インタビュー
2022.08.24
キューバで録音した『モーツァルトとマンボ』第2弾が9月に発売

ホルン奏者サラ・ウィリスの信念と原動力「自分がやっていることを愛し、分かち合う」

ベルリン・フィル史上初の女性金管楽器奏者として20年以上ホルン奏者を務め、メディアでのMCなどでも活躍。2020年にモーツァルトとキューバ音楽を組み合わせたアルバムでも話題となったサラ・ウィリスさん。『モーツァルトとマンボ』第2弾では、構想をさらに押し進めて、キューバ音楽史に残るような作品制作にチャレンジしたそう。「男女の違いなんて古い質問!」そのパワーの原動力とは? 高坂はる香さんがインタビューしました。

取材・文
高坂はる香
取材・文
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

写真:各務あゆみ

この記事をシェアする
Twiter
Facebook

モーツァルト×キューバ第2弾は6人の若手作曲家とコラボ! キューバ音楽史に残るチャレンジ

——アルバム『モーツァルトとマンボ』の第2弾がリリースされます。モーツァルトのホルン協奏曲をはじめとする楽曲とキューバ音楽の編曲作品を組み合わせた第1弾のアイデアも斬新でしたが、第2弾はまたさらに一歩進んだものですね。

サラ 本当に、未知の世界に踏み出すようでした(笑)。

サラ・ウィリス(ホルン)

アメリカ、メリーランド州生まれ。英国とアメリカ両方の国籍を持つ。
父親の仕事のためアメリカ、東京、モスクワを経て、13歳のときイギリスへ渡る。14歳でホルンを始め、王立音楽大学短期大学青少年のための音楽教室を経て、ギルドホール音楽演劇学校に進み、アンソニー・ホールステッド、ジェフ・ブライアントのもとで学ぶ。
その後ベルリンでファーガス・マクウィリアムに師事し、1991年、ベルリン国立歌劇場管弦楽団の第2奏者に就任。この間、シカゴ響、ロンドン響、シドニー響など世界のトップオーケストラへの客演ほか、ソリストとしても活躍し、また様々なアンサンブルでも演奏した。
2001年、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団に入団。金管セクション初の女性メンバーとして注目された。多様な録音も精力的に行い、ベルリン・フィル・ホルン・カルテットの「Opera!」、「Four Corners!」など、いずれも高い評価を受けている。2014年にはソロCD「ホルン・ディスカバリーズ」(2021年再発売)、2019年にモーツァルトとキューバ音楽を組み合わせた「モーツァルトとマンボ(Mozart y Mambo)」をリリースし、世界的に好評を得た。2022年9月には続篇となる「モーツァルトとマンボ2 - キューバン・ダンス(Mozart y Mambo, Cuban Dances)」をリリース予定
続きを読む

サラ 最初のアルバムの録音が終わったのは、パンデミックが始まる直前、2020年1月のこと。その後世界は閉ざされ、すべてのやりとりをリモートで行なわなくてはなりませんでしたが、なんとか7月にアルバムをリリースできました。当初は完成に漕ぎ着けられただけでも喜んでいたのですが、蓋をあけてみると、動画は30万回の再生数(2022年7月現在は85万再生)となり、アルバムが大ヒットしたのです。世界がちょうど喜びにあふれる音楽を求めていたのでしょう。

サラ 私にとっては、アルバムがヒットしたことはもちろん、キューバのすばらしいミュージシャンの存在をみなさんに見つけてもらえたことが嬉しかったですね。

今回は、モーツァルトのホルン協奏曲第1番、第2番に加えて、キューバのダンスの要素を盛り込んだ協奏曲スタイルの楽曲を収録しています。これは、オーディションで選ばれたキューバの6人の若手作曲家の手による作品で、キューバの音楽史上初のホルン協奏曲です。私にとっても彼らにとっても新しいチャレンジでした。

——事前にキューバのダンスを習ったということですが、やはりその成果があの独特の揺らぐようなホルンの表現に現れているのですか?

サラ もちろんです! キューバの友人から、「踊れなかったら、吹けるわけないよ」と言われましたが、まさにその通りです。私はもともとベルリンでサルサを習っていました。先生はキューバ人で、「あなた、キューバ人みたい」と言われていたので、あらかじめ自信はありました(笑)。

6人の作曲家による新作「Cuban Dances」は、異なる地域のキューバのダンスに基づいています。それぞれ音楽が違いますから、すべてのダンスを練習しました。体で感じなくては、楽器で奏でる音にその感覚を吹き込むことはできません。

一方、作曲家たちには、ダンス独特のリズムを譜面にしてもらう必要がありました。キューバ人同士ならば、ここはマンボ、次はボレロ、といえばそれで通じますが、私が理解するには譜面に書いてもらう必要がありますから、書き方を勉強してもらわなくてはなりませんでした。

