インタビュー
2022.04.30
田中彩子の対談連載「明日へのレジリエンス」Vol.12

小学生の放課後をデザインする! そのなかでの音楽活動の意義とは〜放課後NPOアフタースクール・平岩国泰

サステナブルな明るい未来のために活動されている方と対談し、音楽の未来を考えていくソプラノ歌手の田中彩子さんの対談連載「明日へのレジリエンス」。
第12回のゲストは、放課後NPOアフタースクールの代表理事、平岩国泰さん。危機的な状況にある小学生の放課後を、どのようにデザインしているのでしょうか。

サステナブルな活動を模索する人
田中彩子
サステナブルな活動を模索する人
田中彩子 ソプラノ歌手(ハイコロラトゥーラ)

3歳からピアノを学ぶ。18歳で単身ウィーンに留学。わずか4年後の22歳のとき、スイス ベルン州立歌劇場にて、同劇場日本人初、且つ最年少でソリスト・デビューを飾る。ウィ...

司会・文
高坂はる香
司会・文
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

写真:蓮見徹

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小学校に学童だけではない「アフタースクール」をつくる

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——放課後NPOアフタースクールのご活動の主軸である「アフタースクール」は、どのように運営されているのですか?

平岩 小学生が放課後の時間を過ごすための施設で、小学校をそのまま使い、毎日、保護者の就労状況にかかわらず、誰でも来られるというスタイルで運営しています。現状、子どもたちが放課後を過ごす場所として学童保育がありますが、学童は共働きのご家庭の子どもだけを預かるものです。

でも、子どもからすれば、家庭環境によらず、いろいろな子と遊べたほうがいいですよね。

学校のグラウンドや体育館、音楽室や家庭科室などいろいろな場所を使うので、子どもたちは分散して、自分の好きなことをして過ごします。そこに地域の市民のみなさん——「市民先生」が来て、たとえば大工さんが物作りを教えてくれたり、音楽が得意な方が楽器を教えてくれたりします。

私たちはそんな「アフタースクール」を世の中に提案し、これまでに21校を開設してきました。

放課後NPOアフタースクールの活動を紹介する動画

平岩国泰(ひらいわ・くにやす)
1974年東京都生まれ。1996年慶應義塾大学経済学部卒業。株式会社丸井入社、経営企画・人事などを担当。2004年長女の誕生をきっかけに放課後NPOアフタースクールの活動開始。2017年より渋谷区教育委員。2019年より新渡戸文化学園理事長。

田中 すごく楽しそうで、私も子どもだったら参加したいです。本格始動して13年目だそうですが、最初の頃にはどんなご苦労がありましたか?

平岩 ゼロからイチにするところがとにかく大変でしたね。いろいろな自治体や教育委員会に提案にいくのですが、「いい考えだとは思うが、実績がないから難しい」と言われて、なかなか1校目ができないんです。3年くらい経った頃、ようやくある学校が決断してくれて、それ以降の2校目、3校目と広がっていきました。

ボランティア時代を入れると、そこまでに7、8年かかっているので、飽きずによく粘ったなと自分でも思います(笑)。

今は自治体からの財源をもとに、各校にスタッフを配置して運営しています。最近、ようやく首都圏ではその価値を認識していただけるようになってきたので、これを日本中に広げようというのが、今の私たちのフェーズです。

川上敬二郎『子どもたちの放課後を救え!』(文藝春秋/2011年 ※絶版)
平岩さんが紹介された本。非行や犯罪遭遇率が一番高い放課後。日本には、塾とゲームしかないのか? 豊かな放課後のために立ち上がった若者たちの物語。

子どもたちの時間、空間、仲間が失われている!?

田中 「アフタースクール」をつくろうと思われたきっかけはなんだったのでしょうか?

平岩 私自身に子どもが生まれたことです。当時、日本では全国で子どもの連れ去り事件が多く起きていました。我が子を守るにはどうしたらよいのかと考え、そういった事件は何時に起きているのか調べてみたところ、午後3時から6時に7割ほどが集中していました。学校にいる時間と家にいる時間の隙間、つまり放課後が狙われているんです。

自分が子どもの頃は、放課後といえば、これから何をしようかというチャンスの時間でしたが、今は危険が迫るピンチの時間になってしまっているわけです。これは何とかしなくてはと思いました。

田中 平岩さんご自身は、子どもの頃、放課後に何をされていたのですか?

