インタビュー
2023.07.05
町田樹「エチュードプロジェクト」Specialインタビュー〈前編〉

フィギュアスケートの「バイエル」!? 誰もが滑れる町田樹振付のエチュード作品公開!

許諾も使用料も必要なく、誰でも自由に滑れるフィギュアスケート作品《チャーリーに捧ぐ》が、7月1日、YouTubeに公開されました。この作品は、元オリンピアンで研究者の町田樹さんらによる「エチュードプロジェクト」の第一弾。バイエルやチェルニーの練習曲、あるいはショパン、シューマンなどの芸術性の高いエチュード作品のように、ひとつの技術や表現力をじっくり身につけるための作品だといいます。
音楽は口笛とハープによるプッチーニ「わたしのお父さん」。選曲から振付、模範演技まですべてを手がけた町田さんに、「エチュードプロジェクト」とこの作品に込めた思いについて聞きました。

取材・文: 坂口香野

写真: 松谷靖之(実演)、編集部(ポートレート、インタビューほか)

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「音の波に乗る」ための練習曲として

——5月3日にKOSÉ新横浜スケートセンターで行なわれた映像収録現場を拝見しましたが、口笛の響きとのびやかな町田さんの動きがぴたりと合っていてため息が出ました。

町田 嬉しいです。この作品は、トウループというジャンプの技術(空中での回転が反時計回りの場合は右足外側のエッジに乗り、左足のトウを突いて右足で踏み切るジャンプのこと)と、「音の波に乗る」「身体で歌う」という表現面のブラッシュアップのための「練習曲」として創りました。口笛のひと吹きとスケートの伸びがシンクロして、あたかもスケート靴のエッジと氷のあいだから音が出ているかのような振付を目指しました。

フィギュアスケートでは、エッジに体重を委ね、スピードに乗っていく感覚を「エッジに乗る」と表現します。このエチュードプロジェクトでは、「エッジで音楽に乗る」ように、音楽に身を委ねて気持ちよく滑っていく感覚を、競技会に出場するスケーターはもちろん、趣味でスケートをされている方など多くの人たちに体感していただきたいなと。

エチュード#1−1 《チャーリーに捧ぐ》演技映像

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——その感覚はきっと、一朝一夕では身につかないものですよね。

町田 ほかの芸術と同様、フィギュアスケートでも作品が人を育てます。良い作品を滑ることで技術も表現力も身についていく。しかし、フィギュアスケートの作品は通常、ひとりのスケーターのためにオーダーメイドで振り付けられ、これまでは誰もが自由に滑れる作品が存在しませんでした。

たとえばピアノの場合、バイエルやチェルニーといった初心者のための練習曲集があります。また、バッハやモーツァルト、ベートーヴェンの名曲の中にも、技術的にはやさしく、初心者の教材としてよく使われる作品がありますよね。

町田 樹(まちだ・たつき)
1990年、神奈川県川崎市生まれ。3歳からフィギュアスケートを始め、2006年、全日本ジュニア選手権で優勝。2012/13年シーズンのグランプリシリーズ・中国大会で初優勝を飾る。2013/14年シーズンは全日本フィギュアスケート選手権で準優勝、ソチ五輪に出場し、団体戦と個人戦でともに5位入賞を果たす。翌月に開催された世界選手権では銀メダルを獲得した。同年12月に競技者を引退。早稲田大学大学院において研究に励むと共に、自ら振り付けた作品をアイスショーなどで発表し、2018年10月に実演家を引退。現在も研究生活の傍ら、振付家としても活動している。
早稲田大学大学院スポーツ科学研究科博士課程修了後、現在は國學院大學人間開発学部にて助教を務める。博士(スポーツ科学)。主著に『アーティスティックスポーツ研究序説――フィギュアスケートを基軸とした創造と享受の文化論』(白水社、2020年)、『若きアスリートへの手紙――〈競技する身体〉の哲学』(山と溪谷社、2022年)、監修を務めた『さあ、氷上芸術の世界へ――フィギュアスケートと音楽』(音楽之友社)、作品映像集に『氷上の舞踊芸術――町田樹振付自演フィギュアスケート作品Prince IceWorld映像集2013-2018』(新書館、2021年)、などがある。J SPORTSのスポーツ教養番組「町田樹のスポーツアカデミア」では企画・構成から司会進行まで務めている。2022年3月放送「アーティストとアスリートの身体・精神論 音楽家 反田恭平」で第12回衛星放送協会オリジナル番組アワード 番組部門 文化・教養最優秀賞。また優れた文業に対して贈られる第16回「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」、2022年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞などを受賞。

——バレエでも、《眠れる森の美女》のブルーバードやオーロラ姫のヴァリエーションのように、初心者が発表会でよく踊るソロ作品があります

町田 音楽でも舞踊でも、あらゆる芸術分野にはアーティストを育てるための作品があり、誰もがアクセスできる共有財産になっていると思います。でも、フィギュアスケートにはなかったので、ぜひ創りたいと考え、この「エチュードプロジェクト」を立ち上げました。

しかし、実現までには高いハードルがあり、国内の芸術研究者およびアーティストで構成される匿名の制作者集団「Atelier t.e.r.m(アトリエ・ターム)」と一緒に数年かけて準備をしていました。2021年に行なった「継承プロジェクト」は、その前哨戦といえるかもしれません。

フィギュアスケート界には、クリエイターの権利を守りつつ作品を広く世の中に流通させようとする「著作権」の考え方があまり浸透していませんでした。良い作品が生まれても、それでは古典として残っていかない。「継承プロジェクト」は、著作権法に基づき「振付家が既存作品の上演権を、特定のスケーターに許諾する」というもので、いわばフィギュアスケート作品を公共化し、受け継いでいく試みです。「継承プロジェクト」はさまざまなメディアにも取り上げていただき、ようやく業界内外に「フィギュアスケートの振付は著作物である」という意識が根付いてきたかなと思います。

「CCライセンス」でエチュード作品を共有財産に

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