第1弾ではキューバの代表的なダンス音楽「マンボ」をフィーチャー。サラさんのYouTubeチャンネルでは、キューバの打楽器奏者たちとリズムを詳しく解説しています。

6人はとても才能にあふれた、未来ある若者です。かつてのブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブのように、今度は若い世代のキューバの音楽家が活躍し、しかもこうしてキューバのダンスを記譜して世界や次世代に伝えられるようになったことで、世界のキューバ音楽に対する見方を変えられると思います。キューバ音楽史に残るプロジェクトだと、誇りに思っています。

アメリカのギタリスト、ライ・クーダーが、97年のアルバム制作と99年のドキュメンタリー映画を通して、国外であまり知られていなかったキューバのミュージシャンたちを世界に知らしめた『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』

——1作目の制作後には、キューバのオーケストラに寄付をされたそうですね。

サラ はい、アルバム1枚の売り上げごとに1ユーロを寄付する形だったのですが、実際には、他にも金銭や楽器の寄付が集まり、キューバに良い楽器をたくさん届けられました。

——サラさんの活動によって、キューバの音楽シーン全体のレベルが上がっていきますね。

サラ 嬉しいですね! みんなが私の銅像を作ってくれるというのだけれど、そのときには古いスタイルの裸の銅像じゃなく、ちゃんと服を着せてねってお願いしているの。裸でホルンを抱えている像だけは勘弁してほしいって(笑)。

でも実際、多くのことを受け取っているのは私のほうです。自分の存在を100%愛し支えてくれる、かけがえのない場所を得ることができたのですから。そんな場でこそ、人間の能力の可能性はいっそう花開きます。

私にも他人からの批判や評価が気になることはあるけれど、キューバにいると、なぜかそんなことはどうでもよくなって、なんでもできるような気がしてくるの(笑)。

モーツァルトはきっと、すばらしいキューバ人になったはず〜キューバで挑むキャリアのハイライト

——モーツァルトのホルン協奏曲を録音するというのは、ホルン奏者にとっていわば大きな山のようなプロジェクトではないかと思いますが、それをキューバで行なうということは、どのように決断されたのですか?

サラ ホルン奏者にとってキャリアのハイライトのひとつですから、昔から、録音するならどこのオーケストラと共演するのがいいかと考えていました。でもキューバでこのオーケストラに出会ったとたん、ここだ! とピンときたのです。そんなことがキューバで起きるとは予想もしていなかったけれど。

現地の音楽家が、「モーツァルトはきっと、すばらしいキューバ人になったはず」と言っていたこともヒントになりました。実際、モーツァルトのダンスの感性、即興的な要素の多さ、おどけた部分、そしてロマンティックさの中にどこかダークな部分を秘めているところなど、キューバ人はよく理解しています。経済的に生活が大変でも、いつも笑おうとしている、そういうところが通じるのではないでしょうか。

サラ 最初は、何作かにわけて別の国で録音しようと思っていたのですが、1作目を録り終えたとき、まだ私の中でキューバは終わっていない! もっと探究したいという気持ちになったのです。

キューバ人の音楽は、とにかく自然です。演奏姿を見るとわかりますが、彼らはただ楽器を操っているのではなく、全身が音楽になっているのです。リズムのカウントの仕方も、西洋クラシックの演奏とはまったく違います。

ある国の音楽の色や美しさを知ると、その文化や人々を知ることができます。私もキューバ音楽を探ることによって、友人たちや文化をより理解できるようになりました。

——キューバでの録音はいかがでしたか?

サラ 今回はオールド・ハバナの教会で、午後10時から午前2時という時間帯に録音しました。というのもキューバ人はとにかく賑やかで、日中は外がうるさくて録音できないから(笑)。それでもときどき、犬が吠えたり、物売りが突然やってきたり、キューバならではの古い車のエンジン音が響いたりと中断せざるをえないことがありました。それもまた、本物のキューバの日常で楽しかったですね。

夜になると鳴き出すコオロギとの戦いも大変でした。実は避け切れず、コオロギの鳴き声が入っている部分があるので、ぜひ録音を聴いて見つけてみてください(笑)

私はベルリン・フィル最初の女性ホルン奏者だけれど、決して最後ではないのよ

——もともとピアノを習っていたところ、イギリス留学にあたりもう一つの楽器としてホルンを選んだことがきっかけで、この道に進まれたということです。当時14歳だったサラさんは、ホルンは男の子の楽器だといわれて逆にやりたいと思ったそうですね。

サラ はい、ノーと言われるとやりたくなるタイプなので(笑)。

でも実際、ホルンは恐ろしい楽器です。息を吹き込んだところから音が出るところまで管が3.5メートルあり、その中で音が変化するので、一度吹いてしまえば、ちゃんと音が出てきて! と祈るしかありません。サイモン・ラトルからも、ホルン奏者たちはスタントマンだと言われていました(笑)。

