ロシアで出会った尺八で、洋の東西を超えていく。尺八奏者イオ・パヴェル
日本を拠点に活動する音楽人に、突撃インタビューする連載第2弾はロシア・モスクワ出身の尺八奏者イオ・パヴェルさん。
彼が日本に抱く気持ちは“日本好きな外国人”的なステレオタイプなものではなく、国も言葉も超越した、無限の楽器「尺八」と音楽への愛でした。
新しい時代の音楽ジンを感じさせるパヴェルさんの尺八愛炸裂!!
ロシアでの尺八との出会い、そして日本へ
―― ロシアの首都モスクワ近郊で生まれ育ったパヴェルさんは東京藝術大学音楽学部大学院修士課程で尺八を専攻しています。どのようにして尺八に出会い、そして日本にやってきたのでしょうか。
尺八に出会う前にも音楽には触れていました。母がプロのコーラスで歌っていたこともあり、3歳ごろから歌には親しんでいて、物心ついたころからステージに立つことが大好きだったのを覚えています。
尺八との出会いは、14歳くらいのときだったでしょうか、映画《バラカ~地球と人類の詩~(1993年)》を観たときです。オープニングに流れた何とも言えない笛の音色。その美しさに衝撃を受けました。何という楽器、どんな楽器からこの音が出てくるのか……調べたところ、それが尺八だったのです。
―― 楽器が判明しても、それが遠い日本の楽器となったら習うのも容易でないと思いますが?
モスクワ音楽院にはマルガリータ・カラティギナ教授の教室「ワールドミュージックセンター」があり、1970年代からインド、日本、中国といった西洋以外の各国の伝統音楽の研究に力を入れていました。そもそも、1915(大正4年)には都山流の創始者、中尾都山がはるばるロシアへ渡り演奏を行なっていたそうで、思いのほか長い交流には驚かされます。
最初の先生は清水公平先生とアレクサンドル・イワシン先生、モスクワ音楽院ワールドミュージックセンターで習いました。でも実は数回しかレッスンを受けていなくて……、そのあと文化庁の文化交流使で来露された山路みほ先生(箏)に合奏を初めて習いました。箏曲合奏と、古典三曲合奏、先生の滞在されていた1年弱の間、いろいろ教わりました。
――それから日本へ?
2013年11月17日に初来日、岡山県倉敷市に住むことになりました。井原市美星町に月2回尺八の先生がいらしていたので、その先生に頭を下げて教えを乞いました。その先生は石川利光先生です。石川先生は、1967年に武満徹の《ノヴェンバー・ステップス》を初演した横山勝也先生のお弟子さんです。石川先生からは音の響きや音楽美学、曲の雰囲気、聴かせ方、色々なアドバイスをいただきました。そのころから先生のお蔭で演奏活動も始めました.
古典音楽を学ぶため藝大へ入学
―― その後、いろいろとチャレンジを始め、まずはNHK邦楽オーディションに合格、FMラジオの《邦楽のひととき》で録音をし、そして《長谷検校記念くまもと全国邦楽コンクール》で優秀賞と着実に歩みを進めます。次に定めた目標が、東京藝術大学へのチャレンジ。昨年、2017年に大学院に入学をはたされました。
東京藝術大学は世界で一番、尺八の古典をきちんと学べる学校だと思います。ピアノでもヴァイオリンでも、まずは古典から勉強しないといけませんよね。邦楽も同じです。古典をしっかり勉強したい思い、古典を大切にしていて素晴らしい講師陣の揃っている藝大を選びました。
―― どのようなレッスンなのですか?