田中彩子(たなか・あやこ)
ソプラノ歌手(ハイコロラトゥーラ)。京都府出身、ウィーン在住。22歳のときスイス ベルン州立歌劇場にて最年少ソリスト・デビュー後、オーストリア政府公認スポンサー公演『魔笛』や、日仏国交樹立160周年のジャポニスム2018、UNESCOやオーストリア政府の後援で青少年演奏者支援を目的とした『国際青少年フェスティバル』などに出演するほか、音楽や芸術を通した教育・国際交流を行う一般社団法人「JAPAN ASSOCIATION FOR MUSIC EDUCATION PROGRAM」を設立。代表理事として次世代のためのプロジェクトを推進している。Newsweek『世界が尊敬する日本人100人』に選出。

平岩 まさに「昭和の時代の小学生」という感じで、文字通り、ランドセルを玄関に放り投げて遊びに出かけていました。

小学1年生になると、子どもだけで遊んでいいという暗黙のルールがあったので、親に行き先も言わずに遊びに出かけます。誰かと約束しているわけではないけれど、みんな行き先は近所の公園か神社と決まっているので、行くと必ず誰かがいるんです。集まってから何をするか決めて、野球をしたり、時には自転車レースやザリガニ釣りをしたりと、そんな豊かな遊び方をしていました。そして、5時に鐘が鳴るとみんな家に帰るわけです。

田中 私も同じような感じでした(笑)。それに対して、今の子どもたちが置かれているのはどんな状況なのでしょうか。

平岩 時間、空間、仲間という、よく「3つの間」と言われるものが、それぞれ少しずつ失われていると言われます。

まず、子どもたちのほとんどは、放課後のスケジュールが決まっています。習い事をしている子が多いのもありますが、親御さんも、子どもがどこにいるか心配だから、行き先を決めておくことで把握したいんですよね。自分も親として、その気持ちはよくわかります。

空間については、昔は空き地や公園はもちろん、道路まで使って遊んでいましたけれど、そうやって自由に使える場所は減ってきました。

そして仲間ですが、やっぱり今は一人で過ごしている子が多いですね。昔は大人数で遊びたい子がとても多かったですけれど、変わってきています。日本は諸外国と比べて「放課後を一人で過ごす子の割合が多い」というデータもあります。

——今は公園でも、子どもの遊ぶ声がうるさいと苦情がくるとか、他の利用者の迷惑になるからとボール遊びが禁止されていると聞きます。トラブルを避けようとすべて禁止にすることで、子どもたちが締め出されているところもあるのでしょうか。

平岩 そうですね、子どもたちが公園に行かないのは、おもしろくないからだといいます。

私たちが子どもの頃の公園は、昼はいろいろな人の憩いの場だとしても、夕方は子どもたちの時間でいいじゃないという雰囲気があったと思います。放課後は、そうして子どもたちが社会に少しずつ入れてもらう時間でもあったわけです。

私たちも騒ぎすぎて怒られたり、それこそ「ドラえもん」に出てくるように、飛んでいったボールでガラスを割ったりして怒られることもありました。

でも、今は主客転倒していて、子どもがお客さんになっていることが多いので、直接怒られることもないんですよね。「コラー!」と怒鳴られて済んでいたあの頃のようにはいきません。

ただ、「だから昭和はよかったよね」で終わってはいけないと私は思います。そういうエッセンスを現代に置き直すことを念頭に、放課後をデザインしていきたいのです。

居心地のよい場所が自己肯定感を育む

田中 「アフタースクール」のプログラムにはどんなものがあるのですか?

平岩 スポーツ、ものづくり、サイエンス、アートなど、いわゆる習い事であるような領域はほとんどカバーされています。そこから自分の好きなものに取り組んでいると、同じものが好きな仲間も見つかります。とはいえ、何かしなくてはいけないと強要されるわけではなく、ただゴロゴロしているとか、漫画を読んでいるとか、過ごし方は自分で選べることを大切にしています。

そうして活動をつづけていると、子どもたちからの提案で新しい活動も出てくるんです。たとえば、ずっと雑誌を作り続けている女の子がいて、校長先生にインタビューをしたり、ファッションページを作ったり、最近はどんどん本格的になってきました。あるとき、夏なのに革ジャンを着て来た男の子がいたので、どうしたの? と聴いたら、「今日、撮影なんです」って言うんですよ。おもろいですよね。

鉄道好きの男の子が、やはり鉄道好きのおじさんの「市民先生」と出会ったときには、二人で楽しそうにジオラマを作っていました。とてもいい光景でしたね。そういうふれあいによって、子どもたちも、大人も悪くないな、人生っていいものなんだなと思うのではないでしょうか。