プロでもみんなミスは怖いし、うまくいくか心配しています。サラのような人がそんなことを気にしているの? と言われることもありますが、だからこそ心配が大きいといえます。成功している時ほど、失敗への恐れは大きいものです。

——ベルリン・フィルで最初の女性ホルン奏者として活動することは大変だったのでは? と、よく聞かれると思います。でもサラさんの雰囲気だと、実際にはそうでもなかったとおっしゃいそうですよね。

サラ 本当に、その質問のたびに1ドルもらったら大金持ちになれる、というくらい何度も聞かれてきた質問です(笑)。確かに、男女で肺や体格の大きさの違いはあるかもしれないけれど、私は幸運にも仕事場で女性だからという理由で問題を感じたことはほぼありませんでした。実際、20年前にホルンをやっている女性は少なかったですけれど、今となってはそれは古い質問です。

私もオーディションを受ける時点で、女性で初めてのホルン奏者になろうなんていう意識はありませんでした。男だろうと女だろうと、私は私ですからね。もちろんこの20年、簡単なことばかりではありませんでしたけれど、それは、取り組みがいのある壁だったという感覚です。

サラ ただ嬉しいのは、日本でも今、ホルンを吹いている女の子が増えたということ。あなたのおかげで始めたんですなんて言われると、頭が爆発しそうなくらい喜んでしまいます(笑)。私はただ自分の道を歩んだだけですが、結果的にそうなったと知るのはいいものですね。

今度、ベルリンフィルのホルン・セクションに新しく女性が入るのですが、実は彼女は私の生徒なんです。私は生徒たちに、「私はベルリン・フィル最初の女性ホルン奏者だけれど、決して最後ではないのよ」と伝えていました。

今は、女性・男性だからこれはできない、なんていう縛りはありません。正しいメッセージを伝える教育は重要ですね。

——他の人がやらないことをやる、その強さの原動力はどこにあるのでしょう?

サラ なんでしょうね、自分でもその質問をすることがあるくらいですけれど(笑)。もちろん、みなさんから見える強い部分だけではなく、私にもダラダラ過ごす時間があります。子どもの頃から人に与えることが好きなタイプですが、でもそうして与えすぎていると疲れてしまうから、自分の時間を持ち、ケアをする時間も大切だと思っています。

いずれにしても、私が強くいられる理由は、自分がやっていることが大好きだということ、そして、その大好きなものを人と分かち合いたいと思っていることです。自分だけで好きなことをやっている方はたくさんいると思いますが、私はそれを多くの人に届けたくて仕方ないタイプなので(笑)。

「モーツァルトとマンボ2 - キューバン・ダンス」
リリース情報
「モーツァルトとマンボ2 - キューバン・ダンス」

【収録情報】
1. モーツァルト:ホルン協奏曲第2番変ホ長調 K.417

『キューバン・ダンス』~ソロ・ホルン、弦楽合奏とパーカッションのための
2. ペペ・ガビロンド[1989-]/ジャセル・ムニョス[1996-]:I. Tamarindo Scherz-son
3. ジュニエト・ロンビーダ[1989-]:II. Danzon de la Medianoche
4. ウィルマ・アルバ・カル[1988-]:III. Guaguanco Sencillo
5. ホルヘ・アラゴン[1988-]:IV. Un Bolero para Sarah
6. ジュニエト・ロンビーダ/エルネスト・オリバ[1988-]:V. Sarahcha
7. エルネスト・オリバ:VI. !Ay Comay! Un Changui pa´Sari

8. モーツァルト:ホルン協奏曲第1番ニ長調 K.412
9. マリア・テレサ・ベラ[1895-1965]/ホルヘ・アラゴン編:20年の歳月
10. リチャード・エグエス[1924-2006]/ホルヘ・アラゴン編:食料雑貨屋の男(エル・ボデゲーロ) 
11. エドガー・オリヴェロ[1985-]:パ・パ・パ(モーツァルト:『魔笛』~パパゲーナとパパゲーノのデュエットによる)

サラ・ウィリス(ホルン)
カルロス・カルンガ(歌:9)
エンリケ・ラサガ(ギロ:3)
サラバンダ
ジュニエト・ロンビーダ(サクソフォン)
ジャネル・ラスコン(ピアノ)
レオ・A・ルナ(ベース)
アレハンドロ・アギアル(カホン、マラカス)
アデル・ゴンサレス(コンガ)
エドゥアルド・ラモス(ティンバレス)
ハバナ・リセウム・オーケストラ
アデル・ゴンサレス(パーカッション/スペシャル・ゲスト)
ホセ・アントニオ・メンデス・パドロン(指揮)

録音時期:2022年1月、4月
録音場所:キューバ、ハバナ、オラトリオ・サン・フェリペ・ネリ教会
録音方式:ステレオ(デジタル/セッション)

取材・文
高坂はる香
取材・文
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