阪 哲朗がリードする、山形交響楽団の熱く湧き上がる挑戦力と成長の源泉を探る
2022年に創立50周年を迎えた山形交響楽団は、「食と温泉の国」山形で地域の人々に愛され、全国でも「山響」の愛称で強い存在感を示すオーケストラである。とくにここ数年、コロナ禍においても音楽を止めることなく響かせ続けてきた同楽団の取り組みは、多方面から大きな注目を集めてきた。
2024年も意欲的な公演や試みを予定しており、常任指揮者の阪 哲朗と2020年から取り組んできた「ベートーヴェン交響曲全曲演奏」の完結と、屈指のオペラ指揮者でもある阪が手がけるオペラに期待が高まる。
好奇心旺盛で機動力が高く、色鮮やかな演奏を聴かせてくれる山響のこれまでの熱狂、これから始まる豪華絢爛な2024/2025年シーズンの魅力を、阪に訊ねた。
国立音楽大学演奏学科鍵盤楽器専修(ピアノ)卒業、同大学大学院修士課程器楽専攻(伴奏)修了を経て、同大学院博士後期課程音楽学領域単位取得。在学中、カールスルーエ音楽大学...
困難なときを好機と捉えた、阪&山響ならではの逆転の発想
——2020年6月からベートーヴェンの交響曲全曲演奏を開始されましたが、この取り組みに至ったのはなぜだったのでしょうか。
阪 2019年から常任指揮者となり、さまざまな楽曲を演奏してきましたが、オーケストラにおける”共通語”を打ち立てる上で集中的に取り組むべき楽曲をどうするかと考えたとき、真っ先に浮かんだのがベートーヴェンでした。ベートーヴェンの音楽にはあらゆるものをひとつにする求心力があります。コロナ禍など困難があるなかで、それでも音楽を続けていくための大きな原動力にも満ちています。
演奏にあたっては、楽団員のみなさんと自筆譜なども検討し、新たな気持ちで作り上げていきました。指揮者である私の役割は、カデンツを示すこと。カデンツというのは文章でいえば句読点にあたるところで、ベートヴェンの音楽においては明確にしなくてはならないキーポイントです。カデンツのタイミングやバランスを的確にオーケストラに示すことで、音楽の全体像が形作られます。
この“共通語”作りの日々の積み重ねがあったからこそ、オーケストラがひとつになり、充実のオペラ公演にもつながったと思います。
京都市出身。京都市立芸術大学作曲専修にて廣瀬量平氏らに師事。卒業後、ウィーン国立音楽大学指揮科にてK.エステルライヒャー、L.ハーガー、湯浅勇治の各氏に師事。1995年第44回ブザンソン国際指揮者コンクール優勝。以後ヨーロッパ各地の歌劇場のポストを歴任し、高い評価を得ている。特に2008/09年、ウィーン・フォルクスオーパーで、同劇場の年間のハイライトともいうべき公演である《こうもり》を指揮したことは大きな話題となった。現在、山形交響楽団常任指揮者、びわ湖ホール芸術監督、京都市立芸術大学音楽学部指揮専攻教授。山形大学での公開講座や、定期的に東京藝術大学、国立音楽大学に特別招聘教授として招かれるなど、後進の指導にも力を注いでいる。
©︎ヒダキトモコ
——コロナ禍において、わずか3か月で交響曲5作品を収録してクラシック専門ストリーミングサービス「CURTAIN CALL」で配信したり、「Music Library Project」と題して県下全図書館・学校に演奏を収録したDVDを寄贈するなど、日本のオーケストラのなかでは非常に画期的な取り組みも行われていましたね。
阪 当時はあらゆる公演が中止となってしまいましたが、そのぶん多くの時間を得ることができました。そこで、いまこそじっくり時間をかけて私と山響の“音”を作り上げていこう、と前向きに捉えて向き合いました。妥協することなく芸術的対話を深め、より強固な関係を構築できた、本当に貴重な時間でした。
映像記録を収めたDVDを公的施設に寄贈したことは、いつでも山響の音を味わえるものが身近にあれば、という山響らしい温もりのある発案です。人と地域に寄り添ってきた山響はいついかなるときもそばにいるよ、という私たちの想いを込めています。
オーケストラが社会に影響を与える、阪&山響の新たなチャレンジ
——今回、ベートーヴェン交響曲演奏の集大成となる「第九」では、ソリストにアジア各国の歌手を集める、ということが大きな意味をもっているそうですね。