それぞれの好きなこと、大事なことをみんなで尊重する。それによって、子どもたちの自己肯定感もあがり、表情もよくなる、いいサイクルが回り出します。

田中 子どもの自己肯定感を育てるにはどうしたらいいか考えている方は多いと思いますが、何が大切なのでしょうか。

平岩 自己肯定感のベースは、居心地のいい場所だと思います。自分はここにいていいんだとか、ここでは気持ちが楽だという場所を作ってあげることが大切です。

すべての場所がそうであればいいのですが、現状、特に学校では難しいところも多く、さらに時にはご家庭でも難しいケースがあります。

そんなとき、サードプレイスとしての「アフタースクール」にいくと、居心地がいいし、みんなが喜んでくれる、さらに得意なことや好きなことができるとなれば、ここが自己肯定感のベースとして機能するのではないでしょうか。

私たちはそのために、「アフタースクール」にさまざまな活動を用意して、子どもたちのいいところを探し続けています。

——「アフタースクール」でいろいろな大人と接することも、ある意味勉強になるかもしれませんね。ちゃんとした人だけでなく、ときには変わった方も含めて。

平岩 いろいろな大人を見せてあげたいというのはありますね。

たとえば学校の先生って、ある意味、完璧人間を演じさせられているところがありますけれど、実際には大人だって遅刻や忘れ物をするし、約束が守れないこともある。それなのに子どもが同じことすると、自分は完全にできる側という立場からの怒り方をする人もいますよね。でも、本来そうじゃないはずなんです。

「自分もできないことはあるけれど、今回君がこれをできなかったのはどうして?」というふうに同じ立場で伴走的に話してあげると、子どもも心を開くと思います。

いずれにしても、たとえ完璧でなくても、大人も結構楽しいんだよと伝えたいところもありますね。そのためにいろいろな方に来てもらっています。

時々、子どもたちを応援したいといってプロのスポーツ選手が来てくださることもあります。そういう方の一流のプレイを間近でみた経験は、一生心に残るのではないでしょうか。

ノウハウをコピーしてもらい全国各地へ

——お話を伺っていると、子どもの関係性もとてもうまくいっている印象です。子どもの現場では、子ども同士のトラブルが生じることもあると思いますが、何が違うのでしょうか。

平岩 子どもの関係って、窮屈さがあったり、同質性を求められたりすると難しくなるんですよね。いじめの根本にあるのは、そういうところではないかと思います。

一方、ある程度広々したところで、それぞれが好きなことをして過ごすことを基本とすると、人のことにあまり干渉しなくなってくるんです。それが人間関係がうまくいく秘訣ではないかなと思います。

大人だって、30人のチームで1日中同じ部屋にいて、おしゃべりもせず過ごせといわれたらギスギスすると思います。学校の教室には、そういう要素が強すぎるのかもしれません。何時間目に何を学ぶか、どの席に座るかも選ぶことができず、6時間目までというのが毎日ですから、どこかにストレスがあると思うんです。

平岩 とはいえ、学校のその環境を変えるのは簡単ではない。それならば、放課後はせめて自分で決めることがベースの時間になってもいいのではないかと思います。

ただ、自由と安全のトレードオフという部分に悩むことはあります。いろいろさせてあげたいけれど、種類が増えるほど人手も手間もかかるので、一つの部屋で同じことをして過ごしてもらうほうが楽ではあるのです。アフタースクールでは子ども10人に大人1人くらいの割合でスタッフがいますが、学校だと子ども35~40人に先生が1人。やっぱり限界はあると思います。

学童から予算を増やしてくださりアフタースクールにした事例がいくつかありますが、そこで言われたのが、これまでは仕方なく全員一律の過ごし方で、宿題や掃除の時間を決めて、それをやらない子が出ると罰を与えていたけど、みんなが自由になることで、そういう一律化の呪縛から逃れられた、ということです。

——同じスタンスの「アフタースクール」を全国各地につくるのはすごいことだと思います。それはスタッフの研修などで実現しているのでしょうか。

平岩 もともとこの世界観が好きで入ってきたスタッフのみなさんなので、思想の違いで苦労することはあまりありません。採用倍率も10〜20倍ほどと高く、教育に関わりたい方はたくさんいます。場所は学校で、15時半以降の空いている時間を有効活用するわけですから、ある程度の予算さえあれば、日本全国どこにでもつくれます。

——そんな夢のような場所があるなら、自分の街にも来てほしいと思いますが、地方によって課題や実現のしやすさも変わるのでしょうか。

平岩 いろいろな学校や保護者のみなさまから「うちにも来てほしい!」と言っていただくのですが、予算が必要なだけに、そこから教育委員会や市区町村を通さなくてはならないので、どうしても数年越しの話になってしまいます。

