AIにより未来のクラシック音楽界はどう変わるか?ナクソスのクラウス・ハイマンに聞く
旧来の演奏家中心主義ではなく、有名・無名を問わず古今東西の作品をどんどん録音して多様性あるカタログを構築する楽曲中心主義を旨とし、数多くのレーベルの音源を定額で聴けるナクソス・ミュージック・ライブラリーをはじめとするWeb戦略によって、クラシック音楽レコード業界のリーディング・カンパニーとなったナクソス・グループ。その総帥クラウス・ハイマンに、AI時代におけるクラシック音楽界の展望をうかがった。
1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...
AIの可能性に気づいたときには眠れなくなるほど興奮した
――近頃話題となっているチャットGPT(言語生成AI)をはじめ、未来のAIの可能性と脅威について、さまざまな意見があります。ハイマンさんは、ナクソスの事業、そしてクラシック音楽業界全体にとって、AIの発展はどのような影響を与えるとお考えですか。
ハイマン(以下、H) すでにAIは我々の生活にとって身近なものになっています。例えばgoogle翻訳がそうですし、この業界においても多くの局面でAIは使われています。まず大前提として、AIは我々が使うべき新しいツールだと思っています。
文章を書くという作業もずいぶん変わってくるでしょう。AIに指示を出せば、出てきた文章の編集だけで済むかもしれない。そうなると音楽ライターは、このAIに指示するインストラクターでなければいけません。
きちんとした指示を出せば、いいものが出てくるし、下手な指示であれば悪いものが出てくる。そうなると、良い指示を出す人間が必要になってくるでしょう。そして、出てきた文章の中の事実の確認と、編集作業ということになります。
将来的には、AIのインストラクター兼、事実のチェック兼、編集。それが音楽ライターの仕事になってくるでしょう。それが今後の発展だと私は思っています。
――私もまったく同じ考えです。AIに人間が使われてしまうのではなくて、あくまで人間が使う道具として人間が手綱を握っているべきですね。
H いちばん大事なのは、チャットGPTのような文章生成AIに関しては、出てきた文章の中の事実関係を必ず確認しなければいけないということです。やはり「編集」がどうしても必要になる。
AIが出す文章がクリエイティヴかどうかということもやはり疑問ですから、そこに人間の手を加えなければならない。書き手自身のコンテンツも、その中に含めていいでしょう。このオリジナルの部分があることによって、その文章に著作権が発生しますから。
ナクソス・ミュージック・グループ 創設者/CEO。1936年ドイツ、フランクフルト生まれ。1987 年ナクソス・レーベル創設。現在、ナクソス・ミュージック・ライブラリーは、クラシック音楽の約千のレーベル、CD約18万枚分の音源を提供。さらに、それに匹敵する規模のワールド・ミュージック、ジャズ、ビデオ(2011 年スタートの世界初のビデオ・ストリーミング・サービス)、ナクソス・ラジオなどへと、そのジャンルを拡大し、事業の競争力に磨きをかけ続けている。クラウス・ハイマンが当初からナクソス・レーベルの使命と考えてきた、マイナーであっても評価に値する音楽作品の録音は継続しており、そのレパートリーは彼の責任において選択決定されている。またレパートリーの包括性は、定評あるレーベルのカタログの取得によっても補強されており、これらのレーベルには ARC Music、Capriccio、Dynamic、OehmsClassics、Ondine、Opus Arte、Orfeo などが含まれる。2017 年には、その起業家精神とビジョンによるクラシック音楽レコード産業への貢献が評価され、国際クラシック音楽賞(ICMA)の特別功績賞を受賞。80 歳を超えた現在でも、ビジネスの新機軸と製品開発に対する起業家精神は衰えることがなく、世界中に広がるナクソス・グループのネットワークを率いている
――AIを使った画像加工の効果もめざましいものがあります。しかしその一方で、デザイナーは仕事を奪われるというようなことも言われています。AIがクリエイターの仕事を奪う可能性については?
