「3つの行進曲(4手) ハ長調・変ホ長調・ニ長調」——エステルハージ家との縁をもたらした作品
生誕250年にあたる2020年、ベートーヴェン研究の第一人者である平野昭さん監修のもと、1日1曲ベートーヴェン作品を作曲年順に紹介する日めくり企画!
仕事終わりや寝る前のひと時に、楽聖ベートーヴェンの成長・進化を感じましょう。
1800年、30歳になったベートーヴェン。音楽の都ウィーンで着実に大作曲家としての地位を築きます。【作曲家デビュー・傑作の森】では、現代でもお馴染みの名作を連発。作曲家ベートーヴェンの躍進劇に、ご期待ください!
東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...
エステルハージ家との縁をもたらした作品「3つの行進曲(4手) ハ長調・変ホ長調・ニ長調」
1801年頃、作曲家として多忙だったベートーヴェンは出版社と契約。さまざまな作品の出版計画が進められるようになっていました。
その一方、新たな作曲依頼も次々に入ってくるようになる。そのひとつにハンガリーのニコラウス・エステルハージ侯(1765〜1833)からの「ミサ曲」の依頼があった。かつてハイドンが楽長を務めていたエステルハージ家楽団のこの時期の楽長は、ハイドンの推挙で1804年に雇用されたヨハン・ネポムク・フンメル(1778〜1837)であった。ニコラウス侯は毎年9月に夫人マリア・ヨゼファ(1768〜1845、旧姓フォン・リヒテンシュタイン)の聖名祝日(9月8日)に新作ミサを演奏するのを慣わしとしていた。実はベートーヴェンは1804年に出版した「4手ピアノ連弾のための3つの行進曲」作品45をこのエステルハージ侯爵夫人マリア・ヨゼファに献呈していたこともあり、依頼を受けたのである。
——平野昭著 作曲家◎人と作品シリーズ『ベートーヴェン』(音楽之友社)96、97ページより
以前この「3つの行進曲(4手) ハ長調・変ホ長調・ニ長調」Op.45を献呈していたことが、新しい作品を書くきっかけになったようです。
3曲とも明るい雰囲気で書かれた行進曲、ぜひ聴き比べてお楽しみください。
「3つの行進曲(4手) ハ長調・変ホ長調・ニ長調」Op.45
作曲年代:1802年11月〜12月(ベートーヴェン31歳〜32歳頃)
出版:1804年
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