——数学は小さい頃から得意だったのですか?
パヴラク はい。小学校ではまったく困らず、常に簡単に感じていました。3〜4年生の頃からコンテストに出始め、良い成績を収めていました。それで母も、僕に数学の才能があると気づいたんです。母は数学者なので、興味を示せばどんな概念でもわかりやすく説明してくれました。父もプログラマーだったので、数学に親しむのは自然な環境だったのだと思います。

ショパン国際ピリオド楽器コンクールで第2位に入賞し、第19回ショパン国際ピアノコンクールでセミファイナリストとなったピオトル・パヴラクさん。実は数学や音楽史の国際大会でも入賞歴をもち、数学では修士号も取得しているという一面も! なぜそんなに数学が得意なの!? 後編では、ピアノと数学の勉強の両立についてなど、語ってもらいました。

フランス文学科卒業後、大学院で19世紀フランスにおける音楽と文学の相関関係に着目して研究を進める。専門はベルリオーズ。幼い頃から楽器演奏(ヴァイオリン、ピアノ、パイプ...
——次に、多彩なパヴラクさんの音楽以外も含めた幅広い活動ついてうかがいます。まず、オルガンも演奏されますが、古楽器への興味と関係があるのでしょうか?
パヴラク 僕がオルガンを弾き始めたのは、古楽器に触れるより前で、子どもの頃からその豊かな音色や圧倒的なパワーに惹かれていました。重厚な響きが身体に伝わる快感があって、今にいたるまでずっとオルガンに魅了されています。ピアノと並行してオルガンのレッスンも受け、音楽学校は両方で卒業しました。
バッハを演奏するときにも、オルガンの経験はとても役立ちました。ピアノで弾くバッハは美しいものの、バッハが生涯目にしたことのない楽器で演奏しているわけで、ある意味“編曲版”のような感覚があります。でも、歴史的なオルガンや復元されたオルガンを弾けば、彼が実際に使っていたのとほぼ同じ楽器なんです。すると、あらゆる音の組み合わせが驚くほど自然に機能するし、 バッハがオルガンという楽器をどれだけ弾きこなしていたのかがわかるんです。技術的にもとても難しい曲ばかりなのに、楽器にぴったり合っていて。
だから、古楽器との関係で言えば、オルガンのほうが先でしたが、「作曲家が想定した音を知りたい」という気持ちは共通していて、それが僕を古楽器に引き寄せた理由の一つでもあります。

——数学オリンピックと音楽史オリンピックの両方で入賞されていますが、勉強とピアノはどのように両立していたのですか?
パヴラク 正直に言うと、数学はずっと、僕にとってかなり簡単だったんです。
——簡単!?
パヴラク 理解するのにあまり時間がかからなかったので、勉強に多くの時間を割く必要がなかったんです。数学オリンピックも、そんなにしっかり準備したわけではなくて、軽い気持ちで参加しました。過去問を解いたりはしましたが、人生の中心は常に音楽で、あくまで“サイドプロジェクト”のようなものですね。
音楽史オリンピックの方は、学校の音楽史の先生のおかげです。興味を引き出してくれて、ほとんど個人レッスンのように準備を手伝ってくれました。そのおかげで聴音もよく身につきました。


——お母さまは数学者の道に進んでほしかったのですか?
パヴラク そうですね。
——ピアニストになりたいと言ったとき、驚かれましたか?
パヴラク はい、家族全員が驚きました。僕の音楽の才能は突然現れたような感じだったので。でも両親は、子どもの頃の僕の情熱を尊重して、応援してくれました。家族で一番ガッカリしていたのは祖父でした。祖父はいつも「音楽は趣味で十分。一流の大学へ行って、安定した収入のある仕事につくべきだ」と言っていたので、音楽には反対だったんです。
でも両親は「まだ子どもだし、今の段階では将来ピアノ一本でやると決めているわけじゃない。途中で進路変更もできるし、あとから一般の大学へ行くこともできる。だから何も失うものはない」と考えてくれました。そして祖父も、僕が成長し、キャリアが進んでいく様子を見て、考えが変わったようです。
——ピアニストになろうと決めたのは何歳頃ですか?
パヴラク はっきり言うのは難しですね。2〜3歳の頃には、もう簡単なメロディを弾いていました。4歳のときに両親がキーボードを買ってくれて、それが大のお気に入りで、ずっと弾いていました。6歳で音楽学校に入りましたが、そのときにはもう、「絶対にピアノをやりたい!」と自分の意志で思っていて、そこから本格的に学び始めた感じです。
年齢を重ねてもその気持ちは変わらず、音楽学校で進級するたびに、「自分はピアニストになりたい」と思い続けていました。