阪 今回の公演は、山形という街を本気で世界に届けるための基軸、シンボルになると思いました。山響が世界のハブになって、山形でアジアをひとつにしたい。韓国からコ・ヒュナ(ソプラノ)、台湾からワン・ユーシン(メゾ・ソプラノ)、中国からゴン・インジャ(テノール)、そして日本から平野 和(バス・バリトン)。信頼する素晴らしいソリストのみなさんが私の願いに共感してくださり、みなさんを一堂にお招きすることが実現しました。
——地域に深く結びついたオーケストラでありながら、世界へ発信する活動もされて、今回もそれが形となる公演になりそうですね。
阪 山形のみなさんに音楽を届けることを誇りに思い、距離の近さを大事にしています。大切な山形を想えばこそ、観光都市として盛り上げていくためには、国際的な観点による公演づくりが欠かせません。たとえば、台湾からは毎年2万人がチャーター便で山形に旅行に来てくださいますし、今後もアジアの観光客は山形にとって重要な存在です。
そこで、今回アジア各国の歌手を招く必要があると判断し、山響のミッションを遂行しようと考えました。オーケストラの価値を上げていくことで、街もさらに盛り上がっていくと私たちは信じています。これはオーケストラがどこまで社会に影響を与えられるか、というチャレンジでもありますね。
——山形交響楽団は毎年テーマを設定して多彩な公演をラインナップされています。2024/2025 年シーズンは「Lyricism-抒情」と題して、交響曲に協奏曲、そしてオペラとバラエティ豊かに、豪華で魅力的な出演者と曲目を発表されましたね。
阪 曲目を決定する際は、いまの山響の魅力をお届けすることはもちろん、今後の成長も見据えています。たとえば、藤岡幸夫さんの指揮によるヴォーン・ウィリアムズ「交響曲第5番」ではオーケストラがいまもっている歌心を存分にお届けできると思いますし、初登場となる準・メルクルさんには山響の新たな音色を引き出していただけることでしょう。5年ぶりのご登場となるポール・メイエさんには独奏と指揮で、そして初登場のジュリアン・ラクリンさんには弾き振りで、山響の室内楽的なアンサンブルの緻密さをさらに伸ばしていただけるはずです。
©︎青柳聡
©︎Jean-Baptiste Millot
©︎Shin Yamagishi
——とくに近年のオペラの充実ぶりにも驚かされます。これはヨーロッパで数々のオペラを振られてきた阪さんを迎えて作り上げてきたからこそという気がします。
阪 2022年末から2023年はじめにかけて“やまがたオペラフェスティバル”と題して、ロッシーニ《セビリアの理髪師》、モーツァルト《フィガロの結婚》、プッチーニ《ラ・ボエーム》を上演しました。2023年12月には全国共同制作オペラのヨハン・シュトラウス2世《こうもり》の公演もありましたし、今年もすでにヴェルディ《椿姫》を演奏しています。
オペラ作品は、オーケストラのためになるものを選んでいます。オペラのため、山形のためになるものをという視点ももっているので、今後は児童合唱や高校生が参加できる作品に取り組んで、若い人たちにリアルな体験と鮮やかな記憶を財産にしてもらえたらと考えています。オペラは山響にとってますます重要なものとなるでしょう。そしてオペラへの取り組みは、山響の音楽と魅力をさらに深めていくと確信しています。
目の前の演奏の充実や成功だけでなく、そこから何が応用できるのかと一を見て百の方法を思いめぐらせ、「その先」を常に考える、阪 哲朗。一歩先を見据える阪のリードによって、山形交響楽団は高みに挑戦して成長し、さまざまに可能性の翼を広げる。未来の聴衆となる子どもたちに向けた公演も行ない、街と密接にかかわりながら、世界へと発信していく活動を展開。今年は、SVOD(定額制動画配信)サービス「U-NEXT」での配信も開始しており、生演奏で聴衆を魅了するにとどまらない、オーケストラの輝かしいロールモデルとして、“時代の先駆者”として、驚きを与え続けてくれるだろう。
日時:2024年7月21日(日)15:00開演
会場:やまぎん県民ホール
出演:阪 哲朗(指揮)、コ・ヒュナ(ソプラノ)、ワン・ユーシン(メゾ・ソプラノ)、ゴン・インジャ(テノール)、平野 和(バス・バリトン)、山響アマデウスコア(合唱)、山形交響楽団
曲目:ベートーヴェン「交響曲第9番〈合唱付き〉」
問合せ:山響チケットサービス 023-616-6607
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