作曲順にコンプリート・ベートーヴェン! 毎日聴くと見えてくる“本当の姿”
ベートーヴェン生誕250周年に寄せて、ONTOMOが1年かけて毎日掲載する「おやすみベートーヴェン」。監修の平野昭さんとのお話を通して、「作品が書かれた順」に聴いていく意義が浮かび上がってきました。1年間かけて、ベートーヴェンと彼の作品を身近に感じ、楽しむヒントを訊きました。
ベートーヴェンの足跡を追う366日間
2020年に生誕250年を迎える大作曲家ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェン。ジャジャジャジャーンでお馴染みの交響曲《運命》や、年末になると町中に鳴り響く「歓喜の歌」こと第九交響曲。ピアノ作品でも《月光》や《エリーゼのために》など、皆さんご存知の名曲を生み出した楽聖です。
名曲を選んで聴くのもいいけれど、ベートーヴェンが56年の生涯に残した作品は、作品番号があるものだけで138曲。付いていないものも含めると400曲超え! 隠れた名曲がたくさんあるはずです。
「おやすみベートーヴェン」では、全作品を毎日17時に、一曲ずつ(ときに1曲を何夜かにわけて)ベートーヴェンが若いときに書かれた作品から作曲した順、ベートーヴェン研究の大家、平野昭さんの監修により5つの時期に分けてお届けしていきます。
お仕事帰りの電車のなかや、おやすみ前のひととき。毎日ベートーヴェンの作品に耳を傾ける時間を作って、大作曲家の成長と円熟の過程を体感してみてはいかがでしょうか。
ベートーヴェンの作品は主に3種類の番号で管理されており、Op(ベートーヴェンが作品を発表する際に出版社が振った番号)、WoO(Werke ohne Opuszahl 本人によって作品番号が付けられなかった作品)、Hess(旧ベートーヴェン作品全集に収録されなかったものを、研究者のウィリー・ヘスが整理した)が存在しますが、それらは出版などの関係で、必ずしも作曲年代順に並んでいるわけではありません。
1. ボンでの少年・青年時代(1782-1792)
生まれ故郷のボンでの活動時期に書かれた作品。残されている限り、最初の作品《乙女を描く》からスタートします。平野さんによれば、すでに後期作品にみられる斬新さが表れているそうです。
2.天才ピアニスト時代(1793-1799)
ウィーンに上京し、本格的に音楽家としての活動を始めたベートーヴェンは、はじめ作曲家としてではなく、自作作品を演奏する「天才ピアニスト」として名を成したそうです。ピアノ協奏曲やピアノソナタそして、ピアノを含む室内楽作品など、自身が演奏することを前提とした名作が生まれています。
3.作曲家デビュー・傑作の森(1800-1812)
当時、バレエやオペラ、交響曲を書かなければ「作曲家」として認められない風潮があったそう。ベートーヴェンも1800年に、ついに交響曲第1番を発表。翌年には、バレエ《プロメテウスの創造物》を完成させました。英雄様式期とも呼ばれ、8番までの交響曲をはじめとする名作を次々に生み出す「傑作の森」と呼ばれる12年間。
4.不滅の恋人との別れ(1813-1817)
「スランプ期」とされることもある寡作な時期ですが、オペラ《フィデリオ》の初演や歌曲の名作など、声楽作品が数多く生み出されています。平野さん曰く「声楽作品に近づくことで、ロマン主義に接近する」時代。ウィーン会議、ナポレオンの没落など時代が動く中、ベートーヴェンには有名な「不滅の恋人」との別れ、という事件がありました。
5.最後の10年(1818-1826)
「最後の10年」に区切って、晩年の限られた作品を紹介するのは平野さんのこだわり。《ミサ・ソレムニス》や《第九》、《ディアベリ変奏曲》、5つの弦楽四重奏曲など、フーガと変奏が多用される重厚な作品群は「孤高様式」とも呼ばれるそうです。
インタビュー 平野昭さんに聞く、おやすみベートーヴェンの楽しみ方
ベートーヴェンの新しい一面が見えてくる
——1年間かけてベートーヴェン作品を全曲聴く意義を教えてください。
ベートーヴェンは交響曲とピアノ・ソナタと弦楽四重奏曲だけじゃないんだよっていうことを知ってもらいたいです。
もっと声楽曲も聴いてほしいなって思うんですよ。けっこうロマンティックです。あのゴツゴツした笑い顔もないようなイメージのベートーヴェンが、そんなロマンティックな歌曲を書いてるって、ちょっといいですよね。
ベートーヴェンの肖像画って5~60点あるんですけど、どれひとつ笑ってないでしょ。でも実は、ダジャレ好きなんですよ。めちゃくちゃダジャレ好きで、ディアベッリのことディアボロとか、悪魔みたいな呼び方するわけですし、ホフマンのことを「ホーフマン(宮廷人)になるなよ」って言ったりだとか。自分でオヤジギャグを言って、ぎゃははって笑ってるはずなんですよ。だけど肖像画はみんな眉間にシワ寄せてる。デジタルで笑わせましょうよ(笑)。かわいい笑顔と、ぎゃははってかんじの笑い顔。
カノンの中に、ダジャレだらけの曲がたくさんあります。カノンっていうのは作品一覧には載らない小さな作品です。年賀状みたいにちょこっと1小節2小節書いて、そこに「3声」とか「4声」と書いて、ちょっとしるしをつける。2番目のひとはここから歌う、とかね。そういったものがいっぱいあって、その中身がダジャレだらけなんです。
1年通して、ベートーヴェンの新しい面が見えてきたらいいと思います。
作曲年順だからこそ見えてくる「本当の姿」
——毎日ベートーヴェン作品を聴くにあたり、注目ポイントはありますか?
