~独特の光を放つドビュッシー、冷たさとエロティックさを湛えたラヴェル…考え抜かれた音色、構成、響き~

プレスラー追っかけ記 No.13<新譜を聴く:後編>

記事
2018.05.31
瀧川淳 翻訳者・熊本大学準教授・音楽教育学者
瀧川淳
瀧川淳 翻訳者・熊本大学準教授・音楽教育学者
『メナヘム・プレスラーのピアノ・レッスン』(ウィリアム・ブラウン著)訳者。 音楽教育学者。音楽授業やレッスンで教師が見せるワザの解明を研究のテーマにしている。東京芸術...

前回からのつづき

さて、(いつものように)前置きが長くなってしまいましたが、本題に入ります。

 

 

右側の女性が、前回の「追っかけ記」12で触れたアナベルさん

 

「ドビュッシーは影に生きました。そこにはわずかな光しかなく、ほとんどが影です」

「そして時として音楽の中に感じられる光の魔法」

「香水の香りも常に感じます」

(『メナヘム・プレスラーのピアノ・レッスン』p.203)

収録されているドビュッシーのほとんどは、東京ライブでも取り上げられた作品で、ここに聴く限り、彼のユニークなアプローチは一貫しています。全体にゆったりとしたテンポは、一つひとつの音が混ざり合い独特の光となるのを待っているようです。旋律は、途切れるか途切れないかの絶妙なテンションを常に保って、聴く者の時間感覚さえ奪います。

 

究極のピアニッシモから聴く者を包み込むフォルティッシモまで圧倒的なダイナミクスで聴かせる〈沈める寺〉。フォーレの《舟歌》は、よく劇的な演奏を耳にしますが、プレスラーさんはかなりゆったりとしたテンポを最後まで保ち、耽美的。しかし、すべての声部が連綿とつながり合って大きな流れをつくっています。音色、構成、響きのすべてにおいて綿密に考え抜かれた演奏だと感じました。

さらにラヴェルの《亡き王女のためのパヴァーヌ》は、本アルバムの中でもとりわけユニークな演奏ですが、冒頭から幼き王女が幼いながらたどたどしく気品を持って踊る様子が脳裏に浮かびます。

 

 

 

国内盤のライナーノートで伊熊よし子さんは、CDに収められたプレスラーさんの演奏を「聴き手の魂にまっすぐ届く生命力あふれる音楽」と表現

そして最後に収録された〈悲しげな鳥たち〉の冒頭は、ピアニッシモで「とても優しく」と楽譜に書かれています。シーンとした静寂の中の暗闇で、わずかにきらめく宝石のような輝きを持ったプレスラーさんの美音から、私は森にさまよう小鳥たちの不安そうな鳴き声と、それを心配する母鳥の優しき思いの両方を感ぜずにはいられません。とにかく最初の3小節であっという間にラヴェルの世界へと我々を引きずり込むのです。

その後に展開されるめくるめく響きのパレットは、絶妙なペダリングとともに、ときに和音の塊から……そして、ときにプレスラーさんの指が直接弦をそっと触れているのではないだろうかと錯覚するような浮遊する弱音から、観ることができるでしょう。

とにかくこの〈悲しげな鳥たち〉からは、彼がラヴェルのピアノ音楽に認めた「冷たさ」と「エロティックさ」(p.228)が堪能できるはずです。

(つづく)

メナヘム・プレスラー Menahem Pressler

1923年、ドイツ生まれ。ナチスから逃れて家族とともに移住したパレスチナで音楽教育を受け、1946年、ドビュッシー国際コンクールで優勝して本格的なキャリアをスタートさせる。1955年、ダニエル・ギレ(vn.)、バーナード・グリーンハウス(vc.)とともにボザール・トリオを結成。世界中で名声を博しながら半世紀以上にわたって活動を続け2008年、ピリオドを打つ。その後ソリストとして本格的に活動を始め、2014年には90歳でベルリン・フィルとの初共演を果たし、同年末にはジルベスターコンサートにも出演。ドイツ、フランス国家からは、民間人に与えられる最高位の勲章も授与されている。また教育にも熱心で、これまで数百人もの後進を輩出してきた。世界各国でマスタークラスを展開し、またインディアナ大学ジェイコブズ音楽院では1955年から教えており、現在は卓越教授(ディスティングイッシュト・プロフェッサー)の地位を与えられている。

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