伝統的な邦楽器のレッスンは、先生と生徒が一緒に座って吹いて、おしまい。先生が見本を示し、生徒が真似をする。特段にアドバイスがあるわけでもなく、生徒自身が先生と自分の演奏の違いに気づくことができなければ上達が望めない、というスタイルでした。違いに気づけなかったら、それが才能の限界と思われてしまう厳しい世界だったのです。
現在は西洋音楽のレッスン法の影響もあってか、具体的なフレーズの作り方や、ここのアクセントはおかしい、など上手くいかない理由も示しながら上達へ導いてくださる方法が採られています。尺八の楽譜は、縦書きでカタカナと記号が使われています。西洋音楽と同じ五線譜に表記することも可能ですが、やはり尺八にはこの縦書きのものが良いですね。
無限の楽器・尺八
尺八は、本当に面白い楽器なんです。穴は5つしかありませんが、音域はフルートよりも広い、4オクターヴ以上あります。尺八は同じ「レ」でも指使いや奏法でいろいろな音色を出せます。その指示に文字が必要なので、やはり五線譜よりは伝統的な楽譜のほうが的確に奏法まで伝わりますね。たとえば、音程は顎を下げたり上げたりすることで変わるし、お腹の使い方、息のスピードでいろいろな音色がでる、可能性をもった楽器です。音孔を半分開ける、1/4開ける、といった方法でも音色が変わります。尺八は響きを味わう楽器だと思います。
パヴェルさんの横には数本の長さの違う尺八が置かれています。尺八は、その名の示す通り一尺八寸(約54.5cm)が標準です。製作者のハンコ(焼き印)が入ってます。
素材は青森県などで育つマダケ、乾燥させて、節を取って、中をきれいに整え、漆を塗って……楽器として完成するまでには数年かかるそうです。すべての竹で作れるわけではなく、同じ長さの中に節が7つあること、また下から4番目と5番目の節の間に穴2つ、5番目と6番目の間に穴2つ、この寸法に合う竹を探さないといけませんから大変なことです。
曲がっているもの、漆の厚いもの、同じ長さの楽器でもさまざまな様子があり、音色の持ち味も違うので、古典のときはこちら、現代曲ではそちら、と演奏する曲によって楽器を選びます。小さいものから、一尺六寸(E管/宮城道雄作曲≪春の海≫等)、一尺八寸(一番よく用いられる)、二尺一寸(B管)、二尺三寸または四寸(A管/武満徹作曲《エクリプス》《ノヴェンバー・ステップス》)などがあり、西洋音楽などでは曲中で持ち替えることもあるそうです。
私は尺八に選ばれた、と思うことが良くあります
9月16日に、武満徹の《ノヴェンバー・ステップス》をロシアで演奏しました。ご存知の通り、1967年に作曲・初演されたこの作品は、なんといっても、尺八の世界にも西洋音楽の世界にも、どちらにとっても素晴らしい作品だと思います。2つの世界を渡って、混ぜて、ぶつかっている。演奏家の生命力がチェックされる作品です。曲はシンプルすぎて難しいです。
日本とロシアの交流記念に関わるイベントだったのですが、まさに、音楽は言葉が通じなくてもわかりあえる共通言語ですから、それを使えるのは素晴らしいことです。
武満徹:《ノヴェンバー・ステップス》 ―― 琵琶、尺八とオーケストラのための
小澤征爾(指揮) サイトウ・キネン・オーケストラ、 鶴田錦史(琵琶)、横山勝也(尺八)
―― 非常に流暢な日本語で語ってくださるパヴェルさんですが、日本語は生活の中で身に付けたそうですね。日本の好きなところは?
実は、私は尺八一筋で、あまり日本観光をしていないんです。好きな場所は……東京藝大の竹部屋(練習室)と奏楽堂(演奏会ホール)です!
―― ロシア人として邦楽に携わることについてはいかがでしょうか?
邦楽も西洋音楽も国籍は関係なく、その人の才能の有無が問われるものだと感じています。西洋音楽の世界でもアジアの演奏家が多く活躍していることを思えば、私が邦楽器を演奏していることも自然なことですよね。
それに、これまでを振り返ると、先生との出会いやたくさんの演奏のチャンス、すべてが良い具合に巡ってきた感じがします。ですから、私は尺八に選ばれた、と思うことが良くあります。これからも努力を怠らず、多くの人に演奏を聴いていただき、尺八の魅力をお伝えできればと思っています。
箏&尺八コンサート
やかげ町家交流館 (岡山県小田郡矢掛町矢掛2639)
日時: 2018年10月21日(日) 開演14:00(13:30開場)
入場料: 500円
出演:
山路みほ(箏)
イオ・パヴェル(尺八)
神奈川県民ホール 小ホール
日時: 2018年10月26日(金) 開演:12:20 (12:00開場)
入場料: 500円(全席自由)
出演:
大木 麻理(オルガン)
場所: 台東区生涯学習センター2階 ミレニアムホール(台東区西浅草3-25-16)
日時: 2018年10月27日(土) 午後2時開演(午後1時30分開場)
出演: 東京藝術大学音楽学部邦楽科
入場料: 1,000円
場所: ルネスホール(岡山市北区内山下1-6-20)
日時: 2018年11月29日(木)午後2時開演(1時30分開場)
出演: イオ・パヴェル(尺八) 山路みほ(箏)
入場料: 2,000円
場所: ルネスホール(岡山市北区内山下1-6-20)
日時: 2018年12月24日(振休・月)午後2時開演(1時30分開場)
出演: イオ・パヴェル(尺八) 山路みほ(箏) 近藤浩子(ヴァイオリン) 重利和徳(ピアノ) 岡陽子(ピアノ)ほか
入場料: 前売り3,000円(一般)1,500円(学生) 当日3,500円(一般)
関連する記事
-
フルート奏者で龍角散社長の藤井隆太が語る演奏家の「健康経営」
-
福川伸陽が語るR.シュトラウスと父、その愛憎を超えて作り出されたホルン曲の数々
-
オーボエ vs ホルン、世界一難しい楽器はどっち? 大島弥州夫と福川伸陽が対決!
ランキング
- Daily
- Monthly
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly