「ピアノ三重奏曲第3番 ハ短調」——ハイドン師匠にはダメ出しされた?
生誕250年にあたる2020年、ベートーヴェン研究の第一人者である平野昭さん監修のもと、1日1曲ベートーヴェン作品を作曲年順に紹介する日めくり企画!
仕事終わりや寝る前のひと時に、楽聖ベートーヴェンの成長・進化を感じましょう。
1792年、22歳のベートーヴェンは故郷ボンを離れ、音楽の中心地ウィーンに進出します。【天才ピアニスト時代】では、ピアニストとして活躍したウィーン初期に作曲された作品を紹介します。
東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...
ハイドン師匠にはダメ出しされた? 「ピアノ三重奏曲第3番 ハ短調」
ベートーヴェンのウィーン初期の作品を見ると、Op1のピアノ三重奏曲にしてもOp2のピアノ・ソナタにしても、すべてがこれらのジャンルに異例の4楽章構成であり、また、スケルツォあるいはメヌエット表記ながらも実質的にスケルツォの性格をもつ第3楽章を配していることから、Op1とOp2の6曲がハイドンの交響曲様式の強い影響下で書かれたことは確実である(中略)。
ハイドンを招待してのリヒノウスキー侯邸でのソワレ(夕方のコンサートのこと)で、ピアノ三重奏曲3曲が私的初演されたとき、ハイドンは全体を称賛しながらも、「第3番」ハ短調は一般の人々には理解されないだろうから出版しない方がいいと助言したと伝えられている。
――小山実稚恵、平野昭著『ベートーヴェンとピアノ「傑作の森」への道のり』(音楽之友社)28ページより
Op1のピアノ三重奏3曲セットの最後を飾るこの作品は、師ハイドンが1791年に作曲した「交響曲第95番 ハ短調 Hob.1:95」をモデルとしているそう。この頃から、ベートーヴェンは交響曲に対して、強い想いを抱いていたようですね。
ハイドン「交響曲第95番 ハ短調」
「ピアノ三重奏曲第3番 ハ短調」Op.1-3
作曲年代:1793~95年(ベートーヴェン23~25歳)
出版:1795年7月
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