ぜひ作曲順に聴いてほしいです。そうしないと、本当の姿が見えてこないことがいっぱいあるんですよ。
例えば最晩年の弦楽四重奏曲第12番から第15番まの4曲は、作品番号順では
12番が4楽章構成、
13番が6楽章構成、
14番が7楽章構成、
15番が5楽章構成です。
なぜこんなにばらばらなのか思いますが、作曲順に並べると、
12番、4楽章構成
15番、5楽章構成、
13番、6楽章構成、
14番、7楽章構成となります。
ベートーヴェンにはあのとき、1曲ずつ楽章を増やそうっていう考えがあったということがわかってくる。作品番号順だとわからない。
作品18の弦楽四重奏曲6曲にも言えます。弦楽四重奏曲第1番が、ベートーヴェン初めての弦楽四重奏曲だと思って聴くと思いますが、作曲年順でみると第1番より第3番のほうが先にできていますね。
作品番号=作曲順じゃないからこそ起こっていて、作曲順に直すと見えてくることがある。作曲順に日めくりで読んで聴くって、とてもいいと思います。
有名な曲にとらわれずに楽しもう! 初心者にもおすすめしたい作品
——ベートーヴェンというと敬遠してしまうひともいると思いますが、初心者へのおすすめはありますか?
一度、《戦争交響曲》(9月下旬ころに公開予定)を聴いたらどうでしょう。2つのオーケストラがあって、大砲や機関銃の音がしたり。《戦争交響曲》は、当時ウィーンにいたサリエーリをはじめ、みんなが協力してウィーン大学で開催したチャリティーコンサートで、交響曲第7番と一緒に初演されました。チャイコフスキーの『序曲《1812年》』ってみんな好きですけど、あれの見本です。イギリス軍とナポレオン軍の戦いの様子を描いています。
もっと聴いてほしいものはいっぱいあるけど、交響曲第4番(7月初旬公開)とか第8番(9月中旬公開)もおすすめしたい。最初のころは《英雄》や《運命》を聴きがちですが、第4番とか第8番って、よく聴くとすごくいいです。
ピアノ・ソナタも、実は、3大とか4大、つまり《月光》《熱情》《テンペスト》《ヴァルトシュタイン》以外のニックネームついてない曲にも、いいものがいっぱいあります。例えば、ピアノ・ソナタ第30番とか第31番(11月中旬公開)ですね。
ベートーヴェンの隠れた名曲! 平野さんのおすすめ作品
——平野さんイチオシの作品を教えてください。
バレエ音楽ですね。《プロメテウスの創造物》(5月中旬公開)は、ぜひ序曲だけじゃなくて全曲聴いてほしい。フィナーレまで聴くと、「あ、《英雄交響曲》の終楽章の音楽がここにあった」とか、「序曲のあとの第1幕の導入部分に、《田園交響曲》の嵐の場面があるじゃん」とか、そういうことがわかるんですね。
作曲された1801年頃のドイツのバレエは、まだコール・ド・バレエ(ソリストと群舞が出演する大人数のバレエ)ではなくて、パントマイムのようなイメージです。序曲のあと、第1場の情景に入る前が、抜き足差し足忍び足っていうような音楽になっていますので、パントマイムと思うと、目に浮かびます。
《プロメテウスの創造物》は、ギリシャ神話とは違うストーリーで、ハイドンが1年前に作った《天地創造》っていうアダムとイヴの話に、対抗するかたちで作っているんです。天上に追放されてプロメテウスが落ちてくるときに、ゼウスの怒りで雷鳴がとどろく場面は、《田園交響曲》第4楽章の響きとそっくりなんです。そういったところまで聴いてほしい。
《エグモント》(ゲーテの同名の戯曲のための劇付随音楽/8月下旬公開)も序曲だけ演奏されることが多いけど、ヒロインのクレールヒェンが歌うアリアだとか、4つの間奏曲が入っていたり、主役のエグモントのモノローグみたいなところがあったりするんです。全曲を聴くことで、ベートーヴェンがどういうつもりで書いたのかわかると思います。序曲だけ書いたわけじゃないので。
あとは歌です。特に若いときの歌だと、歌曲《アデライーデ》(3月初旬公開)。めちゃくちゃいいメロディ。
オペラ用のシェーナとアリア(オペラ台本の一部分を、オーケストラ伴奏付きで演奏会用に作曲したもの)っていうのもあります。1796年頃に書かれた三重唱《おののけ背徳者よ》(5月下旬公開)は、イタリア語で書かれていて、ベートーヴェンが早くからイタリア語のオペラを書きたがっていたことがわかります。シェーナは日本語で「劇唱」と訳されますが、ものすごくドラマティック。そういった声楽作品もベートーヴェンの魅力のひとつです。ぼくも最初聴いたとき、びっくりしました。
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