鈴木優人に聞く、「そもそもクリスマスとは?」
鈴木雅明のもと、J.S.バッハはじめバロック音楽を中心に演奏活動するバッハ・コレギウム・ジャパン。2018年に首席指揮者に就任した鈴木優人氏の活躍が期待されます。
10月にリリースされた『きよしこの夜~BCJのクリスマス』で、編曲とオルガン演奏に腕を振るった鈴木優人氏にずばり聞く、「そもそもクリスマスって何?」。独自のクリスマス文化が発達した日本で、知らず歌い継がれているクリスマス・キャロルには、どんな意味があるのでしょう? 「イエス・キリストの誕生日」という視点からちょっと広げて、クリスマスについてお伺いしました。
1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...
バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)といえば、設立者で音楽監督の鈴木雅明のもと、BISレーベルを中心に数十枚ものレコーディングを続けていることでも知られる、世界的なバロック・アンサンブル。2018年は首席指揮者に、マルチな才能で注目される鈴木優人(まさと)が就任し、ますます活動の幅が広がっていくことが期待されている。
そのBCJが新譜としてリリースした『きよしこの夜~BCJのクリスマス』(キングインターナショナル)がいま話題となっている。合唱とオルガンだけで構成された清らかな響き、有名なキャロルを中心とした本格派の選曲構成。しみじみと耳を傾けるほどに味わいが深まるアルバムである。
今回、見事な純度の高い、しかも曲ごとの表情豊かなキャロルの編曲を手掛けた鈴木優人に、音楽から考えるクリスマスについて、いろんな質問をぶつけてみた。
――そもそもクリスマスって何?というところから話を始めてみたいんですが。
鈴木優人(以下優人) 日本語のクリスマスは、本来の意味でいうと「クリス」と「マス」なんですよね。つまり「キリスト」の「ミサ」。キリスト教の祝日です。Xmasとも書きますが、もしXの上に’があったら、校正でトルツメしなければいけないんです。なぜかというと、Xの字でキリストを表しているから。
――十字架のXですか。
優人 そういうことです。ゴルゴタの丘で架けられた十字架です。つまり、キリストはもう死ぬことが決まって生まれてくる。人間のために十字架に架けられて死ぬと。それが決まった状態でオギャーと生まれる。そこの矛盾というか、悲しい運命を背負って生まれてきているとも言えます。
――確かに、昔の宗教画で、キリストが生まれたときから未来の悲しいしるしがあるというのを見たことがあります。
優人 ある種の定められた運命というか。そのせいでクリスマスの曲は歌詞のなかでも受難のことを考えたり予感させたり、やがては人のために死ぬキリストが今生まれたという、そういう観点の歌詞が多い。
だから両面あるんです。嬉しいお祭りという面と、ちょっと暗い面と。そのせいか、とても暗いメロディが多いと思うんですよ。
――ちょっと哀しみがクリスマスには入っているんですね。
優人 しかも、特にヨーロッパにおいてはすごく寒い季節です。僕もオランダに生まれたんですけど、欧米ではどこもそうだと思いますが、クリスマスは家庭で過ごす。音楽家でもクリスマスの時期に仕事は絶対に入れないという主義の人がいるくらい。日本のお正月みたいなところがある。
――クリスマスには受難が予感されているとおっしゃいましたが、前に優人さんに受難曲の話をうかがったとき、復活が予感されているという話をされましたね。そういう宿命や予定という考え方が一緒だなと思いました。優人さんの宗教観でもあるのですか?
優人 いや、僕の考えというわけでもないのですが(笑)。世の罪を背負って生まれてきた赤ちゃんですから、重たいわけなんです。自分にも小さな子供がいるので、ふと思ったのですが、キリストは厩(うまや)で生まれているじゃないですか。子供を産むには最悪な環境ですよね。干し草の上というのは。不潔極まりないじゃないですか。改めてぞっとしたわけなんですけど。
僕はけっこう暗い曲が好きなんです。今回のCDも暗い曲が多いです。ただただ明るいだけではないキャロルがいっぱい入っています。
――クリスマスの曲って器楽が入るものもたくさんあると思うのですが、オルガンと声を中心にまとめたというのはどんな理由で?
優人 経緯としては、サントリーホールのクリスマス・コンサートを5年間も歌って、それを録音したいね、というのがあった。そういう意味で合唱のキャロルのハーモニーの美しさを中心に据えたかった。あまりいろんな楽器を登場させる表面的な華やかさは今回はいらないかな、と。
それに加えて、ダカンのオルガン曲を多く、入れたかった。バリエーションの豊かさをオルガンのなかで示したかった。
別な理由としては、キリスト教の礼拝の基本は歌とオルガンですから。クリスマスの音楽の良さも、歌とオルガンだけで伝えられると思って、今回はこういう編成のアルバムになりました。
――2013年から2017年まで5年間、サントリーホールのクリスマス・コンサートをやってこられましたが、その流れも意識されているのですね。
優人 はい。その前の歴史もあって、サントリーホールのヘンデル「メサイア」のコンサートで、毎年アンコールでキャロルを1曲アレンジしていたんですよ。
――「メサイア」とキャロルはいい組み合わせですね。
優人 そうなんです。どちらもイギリスの文化だし。3時間「メサイア」を聴いて、その後に何かアンコールで1曲というときに、その年の好きなキャロルを、「メサイア」と同じようにではなく、程よく外れた方向に毎年アレンジしていたんです。それがたまってきて、アンコールだけで演奏会になりますねという話から、「メサイア」の翌日にセリフもあるような(聖誕劇の)クリスマス・コンサートをやることになって。23、24日と連続で大変でした。「メサイア」を全部歌った直後にリハーサルしていましたから。
――それは大変でしたね(笑)。ところで、お国柄によるクリスマスの違いがあると思うんですが?
