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2018.07.16
7月特集「アウトドア」、虫の部!?

蝶々に、ハチに、カブトムシ...... 聴く博物誌「昆虫クラシック」

日本の夏の風景と切り離せない虫取りの光景、蝉の声、スイカにカブトムシ。そんな虫を題材に書かれたクラシック音楽が意外とたくさんあることをご存知でしょうか?
音楽評論家 増田良介さんが紹介する「昆虫クラシック」に耳を澄ましてみましょう。

増田良介
増田良介 音楽評論家

ショスタコーヴィチをはじめとするロシア・ソ連音楽、マーラーなどの後期ロマン派音楽を中心に、『レコード芸術』『CDジャーナル』『音楽現代』誌、京都市交響楽団などの演奏会...

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子どものころの夏の思い出が、愛すべき虫たちと結びついている方は少なくないだろう。かっこいいカブトムシやクワガタ、あこがれのオニヤンマ、にぎやかなセミたち、美しい蝶に不気味な蛾。昆虫採集が昔ほど行なわれなくなった今も、虫たちは子どもたちに人気がある。あの「ポケモン」も、昆虫採集の楽しさが開発のヒントだったそうだ。

というわけで、今回はクラシック音楽に描かれた昆虫たちのことを書こう。

作者不詳 1854年 Pellerin出版「博物誌 蝶々 No.1」(フランス国立図書館蔵)

カブトムシ

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ところで、このような昆虫観は、世界共通というわけではない。現代の欧米では昆虫の人気は日本ほど高くないが、特にカブトムシやクワガタに強い思い入れがあるのは、もっぱら日本人だ。

ムソルグスキーの歌曲集《子供部屋》に〈カブトムシ〉と訳されている曲があるが、ロシア語の zhuk は英語の beetle 同様、甲虫全般を指すことばで、そもそもこの虫がいわゆるカブトムシかどうかはわからない(たぶん違う)。

ちなみにこの歌は、木ぎれで家を作って遊んでいたら甲虫が飛んできておでこにぶつかって怖かった、という曲なのだが、主人公である子供はこの甲虫をまったく喜んでいない。

蝶々と蛾

蝶と蛾の区別も複雑だ。フランス語の papillon やドイツ語の Schmetterling は蝶と蛾の両方を包含している。

シューマンの《パピヨン》は、昆虫そのものとは関係のない音楽だが、タイトルだけから言えば蛾も含まれることになる。

とはいえ、一応この両者を区別する言葉がないわけではない。たとえば、フランス語では papillon de nuit 「夜のパピヨン」というのが蛾のことなので、彼らが蝶と蛾の区別をまったく意識しないというわけではないようだ。

なお、ラヴェルの《鏡》の〈蛾〉の原題は Noctuelles だが、これは蛾一般ではなく、蛾の中の特定のグループ(ヤガとかトウガを含むようだが、ぴったりの和名は知らない)を指す。

コオロギ

コオロギやスズムシの鳴き声を「声」として聴くのは日本人だけだ、とかいう話を聞いたことがあるだろうか。

昔の偉い先生が言っていた説だが、どうやらこれ、いい加減な実験(誰も追試に成功しなかった)による与太話だったらしい。実際、西洋音楽の中にはコオロギ的な虫(スズムシやマツムシを含む)の鳴き声を取り入れたものがいくつかある。

世界中を旅行したサン=サーンスは、エジプトでコオロギの鳴き声を記譜して、それをピアノ協奏曲第5番《エジプト風》の第2楽章中間部に取り入れた。魅力的な旋律のあふれるこの協奏曲の中でも、もっとも印象的な部分だ。

ラヴェルの歌曲集《博物誌》の第2曲も〈コオロギ〉だ。ジュール・ルナールの詞は、コオロギの鳴き声を時計のねじを巻く音にたとえているが、この曲ではピアノ伴奏がコオロギの鳴き声を繊細にまねる。

エネスコの《幼い頃の印象》という曲集の第6曲〈コオロギ〉でも、ヴァイオリンが鳴き声を模している部分がある。こういうのを聴くと、日本人の感じ方とは多少の違いがあってもヨーロッパ人にこういう虫の音を楽しむ感性がなかったとは思えない。

コオロギもそうだが、やはり音楽に取り入れられるのは、音を出す虫が多い。あまり昆虫採集の対象にはならないかもしれないが、蜂の羽音の音楽もいろいろある。リムスキー=コルサコフの《熊蜂の飛行》は誰でも知っているだろう。

ただ、これがもともとどういう曲だったかはご存じだろうか。

実は、これ《皇帝サルタンの物語》という歌劇の中の間奏曲だった。島に追放されていたグヴィドン王子は、魔法でハチに姿を変えてひそかに故国に帰り、2人の悪い姉をこらしめる。

ヴォーン=ウィリアムズには劇音楽《蜂》というのがある。アリストパネース作の同名の喜劇のための劇音楽で、これも《熊蜂の飛行》同様、ブンブン言っている。

それから、ブリテンがオーボエとピアノのために書いた《2つの昆虫の小品》の第2曲〈蜂〉も、やはり蜂の羽音を模写する。なお、この曲では第1曲〈キリギリス〉も、この昆虫の動きを活写したおもしろい曲だ。

羽音といえば、バルトークがヴァイオリン二重奏のために書いた《44の二重奏曲》には〈蚊のダンス〉という曲がある。題名の通り、2つのヴァイオリンが蚊の羽音をまねるのだが、寝ているときに耳元に来る、例のぷうううんという音ではなく、この蚊たちは灯りの下でぶんぶん飛び回っている感じだ。

だんだんあまり可愛くない虫が出てきた。

この流れで、ショスタコーヴィチの《南京虫》や《油虫の歌》を紹介してもいいのだが、それはまたの機会にということにして、最後にとびきりの名作を紹介しよう。

トンボ

ヨーゼフ・シュトラウスのポルカ・マズルカ《とんぼ》だ。

オーストリアの景勝地トラウン湖で、水面を飛ぶとんぼを見て作曲されたという《とんぼ》は、ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートでもよく演奏されるので、お聴きになったことのある方もいらっしゃるだろう。美しい湖の点景として優雅に飛ぶトンボの姿が目に浮かぶ名曲だ。

ベルギーの画家ヤン・ファン・ケッセル(1612-1679)作「虫と果物」
増田良介
増田良介 音楽評論家

ショスタコーヴィチをはじめとするロシア・ソ連音楽、マーラーなどの後期ロマン派音楽を中心に、『レコード芸術』『CDジャーナル』『音楽現代』誌、京都市交響楽団などの演奏会...

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