——数学では修士号も取得されていますが、あまり勉強していなかったとはいえ、修士論文を書くのは大変ですよね。
パヴラク 音楽院と大学の両方に通うのは大変でしたが、“ものすごく大変”というほどではありませんでした。数学は、仕組みさえ理解していれば、暗記しなくても自分で導ける部分が多いんです。例えば、公式を覚えていなくても、その公式がどんな原理から生まれているかわかっていれば自分で導ける。
だから、理解していれば、勉強に膨大な時間をかける必要がないんです。もちろんちゃんと勉強しなければならない難しい科目もありましたが、あまり授業に出ずに試験だけ受けて合格した科目もあります。
それに、大学側が僕の音楽活動を理解してくれていて、とても柔軟に対応してくれたんです。出られない週があっても問題にしないでくれましたし、音楽院と時間が重なるときは、週ごとに行き先を変えても良いことになっていました。
それから、修士論文を書いていたのは2020年です。パンデミックが始まり、コンサートはすべてキャンセルされ、授業もほとんどオンラインになりました。そのおかげで時間がたくさんできたので、3〜4月にほぼ書き終えていました。
——数学を専門的に学んだ経験は、ピアノの演奏や考え方に影響していますか?
パヴラク 数学の理論をピアノ演奏に直接使っている、というわけではありません。演奏中に微分積分や代数を使っているわけではないですし(笑)。でも、数学的な“思考法”は演奏の準備や解釈の計画に大きく影響しています。
曲を学ぶとき、また解釈を作るときに、「何が機能していて、何が機能していないか」「ある箇所をこう弾くなら、別の箇所も同じように弾くべきか」など、分析的に考えてつながりを作ったり、ルールをつくったりして、もっとも良い解釈を探していきます。
これはまさに、数学の問題に取り組むときの方法と同じなんです。数学で培った“考え方”を、そのまま音楽に応用しているという感じですね。
——ショパンも数学が得意だったと思いますか?
パヴラク 数学が得意だったかはわかりませんが(笑)、彼はとても賢かったと思います。曲の構成が完璧に整っているのを聴けば、それは感じられます。ものすごく頭がよくなければ、あのような構造を作れないと思いますし、並外れた音楽的直感も持っていたでしょうね。

——数学は今も勉強しているんですか?
パヴラク はい。実は、今も数学の博士課程に在籍しています。ただ、コンサートやショパンコンクールの準備があって、1年以上ほとんど進んでいません。大学にも行けなかったので、退学させられるんじゃないかと思ったのですが、大学はとても親切で、博士課程を延長する方法を見つけてくれました。コンクール後に大学へ行き、ほとんど謝りながら、「なんとか博士論文を終えたい」と伝えました。
残っている分量はそこまで多くないのですが、とはいえ難しい作業です。これから書き上げようと思いますが……来年の予定がどんどん埋まってきているので、時間があるかどうかわかりません。もし来年9月までに終えられなければ、今度こそ除籍になってしまいます。だから……どうか僕に時間が見つかるよう祈っていてください(笑)。数学の博士号を持っているピアニスト、というのも素敵だと思うので。
——素敵だと思いますが、ピアニストとしてすでに素晴らしいキャリアを築いているのに、数学の勉強を続けているのはなぜですか?
パヴラク そうですね、実はやめようと思ったこともありました。もし仕事を変える必要が出たとしても、修士号があれば十分だからです。それでも博士課程に進学したのは、数学に興味が残っていて「修士を終えたし、まだ興味もあるし、もっと学ぶべきかな」と思ったからです。
でも博士課程の途中で、ピアニストとしてのキャリアにほぼ全力で集中したいと決めたんです。博士論文にあまり時間を割けなくなってしまったけど、一度始めて少しでも時間を投じたものって、最後までやりきる前にやめるのはとても難しいですよね。だから今も「終わらせたい」という気持ちはあります。
ただ、もし博士号を取り終えたら、数学とはそこで一区切りにすると思います。ピアニストとして生きていきたいので。
——博士論文ではどんな数学を研究しているのですか?
パヴラク これまで、代数的位相幾何学(algebraic topology)を研究してきました。とても抽象的な数学なのですが、私はその抽象性に強く惹かれていたんです。そして今、博士論文では「非向き付け可能な曲面の写像類群(mapping class groups of non-orientable surfaces)」について取り組んでいます。
——すみません、日本語訳は後で確認しますね(笑)。
パヴラク これは数学の中でもかなりニッチなテーマなんです。数学者にこのタイトルを言っても、説明が必要なくらい知られていない分野なんですよ。

——では最後に、今後の展望や目標を教えてください。
パヴラク なるべく多くのコンサートで演奏したいですし、素晴らしいオーケストラや指揮者の方々と共演したいです。それに、幅広いレパートリーを弾きたいとも思っています。
毎年なにか新しい作品を勉強して、お客様に披露したい。可能な限りキャリアに多様性を保って、良い音楽家たちとのつながりを持ちたいと思っています。特に、ピアノ協奏曲は大好きなレパートリーなので、オーケストラとの共演の機会を得られたらと思っています。
——来日の予定はありますか?
パヴラク ぜひ伺いたいです。2回日本に行ったことがありますが、日本は大好きです。また日本で演奏できたら本当に嬉しいですね。







