インタビュー
2021.11.04
ショパンコンクールで人気急上昇!

ガルシア・ガルシア「ピアノで鳴らす音は全部フェイク」と語るピアノ論

第18回ショパン国際ピアノコンクールで第3位、コンチェルト賞も受賞したスペイン出身のピアニスト、マルティン・ガルシア・ガルシアさん。ピアノを弾きながら歌う声や、その陽気そうなキャラクターがYouTubeでも話題に。そのピアノへの向かい方や表現方法、ファツィオリのピアノについて、現地で取材していた高坂はる香さんが伺いました。

取材・文
高坂はる香
取材・文
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

撮影:筆者

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「ピアノで鳴らす音は、ある意味全部、フェイクだ」

明るくおおらか、表情豊かな音楽と、その音楽性とリンクするキャラクターにより、今回のショパンコンクールで人気が急上昇したと思われる、スペインのマルティン・ガルシア・ガルシアさん。最終結果でも3位に入賞を果たしました。

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そんなガルシアさんが熱くピアノについて語っている途中、急に発したこの言葉。

え、フェイク??

その背景には、ガルシアさんが抱くピアノ論がありました。3次予選の演奏の後に伺ったお話です。

マルティン・ガルシア・ガルシア
1993年12月3日、スペイン生まれ。5歳でピアノを学び始める。その後、マドリードのレイナ・ソフィア音楽学校や、ニューヨークのマネス音楽大学で学ぶ。 スペイン(バルセロナ、サンセバスチャン、マドリード)やモスクワを含む海外の数多くのピアノコンクールで入賞。 2021年8月にはクリーヴランド国際ピアノコンクールで優勝。

本物の歌を表現しようとしている

——ガルシアさんの演奏からは、いつもステージを楽しんでいることが伝わってきます。

ガルシア おっしゃる通り、すごく楽しんでいますよ。今の3次予選のステージは特に心地よかった。たくさん練習を重ねて、長く音楽の中に入り続けていると、音楽というのは、もはや源からただ自然と生まれてきていて、それを目撃しているだけというような感覚になります。自分がピアノの前に座っているという感覚すらなくなってしまうんです。

——それでは感覚的には、もうそこにピアノがなくなっている?

ガルシア その通りです。そうであるべきだと思っています。ピアニストも本当はいなくていいくらい。私たちピアニストは、ショパンのためにそこに存在しているのですから。コンクールも、ショパンのためのものであって、入賞者のためのものではありません。

——そういう想いでいると、自然と歌ってしまうのですか?

ガルシア 歌っている理由についてはみなさん聞きますけど(笑)。僕が歌っているのは、ピアノをコントロールするためです。僕たちはピアノを扱って何かを表現しようとしているわけだけれど、ピアノで鳴らす音は、ある意味、全部フェイクです。

僕たちは、ピアノで歌い、リリカルな表現を生み出そうとしています。それに対して、ピアノはハンマーで弦を叩いて音を鳴らす楽器です。ハンマーでリリカルな歌声を生み出すことは、本来、論理的には不可能です。それでも、本物の歌、ベルカントを表現しようとしているのです。

それでピアノのそばにいて心地が良いと、自然と歌ってしまう……なぜかはわからないけれど、自分ではコントロールできないことがほとんどです(笑)。

フェイクを生み出す作業がうまくできれば音楽は生きてくる

——ピアノで鳴らす音はフェイクだというだというのはおもしろいですね。ガルシアさんはそれで、基本的には声を生み出そうとしているということですか? それとも、他のなにかも表現しようとしている?

ガルシア まずシンプルに目指しているのは、レガートの表現です。ヴァイオリンや声だと音をつなげることができるので、それは比較的簡単ですね。でも、音が一つひとつ分かれているピアノでは、本当に難しい。聴く人の耳を、レガートだと思いこませられないといけないのですから。

個別に鳴らされる音をつなげて、クレシェンド、ディミヌエンドを生み出し、音がつながっていると感じてもらえなくてはいけません。ピアニストがその、いわばフェイクを生み出す作業がうまくできればできるほど、楽器も、他の音を生み出そうとする自分のアイデアに反応してくれます。それによってはじめて音楽は生きてくると思います。

——音楽表現にそういう理想があって、それでもあなたは、楽器としてはピアノを選んだのですね? ヴァイオリンとか歌ではなく。

ガルシア そうなんです。これは偶然の成り行きによるものではあったんですけれど。もともと、兄がピアノを弾いているのを見て、真似しようとしたのがはじまりです。とてもきれいな楽器だ、僕もやりたいと思ったんです。やがて、ものすごくたくさんのレパートリーがあることを知って、こうして続けてきました。ピアノは楽器の王様だと思います。

——今回のコンクールでは、ファツィオリのピアノを選んでいましたね。いかがでしたか?

ガルシア このピアノは、自分が目指す音楽の方向にあっている楽器だと思い、選びました。ピアノの音はある意味フェイクだと言いましたが、他の楽器や歌声のリリカルな表現をするうえで、とてもいい楽器に仕上がっていました。アクションは新しいつくりだったようなので、うまくコントロールする必要がありましたが、それは同時に、できることが広がったということでもあります。

信じられないくらいすばらしくて、こんなピアノはこれまで弾いたことがないくらいでした。

ファツィオリをパートナーに、ピアノでベルカントの表現を目指す。そのなかで自然に自分も歌ってしまう! そんなガルシア・ガルシアさんでした。

ショパンは歌が大好きでしたから、これもひとつのショパンが求める表現だったのだろうと思います。

日本にはまだ行ったことがない、行ってみたい! とおっしゃっていたので、今度のガラコンサートが初来日。きっと楽しみにしていることでしょう。

ガルシアさんのファイナルステージの演奏(ショパン:ピアノ協奏曲 第2番 Op. 21)

取材・文
高坂はる香
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高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

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