H 私の会社には400人の従業員がいますが、みんな、AIに仕事をとられてしまうと戦々恐々としていますよ。しかし私は彼らにこう言っています。
「あなたたちはAIのせいで仕事を失うことはない、けれども、AIをきちんと使う方法をわかっている人たちに、あなたたちの仕事が取って代わられることはある」と。
これは我々が学ばなければいけないツールなのです。それによって我々の仕事はより効率的になり、質も高くなり、よりクリエイティヴなこともできる。
AIのこのポテンシャルに気づいたときには興奮しました。今後はもっと画像やテキストを改善したり、さまざまなデータを効率的に修復していくこともできるようになる。例えば、弊社では、録音製作物にまつわる情報データが17万5000項目ありますが、AIを使えばそのすべてがフォーマット通り入力されているかをチェックすることが容易になる。手動だとものすごい時間がかかりますが、そのような使い方がたくさんあると思っています。
それだけではありません。例えば経理ではすべての数字の確認もできますし、法律的なこともすべて、過去の判例をAIにチェックさせることもできます。今後の可能性を考えていくと、もう興奮して眠れなくなるときがありますよ。
そして、やはり賢い人間が、すべての結果を最後には確認しなければいけません。
ストリーミング配信を最初に始めたのは我々なのです
――いま、音楽を楽しむ手段は、サブスクリプション(定額聴き放題)で楽しむという傾向がますます強くなっていますが、ことクラシックに関する限り、ナクソス・ミュージック・ライブラリー(NML)の機能は、音楽ファンのニーズに細やかに対応できる優れたフォーマットになっていますね。私も、NMLなしの音楽生活は考えられないくらいですよ。
H (嬉しそうに)NMLは私のいちばんお気に入りのbabyです。これほど高いレベルの検索機能は、他のレーベルにはありません。今ではいろいろなサービスがありますが、我々のものとは全然比較になりません。
そもそも、ストリーミング配信を最初に始めたのは我々なのです。1996年にhnh.comというのを始めまして、我々のデータがストリームで聴けるようになりました。NMLは2002年、Spotifyより4年前に始めていますから。
――まさにパイオニアですね。
H 誇りに思っています。ナクソス・ビデオ・ライブラリーもありますし、今後もオペラやマスタークラスなど、さまざまな展開をしていきます。弊社が他社と違うのは、IT部門を持っているところで、平昌に6人、北京に4人、マニラで20人雇っています。そしてさまざまな新しいアプリを作ったり、技術的な開発もしているのです。
――NMLは中国でも会員は増えているのでしょうか。
H 中国のすべての大学では、ナクソスのサブスクリプションをしていますよ。現地の代理店を通していろいろなライセンシングをやっていますし、旅客機のインフライトサービスもやっています。
実は韓国から来たばかりなんです。いまK-POPが流行っていますよね。韓流ドラマも人気です。そこで「Kクラシック」を作ろうと思って、いくつかミーティングをしてきたのです。韓国の優秀なアーティストもたくさん出てきていますし、韓国は我々にとってひじょうに重要な市場です。
――ウクライナの戦争は、どんな影響を与えていますか。
H 我々はウクライナとはとても長い関係を持っています。ユース・オーケストラにも今まで寄付をしてきましたし、キエフ・ヴィルトゥオーゾ室内管弦楽団も、楽器庫にミサイルが落ちてしまったので、新しい楽器の寄付をしました。ウクライナの作曲家も多くの作品を録音してきました。
しかし同時に、我々はロシア音楽とも深い関係があります。ブラームス・トリオ(1990年創設。現代ロシアを代表する室内楽団体のひとつ)による「ロシアのピアノ三重奏の歴史」シリーズなどもそのひとつです。
このようにロシア音楽なしで私たちは生きていくことができないのも事実ですが、ウクライナが独立した国であり続けることは我々も願っているところです。早くこの悲惨な戦争が終わって、またウクライナでの仕事を継続できればと思います。
CDのゆくえ
――最後に、パッケージメディアの運命について伺わせてください。今はもう若い人はCDをほとんど買わなくなっていますが、アーティストのメッセージを聴き手に届ける手段としてのCDには、まだ可能性があると思うのです。CDは今後どうなっていくと思われますか?
H 今後もCDは作り続けます。実際に雑誌メディアのような場で批評をしてもらうためにはCDが必須ですからね。もう一つの理由は、アーティストがコンサートでCDを売るための、いわば名刺代わりです。これはマーケティングツールだと思っています。
我々の収入源としては、やはりストリーミング、ダウンロードとライセンスになりますが、でもやはり「私のCD」というものをアーティストが持てるのは、彼らの幸福感にとって重要ではないでしょうか。
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