宮川彬良 100年先の“みんな”が享受できる音楽を
世界中で広く親しまれているライマン・フランク・ボームの童話『オズの魔法使い』。これまで様々な映画や舞台などに翻案されてきましたが、今回、この物語をベースにまったく新しいミュージカル『DOROTHY(ドロシー)〜オズの魔法使い〜』が誕生します。原作の舞台である1900年のアメリカ・カンザス州を21世紀に移し替えて翻案し、ドロシーはとある都会の大学生という設定です。脚本と演出を手がけるのは、演出家の田尾下哲さん。そして作曲を手がけるのが、宮川彬良さんです。これまでに数多くのミュージカルや舞台の音楽を生み出してきたキャリアの総決算のような作品になるだろう、と宮川さんが意欲を語ってくれました。
東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京医科歯科大学非常勤講師。オペラを中心に雑誌やWEB、書籍などで文筆活動を展開するほか、社会人講座やカルチャーセンターの講...
キャリアの集大成はミュージカルとオペラの垣根をも超える作品
——『オズの魔法使い』といえば真っ先に思い浮かぶのが、ジュディ・ガーランドが主演した映画です。主題歌の《虹の彼方に》はスタンダード・ナンバーとして世界的に愛されていますね。
宮川 僕も大好きな曲です。だから最初にオファーをいただいた時には、「(こんな名作をつくりかえるなんて)どうしてそんなことするの?!」と返事をしたぐらい(笑)。でも、色々と考えているうちに、この仕事は僕に向いてるのではと思ったんです。
——それは、どういう点でそう思われたのでしょうか。
宮川 僕のデビューは21歳の時、劇団四季の舞台です。その後25歳の時には東京ディズニーランドのショーの音楽を作曲し、それ以来、ミュージカルやショーの音楽をずっと手がけてきました。その中で僕はずっと、「みんなが理解して楽しめる」音楽をつくってきました。
そのことに気づいた時、普遍性のある世界観を持った『DOROTHY〜オズの魔法使い〜』に強く惹きつけられたんです。
——今回のミュージカルでは安田佑子さんが歌詞をご担当です。実際にどのように作曲を進めていらっしゃるのでしょうか。
宮川 従来はまず歌詞をもらい、それに曲をつけるといういわゆる「詞先」で作曲してきましたが、今回は安田さんとかなり綿密に話し合いながらつくっています。
具体的には、まず50〜60%ぐらいできている詞をみせてもらい、そこにある言葉の断片からイメージしたメロディーを作る。そのメロディーをもとに、さらに先にはどういう言葉が来るといいのか、そこからはどんな意味が生まれてくるのか、などあらゆる可能性を考えてそれを安田さんにぶつけるんです。
そこで安田さんが詞をブラッシュアップし、僕はその先のメロディーや伴奏パートを色々と試行錯誤しながら完成に近づけていきます。通常なら3時間でできるところが1週間ぐらいかかる。本当にたいへんな作業で、挑戦的な試みです。
——それはまるでオペラの作曲のようですね。
宮川 そう! 音と言葉に対するアプローチが、これまでにない革命的なものになると思います。ミュージカルとオペラの垣根をも越えるような作品になるかもしれません。
言葉と音楽の新しい関係に挑む
——星の数ほど曲を書かれてきた宮川さんでも、今回のようなやり方は珍しいんですね。
宮川 日本語は音の高低によって意味が変わってしまう言語なので、メロディーの制約がとても多いんです。しかもその曲を初めて聴く、そしておそらくは1回しか聴かないお客様にも意味を理解して楽しんでいただかないといけません。
ですから、歌詞が先にあって言葉のアクセントの通りに作曲する「詞先」がいいと思ってこれまで作曲してきました。でも今回、もうひとつハードルを上げて、キーになる部分はもちろん言葉から生まれますが、その後は音楽に道しるべを頼もうと思いました。
——言葉と音楽との新しい関係を構築されているのだと感じます。
宮川 日本語のテクストは本当にきちんと「詠めば」、音楽が必要でなくなる。それくらい日本語はそれ自体が音楽のような言語です。そこを誰も突破してこなかった。
今回、そこに挑戦しているのが演出の田尾下哲さんであり、僕なんです。田尾下さんが「彬良さんの音楽でこそ」と思ってくれている、いわば彼の「見立て」を僕は信じてやっている感じです。
クラシックにもっと親しめるように~「アキラさん」の提言
——今、日本のミュージカルは老若男女を問わずに高い人気があります。一方でクラシック音楽の演奏会にはなかなか若い人に足を運んでもらえないという悩みがありますが、宮川さんはコンサートに足を運んでもらうためにはどうしたらいいと思われますか。
宮川 これをいうと怒られるかもしれないけれど、コンサートを「タダ」にしちゃえばいいんじゃないでしょうか。
僕たちはみんな、お金を稼げば稼ぐほど偉い、お金を稼ぐことは正しいという価値観で育ってきたけれど、芸術はそういう経済活動を超越した場にあるべきだと思うんですね。
お金があるからいい音楽を聴ける、お金がないと聴けない、というのはどこかおかしいのではないか。芸術とはそれぐらい本質的で大切なものだ、という認識が必要なのではないかと思います。
一部の恵まれた人だけが享受できるものではなく、子どもの頃から当たり前に接することのできるものになればいいですよね。目先の利益ではなく、100年先まで芸術が残っていくためにはどうしたらいいのか。100年先の「みんな」が楽しめるために、僕らは音楽をつくっていかなければならないんだと思います。
日程:2022年8月20日(土)~10月12日(水)
会場:日本青年館ホール(東京)他、静岡・愛知・広島・兵庫・福井・富山・鹿児島・福岡・群馬で公演
作・演出:田尾下哲
作曲・音楽監督:宮川彬良
作詞:安田佑子
出演:ドロシー:桜井玲香、かかし:蒼井翔太/鈴木勝吾(Wキャスト)、ブリキ:渡辺大輔、ライオン:小野塚勇人【劇団EXILE】/ 栗山航(Wキャスト)、東の魔女:伊波杏樹、オズの精:横溝菜帆/ 西の魔女:凰稀かなめ/オズ:鈴木壮麻、他
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