インタビュー
2026.01.28
審査員が振り返る第19回ショパン国際ピアノコンクール Vol. 1

ミシェル・ベロフが語るショパンの音色〜「音楽を自分のために使う」のではなく「音楽に仕える」

第19回ショパン国際ピアノコンクールの審査員の方々に、ファイナル開催期間中にインタビューしました。第1弾は、ミシェル・ベロフ。ショパン演奏に求められる音色、演奏するうえで大切な「自問自答」とは? そして、SNSやYouTubeの影響力が大きい現代における危惧についても語ってくださいました。

取材・文
三木鞠花
取材・文
三木鞠花 編集者・ライター

フランス文学科卒業後、大学院で19世紀フランスにおける音楽と文学の相関関係に着目して研究を進める。専門はベルリオーズ。幼い頃から楽器演奏(ヴァイオリン、ピアノ、パイプ...

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2019年にONTOMOのインタビューで色彩(couleur)と音色(timbre)について語ったミシェル・ベロフ。改めて、ショパンを弾くのに求められる音色や解釈についてお話しいただきました。

ミシェル・ベロフ
1950年フランス生まれ。パリ国立高等音楽院卒業後、1967年に第1回メシアン国際ピアノ・コンクール優勝。以来、メシアン作品の第一人者として国際的に活躍する。パリ音楽院教授を25年務め、多くの名演奏家を育成。第17回ショパン国際ピアノコンクール優勝者チョ・ソンジンの師としても知られる。

声楽やオーケストラをイメージし、ピアノで表現する

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ベロフ ショパンはもちろんピアノのための作曲家でした。しかし、彼の音楽は決して「ピアノだけ」の発想にとどまっていません。

ショパンは常に「声楽」を意識していました。さらに、たとえばチェロの役割も非常に大きい。ショパンのピアノ曲には、随所にチェロのパートのような響きが出てきます。実際、彼はあの美しい「チェロ・ソナタ」も書いていますからね。

ですから、ピアノのために書いていても、頭の中ではオーケストラ的な響きをイメージしていたはずなので、演奏者は「これはどんな編成で鳴っているのか」というイメージを持つことがとても大切です

それはもちろん、音域にも関係します。たとえば高音域で書かれているものは「ファゴット」や「ホルン」ではなく、その音域の木管楽器のような軽さが必要だな、などと考えます。

ダイナミクスも同様です。たとえば、フォルティッシモと書いてあるからといって、すべての音を強く弾くわけにはいきません。フォルティッシモは“理想的な響き”の方向性を示しているだけで、もしそれがフルートのような性格をもつなら、実際の音量は控えめでもいい。つまり、ダイナミクスは音域や旋律の性格に合わせて調整しなければならないんです

音色や強弱のわずかな違いも「どんな楽器をイメージしているか」によって変わってくる。大きなホールで弾くのと小さい部屋で弾くのではピアノの響きも違う。ショパンはオーケストレーションも常に考えていたと思いますよ。

歌うことが自然なフレーズのヒントに

ベロフ さらに、「声楽的なイメージ」を持つことは、テンポにも影響します。どれほど長いフレーズであっても、歌手なら必ずどこかで息継ぎをします。そのため、テンポがあまりに遅すぎると、ひとつのフレーズの中で何度も息をしなければならなくなり、不自然になってしまう。ショパンが書いた長い旋律も同様で、テンポを引き延ばしすぎると、ひとつのフレーズの中で3回も4回も息継ぎが必要になってしまうのです。

ですから、ピアノで練習するときも、時には実際に歌ってみるといい。左手を弾きながら右手の旋律を口ずさんでみる。歌うときは息を吸うタイミングが必要だから、それによってより自然なテンポやフレーズ感が身につきます。

近年は、感情的な効果を狙って極端にテンポを遅く取る演奏も多く見られますが、それを繰り返すと、結局眠くなってしまう(笑)。「遅い=感動的」というわけではありません。

ショパンの音楽を過度に柔らかく、色彩を失った演奏にしてしまうのも同じことで、繰り返されれば、音楽そのものを失ってしまいます。最終的にはすべて主観的な判断ですが、音楽家は選んでいかなければなりません。前提として、楽譜をよく見て作曲家が何を書いているのか勉強しておくことは大事です。

