インタビュー
2024.11.25
舞台『No.9 -不滅の旋律-』でベートーヴェンを演じる

稲垣吾郎×ベートーヴェン研究者対談・前編~「第九」の魅力を語り合う

2024年12月21日に開幕する舞台『No.9 -不滅の旋律-』で、4度目のベートーヴェンを演じる稲垣吾郎さん。ベートーヴェン研究者の平野昭さんと対談で、ベートーヴェンについて思う存分語ってもらいました! 前編では、稲垣さんが好きなベートーヴェン作品や「第九」に魅力について、お話しします。

対談した人
平野昭
対談した人
平野昭 音楽学者

1949年、横浜生まれ。武蔵野音楽大学大学院音楽学専攻終了。元慶應義塾大学文学部教授、静岡文化芸術大学名誉教授、沖縄県立芸術大学客員教授、桐朋学園大学特任教授。古典派...

まとめ
ONTOMO編集部
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東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...

写真:各務あゆみ

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交響曲第1番は“とんでもない”! コード進行に稲垣さんもびっくり

——まず、稲垣さんがお好きなベートーヴェン作品を教えてください。

稲垣 家ではピアノを聴くことが多いですね。大音量で交響曲というよりも、ピアノ・ソナタとか。やっぱり劇中で聴いているピアノ曲が印象的で、とくにこの劇によって知ったのがピアノ・ソナタ第12番。《月光》のちょっと前なんですけど、剛力さん演じるマリアとのシーンで使われていて、すごく好きです。

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あとは第30番。この曲の第3楽章も舞台で使われています。ベートーヴェンの繊細で優しくデリケートな感じがいちばん表れていると思います。

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第12番、第30番

平野 ピアノ・ソナタは1822年春には32曲すべて書き終えていて、その後1824年春に「第九」を書き上げています。12年ぶりの交響曲で、「第九」を終えたあとはもう弦楽四重奏曲5曲だけなので。

稲垣 ピアノがやっぱりベースになるんですか? 交響曲を作るときにも。

平野 そうですね、ベートーヴェンはいろんな実験的な、革新的なものはピアノ・ソナタのほうで先に実験しています。

稲垣 ジャジャジャジャーン(交響曲第5番《運命》の冒頭)もですよね。

平野 そうですね。

稲垣 舞台の音楽はほとんどがピアノ・ソナタで構成されていて、実際にピアニストの方が生で演奏してくださるので、その力が大きいです。

ところで平野先生、交響曲第1番と第2番は、どうやって聴けばいいのでしょうか? 退屈だって言われてしまうこともありますが……。

平野 研究者的に言うと、第1番ってとんでもない曲なんです。

稲垣 そうなんですか!? でも、初演では評価されたんですよね?

平野 評価はされましたね。当時のウィーンでの新聞評では、ハイドンやモーツァルトに比べて、管楽器の使い方が本当にとんでもないと書かれました。

稲垣 それだけ期待されていたんですか? ベートーヴェンにとっての交響曲第1番というのが。

平野 そうですね。ハ長調なんですよね。最初の和音がドミソにシ♭がついているんですよ。要するに、C7みたいな感じで、そんな始まり方はしないものだったんですよ。

稲垣 でも現代だったら、センスいい……? 7thが入るって。

平野 そうなんです。7thからFにいって、G7からCにいかないでAm。

稲垣 現代音楽で使われそうですね!

ベートーヴェン:交響曲第1番の冒頭

ベートーヴェン:交響曲第1番、第2番

平野 交響曲第1番は、たいてい、ハイドン、モーツァルトの伝統的なスタイルからまだ抜け出ていなくて、ベートーヴェンの個性がないって言われるけど、そんなことはない。

稲垣 実はとんでもないこともしているんですね。面白いですね。1番は個性がないと言われることもあるけど、そういう聴き方もできるんですね。

平野 それから、第2番の第1楽章の序奏部には、実は「第九」を思わせるフレーズが入っています。そういうふうに聴くと第1、2番は決して退屈ではないんです。

稲垣 なるほどね。ちょっと交響曲をまた聴き直さなきゃ。

平野 うん、9曲しかないんだから、交響曲。

稲垣 長いよ!(笑)

平野 いや、ハイドンは108曲ね。モーツァルトも41番までって言われているけど、当時コンサートで演奏されたのは69曲。19世紀になって、楽譜を出版したときに41曲って決められて、そこから漏れたものが20曲以上あるそうなんですよ。それに比べると、ベートーヴェンは後にも先にも9曲ですので!

稲垣 たっぷり秋の夜長に聴けますね(笑)。

平野 1曲ずつがみんな違うから。ハイドンやモーツァルトは、何曲かは似た曲がいっぱいあるんですよ。宮仕えしていたので、お客様用には前衛的な作品はだめなんです。そのときの流行りのスタイルで、聴き心地がいいものだから、どんどん書けたわけだけど、ベートーヴェンは宮仕えじゃなくて、作品を売って生計を立てていたので、 同じような雰囲気の作品を持っていっても、出版社さんが買ってくれない。だから、1曲1曲が全然違うわけです。

稲垣 そういうのも現代に繋がっていますよね。

平野 書こうと思えば、ハイドン的なものだったら、ベートーヴェンだって1週間で100曲くらい書けたと思いますよ。

稲垣 そうだったんですね。だからベートーヴェンの作品はどの曲もキャッチーだし、同じ人物が書いたとは思えないようなところがありますね。曲によって、心が分裂しているかのような。

平野 ああいう人ですからね、稲垣さんは何年も演じられているのでおわかりかと思いますが(笑)。

「第九」の魅力とメッセージ性~耳が聞こえない状態で作曲ってどういうこと?

