、と思います。たまに生きているように見えたりするんですよね。演奏会に行くと、ピアノに限らず、楽器が喜んでいるように見える体験をよくします。自分が演奏しているときも、「この子、喜んでるかな」って。

逆に聞きますが、兄貴にとって音楽は?

藤木 出た。この対談でそれ聞き返してくるの2人目です。
なんでしょう……。1つの言葉ではないですね。僕は、1度歌うことをやめようとした歌手なので。裏方になろうとしたけど、恋しくて戻ってきちゃった。
そもそも裏方をしようとしたのも、歌うことをやめても音楽に関わりたいと思ったからなんです。結局、そういうもの。離れられない。

反田 何なんでしょうね。我々にとって、音楽って。僕は、音楽家って不幸な人たちだと思いますけどね。

藤木 なんで?

反田 一生答えがわからないじゃないですか。問い詰めようとすると、ある程度見えてくるけど、答え合わせができないんです。だから永遠にそれを繰り返す。
ピアノはたくさんの曲があるからいいけど、テルミンとか、作品の少ないような楽器はどうやって生きていくんだろう。ソリストとしてはなかなか答えが出なくて、一生満足できなさそう。

藤木 演奏会では自分の演奏の出来に満足するほうですか?

反田 よくするタイプです。お客さんから「今日も良かったです」なんて言われると、鵜呑みにして「ほんと?」って(笑)。でも家に帰るとズシンって。どうしてあんなふうに弾いたんだろう、って現実を振り返る。でも、次の日には忘れてルンルンって弾く。浮き沈みがすごいんですよね。でも根は意外と真面目なので、考えちゃいます。

藤木 意外ではないけど。

反田 僕、よく「感性で弾くんですか」と聞かれるんですが、理論で弾きます。フレーズはこう計算されていて、2+4はこう、とか。
真面目だけど、程よくズレてるし、AB型だから自由に生きることができているのかなって。ピアノ弾いても楽しいし、指揮をしていても楽しいし、曲を書くのも楽しい。何より、音楽に携われていることが幸せ。演奏にこだわらず、ゆっくり成長していきたいです。

藤木 これからも自由に生きて、みんなを楽しませてください。

反田 頑張ります。

藤木 ありがとうございました。

対談を終えて

「アニキー!」と僕のことを呼んでくれる「歳の離れた友だち」がやってきた。僕は彼のことをとても尊敬している。昔から変わらないからだ。もっと調子に乗ってもいいのに。もっと偉そうに振舞っていてもおかしくないのに。それほどのことを成し遂げているのに。まわりの人たちを大事にして、ファンの皆さんを大事にして、おまけに僕のこともさりげなく立ててくれて、なんなんだキミは(笑)とか書いていたら、いま気づいた! もしかしたら彼は未来から来たのかも。そう考えたら合点がいく。このドラえもんは、もう見てきた未来から逆算して、再来年くらいを生きている。
ありがとう恭平、またあそぼー!

藤木大地

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