作曲家は常に論理的に書いているからすべての音には意図があるべき

ベロフ ショパンは作曲家ですが、誰よりも鍵盤を弾きこなしていたと思います。だからこそ、ショパンは生涯を通して弾き続けるべき作曲家です。たとえ舞台で弾かなくても、勉強として、音楽的にも手のためにもとても良い練習になります。

そして大切なのは、「なぜそう弾くのか」を常に考えていること。「なぜこう解釈するのか」「どんな音を想定しているのか」、そして、「なぜあなたはこの曲を演奏しているのか」。楽譜というテキストを出発点に、ショパンが書いた音符の意味を考える必要があります。ショパンはとても精密に書く作曲家でした。そこには必ず意味があります。

ベロフ もちろん、解釈には自由がありますが、その中にも限度があり、あまりに自由にやりすぎると、音楽への敬意を失うことになる。ときどきの誇張はかまいませんが、繰り返しすぎるとただの演出になってしまう。だから、演奏家は常に謙虚であるべきです。

ショパンの天才性は、私たち演奏家のものではありません。私たちはそれを伝える存在にすぎない。もちろん自分自身の想いを込めることは必要ですが、音楽を「自分のために使う」のではなく、「音楽に仕える」姿勢が大事です。

そして、優れた演奏とは、論理がある演奏です。作曲家は常に論理的に書いています。もし演奏がその論理を失っていたら、どんなに自由でも不自然に聞こえる。たとえ自分の意見と違う解釈でも、そこに理由と筋があれば、それはすでに価値があります。すべての音には意図があるべきで、偶然に鳴る音など存在してはいけない。演奏家は、楽譜に忠実に従ったうえでアイデアをもつべきなのです。

この時代が人工的な演奏をさせているのではないか

ベロフ ショパンの解釈は、全体としては「変化している」と言えるでしょう。ただ、それも一種のサイクルのようなものです。20世紀初頭にはとても自由に弾く人がいましたし、20世紀の中頃になると、今度は逆に、必要以上に厳格になった時代もありました。そしてまた、自由な流れに戻ってきた。そうした循環の中に、私たちはいるのだと思います。

今の時代、人は「見られること」「見せること」を強く意識せざるを得ません。嬉しい顔や悲しい顔を大げさに作り、それ自体を見せようとする人もいます。しかし本来、音楽は「聴く」だけで十分なものです。

もちろん、舞台に立てば、自然に身体が動く人もいれば、ほとんど動かない人もいます。それが音楽と結びついた自然な動きであれば問題はありません。でも、観客のためだけに、人工的な(artificial)身振りや演出を加えるのは、完全に誤りです。

偉大な芸術家というのは、自分に「節度」を課すものです。どこまでが良い趣味で、どこからが悪趣味なのかを知っている。スタイルは時代とともに変わりますが、演奏は「聴衆のため」ではなく、まずは自分自身と作曲家のためにあるべきです。その天才に最大限の敬意を払うこと、それが本質です。

もちろん聴衆への敬意は必要です。しかし、仕えるべき相手は聴衆ではなく、作曲家です。「音楽を利用するのではなく、音楽に仕える」——これはとても有名な言葉ですね。

ベロフ 今の若い世代に、特別な傾向があるとまでは言いません。昔から、音楽に誠実な人も、そうでない人も、常に存在してきました。ただ、人々が「早く結果を出さなければ」と焦っているのは確かでしょう。注目を集めようとして、少し人工的なことに手を出す。それは一時的にはうまくいくかもしれませんが、長くは続きません。

すべてがあまりにも速すぎる時代です。もちろん、成熟し、自分の時間を大切にしている演奏家も今でもいます。しかし、取り残されるのが怖くて、急ぎすぎてしまい、時間をかけて「歌い込む」ことをしなくなりがちです。また、演奏家はどんどん若年化し、驚くほど若い才能や「神童」がSNSやYouTubeで注目を集める時代にもなりました。それ自体は、楽しいことでもあります。

ただ、それだけで「偉大な芸術家」になれるわけではありません。私は今の時代そのものが、人を焦らせ、注意を引くために人工的なことをさせてしまっているのではないか、と危惧しています。その人工性の中に閉じ込められてしまうとしたら……それはとても危険なことです。

取材・文
三木鞠花
取材・文
三木鞠花 編集者・ライター

フランス文学科卒業後、大学院で19世紀フランスにおける音楽と文学の相関関係に着目して研究を進める。専門はベルリオーズ。幼い頃から楽器演奏(ヴァイオリン、ピアノ、パイプ...

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