優人 そうですね、ヨーロッパの方が基本的には家族で過ごす感じがあるかなと思うんですけど、クリスマスが近づいてくるとアドヴェントといってカレンダーをめくっていくんです。その発想がまず面白いと思う。キリスト教的にも待降節といって「待つ」わけです。その時期にクリスマス・マーケットがあるんですよ。アメリカもそうかもしれませんけど、プレゼントを買ったり、慈善目的でいろんなバザーがあったり。これらはバッハの時代の伝統ではないと思いますが。
――バッハの頃からアドヴェントはありましたよね?
優人 もちろんあります。
――クリスマス市みたいな華やかなものはなかったんですか?
優人 よくわかりませんが、ライプツィヒだったらあったかもしれない。商業都市でもありますし。
――バッハの中にクリスマスの楽しさというのはありますか。
優人 「クリスマス・オラトリオ」を聴いてもわかるように、すごく祝祭的なものはありますよ。日本では12月26日からはクリスマスじゃないみたいな扱いになりますが、本来は25、26、27日がクリスマスなんです。あとは新年の日とエピファニー(公現祭)の日となる
だから伝統を踏まえると、クリスマスツリーは26日に慌てて片付ける必要は全然ないどころか、新年まで飾っておくべきなんです。
――必ずしもキリスト教の洗礼を受けていない人も、それなりのクリスマスの過ごし方、楽しみ方があると思うのですが?
優人 いやそうですよね。僕はその点日本のクリスマスは独特だと思う。一般的にクリスマスという時期をみなさん楽しんでいらっしゃるじゃないですか。それは僕はとても素敵だなと思う。大事な人にプレゼントしたり、しばらく会っていない人に会ったり。別に何一つ悪いことじゃないと思うんですよ(笑)。
――日本だとなぜか恋人と一緒に過ごすとか。あれは日本だけの現象なんですかね?
優人 でも、本当にみんな恋人と過ごしているのかなあ。クリスマスまでに恋人を作らなきゃというのはよく聞きますが(笑)。
韓国もちょっとそうみたいですね。韓国は雪を大事にするというのがあるみたい。あとアメリカの影響もあるんじゃないですか。ロックフェラーセンターの有名なクリスマスツリーとかね。
いろんなイメージのクリスマスが融合してできたのが、日本のクリスマスだと思うんです。もともと日本にはキリスト教もかなり古くから入っていますし、そういう意味ではちょっとしたルーツもあるわけですし。
イギリスのキャロルは基本的にはア・カペラなんですよね。でも、いまやいろんな時代のレパートリーもあるし、彼らもバッハのカンタータも歌うし。合唱文化があって、家族でも歌ったり、路上でも歌ったり、そういうイメージも日本人は知っているので、それでキャロルが知られていると思うんですよね。
このディスクを作るときに、BCJの音楽として、僕らの思うクリスマスを、期せずして独特なものになったと思います。こんなクリスマスを過ごしてほしいという思いで作ったわけではなくて、自然にいままでやってきたクリスマスのキャロルを集めて、神戸松蔭女子学院大学チャペルの素晴らしいオルガンで、フランスのノエルを弾いて。
――イギリスのキャロルとフランスのノエルが融合しているんですね。
優人 そういう意味では日本的だと思いますよ。
――しかも歌詞には日本語も入っていましたね。
優人 ドイツ語の曲もありますし。英語、ラテン語、フランス語、いろいろみなさんのクリスマスのために僕がとりまとめたオルガンと合唱による、印象としては大人のクリスマス・アルバムかもしれません。
――ダカンに代表されるような、フランスのノエルの伝統曲というのはどういうものなんですか?
優人 ダカンの曲は、僕にとってはぴったりフランスのクリスマスのイメージで。フランスのオルガンって、倍音管が豊かなんです。どんなオルガンでもあるんですが、特別大事な役割を果たして、それがメロディを奏でるんです。
――倍音管?
優人 オルガンは倍音を足していく楽器ですから。オクターヴと五度上のパイプは鼻にかかったような音、ナザールというんですが。このナザールを弾いたソロとか、オクターヴと三度上が鳴る、つまりドを弾くとミが鳴るパイプがあって、そういうのが独特な懐かしいような音色を作るんですよ。リード管の音色は、太くてやわらかい。つんざくような感じじゃなくて、やさしいオーボエみたいな感じと言ったらいいでしょうか。聴いていただくと、いろんな音色が混じる感じで、まさにフランスのオルガンならではです。
――キャロルの合唱とともに、そういったオルガンの音色にも注意して耳を傾けることで、今回のクリスマス・アルバムをより深く楽しむことができそうですね。
日時 2018年 12.23(日・祝)15:00開演(14:20開場)
会場 サントリーホール
プログラム
ヘンデル:オラトリオ《メサイア》 HWV 56
出演者
鈴木雅明(指揮)
森谷真理(ソプラノ)
藤村実穂子(アルト)
ザッカリー・ワイルダー(テノール)
ベンジャミン・ベヴァン(バス)
バッハ・コレギウム・ジャパン(合唱・管弦楽)
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