プレイリスト
2021.03.28
おはようバッハ—教会暦で聴く今日の1曲—第41回

《マタイ受難曲》第1日——棕櫚の主日(エレサレム入場の日)

音楽の父ヨハン・ゼバスティアン・バッハが生涯に約200曲残したカンタータ。教会の礼拝で、特定の日を祝うために作曲されました。
「おはようバッハ—教会暦で聴く今日の1曲—」では、キリスト教会暦で掲載日に初演された作品を、その日がもつ意味や曲のもととなった聖書の聖句とあわせて那須田務さんが紹介します。

那須田務
那須田務 音楽評論家 

ドイツ・ケルン音楽大学を経てケルン大学で音楽学科修士修了(M.A)。専門はピアノ曲やオーケストラ等クラシック全般だが、とくにバッハを始めとするバロック音楽、古楽演奏の...

バロック期スペインの画家フランシスコ・デ・スルバラン作「神の子羊」。

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おはようございます! 本日、棕櫚の主日(エルサレム入場の日)から聖金曜日までの6日間、毎朝《マタイ受難曲》を聴いていきます。今日はその第1回。第1部から聴いていきましょう。

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二重合唱(第1曲)。イエスが十字架を背負って刑場まで歩いて行く場面です。全管弦楽による素晴らしいサウンドです。不謹慎ですが、映画のトップシーンを見ているような趣があります。第1合唱と第2合唱が刑場までの道行きを見つめて言葉を交わします。第1合唱「おいで!娘たち」、第2合唱「誰を?」、第1合唱「花婿を!」、第2合唱「どんな姿?」「犠牲の小羊としての姿を。おお神の小羊、汚れなき、十字架の上に屠られた」……。2つの合唱は最後に一緒になって「彼を見よ、愛と恵みから十字架を自ら担われる姿を! 私たちを憐んでください、おおイエスよ!」と力強く歌います。「花婿」や「神の小羊」はイエスのこと。聖書によく出てくる喩えですね。こうしたやり取りの中で、ソプラノ合唱(たいてい少年合唱団が担当)がユニゾンでコラール「おお神の小羊、罪なくして十字架に屠られた方よ。……私たちを憐れんでください」を歌います。

冒頭の合唱が終わるとすぐに福音書記者が「イエスはこれらのことを語り終えられると、弟子たちに言われた」と述べ、聴き手を聖書の世界に引き込みます。そしてイエス(バス)が「お前たちも知っての通り、二日後は過ぎ越しの祭りであり、人の子は十字架につけられるために引き渡される」と預言し(以上第2曲)、合唱(Ⅰ・Ⅱ)がコラール(第3曲)「心から愛するイエス、あなたはいったいどんな罪を犯されたのでしょうか。何の罪で捕らえられたのでしょうか」と歌います。

ここで祭司長や律法学者とユダヤの民の長老たちが、大祭司(カヤパ)の屋敷でどうやってイエスを捕らえ、殺そうかと相談する場面に移ります。

福音書記者(第4曲a)が語ります。「祭司長や律法学者と民の長老達は、カヤパと呼ばれる大祭司の屋敷に集まり、どのような計略をもって捕え、また殺そうかと相談していた。彼らは言った」。すると合唱Ⅰ・Ⅱ(第4曲b)が「祭りの間はやめておこう。民の間に騒ぎが起こってはいけないから」と口々に叫びます。

ふたたび福音書記者(第4曲c)の登場です。「さて、イエスがベタニアで重い皮膚病の人シモンの家におられたとき、一人の女が、極めて高価な香油の入った石膏の壺をもって近寄り、食事の席に着いておられるイエスの頭に香油を注ぎかけた。弟子たちはこれを見て憤慨して言った」。

弟子の合唱Ⅰ(第4曲ⅾ)です。「なぜ、こんな無駄遣いをするのか。高く売って、貧しい人々に施すことができたのに」。福音書記者「イエスはこれを知って言われた」。イエス(第4曲e)「なぜこの人を困らせるのか。わたしに良いことをしてくれたのだ。貧しい人々はいつもあなた方と一緒にいるが、わたしはいつも一緒にいるわけではない。この人はわたしの体に香油を注いで、わたしを葬る準備をしてくれた。はっきり言っておく。世界中どこでも、この福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう」。

その様子を見ていた人でしょうか。アルトⅠ(第5曲レチタティーヴォとアリア)が「汝、愛する救い主よあなたの弟子たちが愚かな争いをしているうちに、この敬虔な女は香油であなたの身体を埋葬に備えようとしている。この私にも私自身の涙の川からあなたの聖なる水を注がせてください」とイエスへの想いを語り、2本のフルートを伴うアリア(第6曲)を歌います。「改悛と悔恨がこの罪深い心を引き裂く。この涙のしずくが心地よい香料となってイエス様。あなたに注がれますように」。

福音書記者が「12人の弟子の一人イスカリオテのユダが祭司長のところに行き言った」といい、ユダ役のバスⅠが「私に何をくれますか。彼を売り渡しましょう」と述べ、さらに福音書記者が「彼らは銀貨30枚を差し出し、その時からかれはイエスを裏切る機会を狙っていた」と語ります(第7曲)。

これを聴いた後世の女性信者でしょう。ソプラノⅡ(第8曲アリア)が、2本のオーボエ・ダモーレとともにマタイの前半の中でも、ひときわ美しいアリアを歌います。「御子よ、ひたすらに血を流されよ、なぜなら養い子が蛇となって育ての親を殺そうとするのだから」。

すべて預言通りとはいえ、酷い話です。それでも音楽が甘く美しいのは、それによって人類が救われるから。本日はここまでにしましょう。この続きはまた明日。

那須田務
那須田務 音楽評論家 

ドイツ・ケルン音楽大学を経てケルン大学で音楽学科修士修了(M.A)。専門はピアノ曲やオーケストラ等クラシック全般だが、とくにバッハを始めとするバロック音楽、古楽演奏の...

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