——「第九」初演200年の記念の年なので、改めて稲垣さんにとっての第九の魅力を教えてください。

稲垣 僕は別に「第九」といえば年末みたいな感じはしないんですよね。子どもの頃、第九で年末っていうイメージがなかったので、 そういう日本人がみんな持っているイメージはそこまでないんですけど。

平野 初演は年末じゃないしね。麗しの5月。

稲垣 でも、あの曲が流れてくるだけで、なんかこう、ドキドキしてくるし、 血が騒ぐというか。曲の力によって、大変な役を演じられているのかなっていう感じはあります。

ベートーヴェン:交響曲第9番《合唱付き》

稲垣 すごいですよね、耳がまったく聞こえない中で、なんであんな「歓びの歌」を作れるのかって、 僕らには計り知れない。耳が聞こえないで作曲って、どういうことなんですか?

平野 メロディは頭の中で鳴っていますよね。

稲垣 完全に鳴っているんですか?

平野 完全に鳴っていますね。生まれつきの聾唖者じゃないので。1802年ぐらいに遺書みたいなものを書くわけだけど、そこに自分で、音楽家の中でも飛び抜けて人よりも優れた聴覚を持っていた自分が……っていうことが書いてある。ただ、聞こえなくても音符さえ見れば音は頭の中で鳴る。

稲垣 奏者でもあったので、楽器の音域などもみんなわかっていたんですよね。

平野 そうですね。ピアノを弾きながら曲を書くわけじゃないので。

稲垣 そっか、もともとそうなんだ。弾きながら書いてないんだ。

平野 音を探って、ピアノで出来上がったものを聴いてはいるけれど、作曲するときには、むしろ誰もいない散歩道で書いていました。

稲垣 誰よりも生の音で聴きたかったのはベートーヴェンでしょうね。ベートーヴェンは初演のとき、どんな感じだったんでしょうか。

平野 どの程度聞こえなかったのかというと、低音のほうはかなり聞こえていたと思います。周波数の高いほうから聞こえなくなるので、高い声は聞こえなかったと思いますが、低いほうとか静かな音はある程度は聞こえていた。だから、悪口はヒソヒソ声でやるとみんな聞こえちゃうんですよ。

稲垣 逆にウィスパーだと聞こえちゃう(笑)。

平野 半分冗談だけど、半分は本当(笑)。

「第九」第4楽章でベートーヴェンが伝えたかったメッセージ

稲垣 「第九」は鮮度が失われないというか……何回も聴いているはずなのに、すごいなと思います。飽きないです。魅力や、新鮮度、そして受ける衝撃みたいなものが変わらないんですよね。

平野 ベートーヴェンにとって「第九」の4楽章は、メッセージ性ですね。 シラーの詩は108行あるんだけど、ベートーヴェンは36行しか使っていなくて、順番も入れ替えています。だからシラーの詩全体のメッセージと、ベートーヴェンが「第九」で使っているメッセージ性は違う。

稲垣 へー!

平野 シラーの詩全体は、お酒の席で歌われるトリンクリート(ドイツ語で「酒飲みの歌」の意)で、40人ぐらいの作曲家が同じ詩で曲を作ってるんです。

稲垣 あの時代だけで! ということは、ウィーンの人たちは聞いたことがある言葉でもあったんですか? とくに盛り上がるところをピックアップしているから。

平野 そうです、言葉としてはみんな知っている言葉だった。ベートーヴェンは入れ替えて、一部しか使ってない。そうすると余計、聴いている人には「すべての人々は兄弟となる」というのが強調されているので、ベートーヴェンのメッセージになったわけです。世界平和ですね。

逆にいうと、1824年当時のウィーンっていうのは、まだ社会情勢的に安定していない。そういう中で願っていたわけです。

稲垣 本当に時代に翻弄されていましたね。今思うと、何も変わってないのかなと悲しくなりますよね。むしろ、ひどくなっているかもしれないですけどね。ベートーヴェンはどうやって今の時勢を見つめているんでしょうかね。天国から。

後編(11月月26日公開)ではベートーヴェンの人間像について語り合います!

公演情報
舞台『No.9 -不滅の旋律-』

【東京公演】
日時: 2024年12月21日(土)~31日(火)
会場: 東京国際フォーラム ホールC

【福岡公演】
日時: 2025年1月11日(土)~12日(日)
会場: 久留米シティプラザ

【大阪公演】
日時: 2025年1月18日(土)~20日(月)
会場: オリックス劇場

【浜松公演】
日時: 2025年2月1日(土)~2日(日)
会場: アクトシティ浜松大ホール

出演: 稲垣吾郎/剛力彩芽/片桐仁、南沢奈央、崎山つばさ、中尾暢樹/岡田義徳、深水元基、松田佳央理、小川ゲン、 宮部大駿、正垣湊都・村山董絃(Wキャスト)/奥貫薫、羽場裕一、長谷川初範

演出: 白井晃

ピアニスト: 末永匡、梅田智也

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対談した人
平野昭
対談した人
平野昭 音楽学者

1949年、横浜生まれ。武蔵野音楽大学大学院音楽学専攻終了。元慶應義塾大学文学部教授、静岡文化芸術大学名誉教授、沖縄県立芸術大学客員教授、桐朋学園大学特任教授。古典派...

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