また、逆にこちらから学童を「アフタースクール」に変えてはどうかと提案したケースでは、今までやってきたことを否定されているという感覚で拒否されてしまうこともありましたね。

いずれにしても、私たちだけで日本全国で「アフタースクール」を運営することは難しいので、各地の団体に私たちのノウハウをコピーしてもらえたらというのが、今考えていることです。営利団体だと、そうもいかないかもしれませんが、我々は非営利ですから、どんどんノウハウを公開して、コピーして社会的インパクトを拡大していきたいのです。

そうして情報を提供する立場として、自分たちのアフタースクールはよりよいモデルでいようという意識を持って活動していけたらと思っています。

音楽やミュージカルのプログラムは、自らの表現で誰かの気持ちが動くことを経験できる

田中 ところで、音楽系のプログラムにはどのようなものがありますか?

平岩 ピアノ、歌、ミュージカルなどですね。教えてくださる大人もいるし、音楽室もあるので、環境は整っています。音楽のプログラムは、みんなが目に見えて上達していくのでおもしろいです。しかも、たとえば歌なら道具も材料もいりません。自分の身体一つで人の気持ちが動かせたという経験って、とても貴重です。

私は、なかでもミュージカルの活動にとても意義を感じています。

小さい子はどうしてもプリンセスなど主役に憧れがちですが、実際には他にも、衣装を作る人もいれば脚本を書く人もいます。そんないろいろな特技や個性をもつ人が集まって役割を果たし、ひとつの芸術作品を生み出す活動です。それぞれの子に個性があり役割がある。とても「アフタースクール」っぽくて好きですね。

田中 以前この対談連載に登場くださった茂木健一郎さんも、シアターエデュケーションを推奨していらっしゃいました。

平岩 海外では、教育にそういうものがよく取り入れられていますよね。それで思うのは、人っていうのは、社会のなかで自分という人物を演じているとか、その役割を託されているんだと考えると、楽になるときもあるのだということです。

演劇を通じ、その感覚を知ることで、子どもたちにとっては、感情を抑えるトレーニングになるのではないかと思います。メタ認知で自分を客観的に見ると、今、感情のボリュームを下げたほうがよくない?”と自分が自分に言ってくれるようになるんですよね。それが大人になるということだと思います。

田中 なるほど。それに音楽や演劇は発表の場が作れるから、コツコツ準備した成果が見えて、それもまた成長のきっかけになりそうですね。

平岩 そうですね。子どもたちは受け身の立場になることが多く、自分たちは誰かから何かしてもらう存在だと思いがちです。

でもこういった、自らの表現で誰かの気持ちが動かせることを経験すると、自分にも人に何かできるんだと、180度のパラダイムシフトが起きると思うんです。その体験が早くできた子は、成長も早いのではないかと思います。

最近は、音楽の好きな小学3年生の女の子が、「アフタースクール」の曲を作って持って来てくれました。誰が頼んだわけでもないけれど、自分から考えて、一人で作ってくれたんです。こういうものが自然と生まれるのが、「アフタースクール」のいいところなんですよね。最近はミーティングの最初に、必ずこの曲を流しています。

田中 まさに、自主性が伸びていると実感できる素敵な出来事ですね。子どもたちにとって大変大きなご活動をされているのだと改めて思いました。音楽を通じたご活動にも、ますます期待しています!

対談を終えて

子どもたちの放課後をデザインするというご活動は、経験や居心地のいい場所を通して自己肯定感を育てるという、たくさんの子どもたちにとって宝箱のような場所だなと感じました。自らの表現で誰かの気持ちが動かせることを経験すると、誰かにやってもらうだけではなく、自分も人のために何かできるんだと、180度のパラダイムシフトが起こるというお話は、とても印象に残りました。

そして、今回は「明日へのレジリエンス」連載の最後! 素晴らしい方々のお話を通して、音楽のいろいろな見え方に触れられた楽しい連載でした。みなさま、1年間お読みいただき、どうもありがとうございました!

——田中彩子

小学3年生が作曲した放課後NPOアフタースクールのテーマ曲を披露! そのほか対談の一部を公開

サステナブルな活動を模索する人
田中彩子
サステナブルな活動を模索する人
田中彩子 ソプラノ歌手(ハイコロラトゥーラ)

3歳からピアノを学ぶ。18歳で単身ウィーンに留学。わずか4年後の22歳のとき、スイス ベルン州立歌劇場にて、同劇場日本人初、且つ最年少でソリスト・デビューを飾る。ウィ...

司会・文
高坂はる香
司会・文
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

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