~「音楽は心と耳の言語。知識だけではダメ」~

プレスラー追っかけ記 No.11
<訳者流トリセツ>

レポート
2018.03.30

94歳の伝説的ピアニスト、メナヘム・プレスラー。これは、音楽界の至宝と讃えられる彼の2017年の来日を誰よりも待ちわび、その際の公演に合わせて書籍を訳した瀧川淳さんによる、来日期間中のプレスラー追っかけ記です。

≪NEWS!≫
●2018年10月13日(土)夜 サントリーホールでの来日公演決定!!
予定演目=シューマン「子供の情景」、同「詩人の恋」:世界最高のリート歌手のひとり、マティアス・ゲルネ(br)との共演

●プレスラーさんの新録音「月の光~ドビュッシー、ラヴェル、フォーレ:作品集」が3/21にリリースされました。94歳でのソロ・デビューは、ドイツ・グラモフォン最高齢記録。ぜひ、お聴きになってみてください!

追っかけた人
瀧川淳 翻訳者・熊本大学準教授・音楽教育学者
瀧川淳
追っかけた人
瀧川淳 翻訳者・熊本大学準教授・音楽教育学者
『メナヘム・プレスラーのピアノ・レッスン』(ウィリアム・ブラウン著)訳者。 音楽教育学者。音楽授業やレッスンで教師が見せるワザの解明を研究のテーマにしている。東京芸術...

 3/21に、待望の新録音CDリリース。こちらはまた後日ご紹介しますが、プレスラーさんのオンエア関連も、1/7のドキュメンタリー(Eテレ)に始まり、1/31には「クラシック倶楽部」(BSプレミアム)でのライブ放映、そして2/28の「ベスト・オブ・クラシック」(FM)、さらには3/11の「クラシック倶楽部」(BSプレミアム)と、NHKには珍しく一人の演奏家を集中的に複数回取り上げていて、まだまだプレスラー・フィーバーは続いています(今後は過去の放送も含めて再放送していただきたい!)。

 さて、いつもFacebookやオントモ・ヴィレッジでこの連載を楽しみにしてくださっている読者のみなさんには本当に感謝です。『メナヘム・プレスラーのピアノ・レッスン』をすでにお読みの方もいらっしゃるし、そうでない方もいらっしゃると思いますが、今回は、訳者流トリセツ、つまり本書の読み方についてお送りします。

指導を通して「教えること」を学んだのです、と語るプレスラーさん。「抱えている問題はいつも生徒一人ひとり違うんだけれども、私は生徒を通して、教える問題を克服したんです」

「教えることは、最もやりがいのある仕事です」(p. 52)

 ボザール・トリオのメンバーとして、1年のほとんどがツアーやコンサートのスケジュールで埋まっていたプレスラーさんは、行く先々で若者を育てるためのマスタークラスを開催し、またインディアナ大学でも60年以上教え続けていました。それほどまでに教育へ情熱を注いだのです。

 それはあたかも自分が受けた「教育=愛」を後世に引き継ぐことを使命にしているかのように(彼の受けた教育については『メナヘム・プレスラーのピアノ・レッスン』3〜5章に詳しく書かれていますが、連綿と受け継がれた系譜はなんと、ショパン、モーツァルト、ベートーヴェン、バッハにまで遡ることができるのです! p.148)。

 そして、プレスラーさんについて書かれた本は何冊かありますが、『メナヘム・プレスラーのピアノ・レッスン』は、彼が人生で最も大切にした「教育」について詳述された唯一の本なのです。

 ではプレスラーさんは、若き音楽家たちに何を伝えたかったのでしょうか?

 インタビューの際、彼は私に「日本の読者は、私の言わんとしている芸術観やピアノ芸術に対するこだわりをわかってくれるだろうか」(本連載No.10 <インタビュー編:その3>」)と問いかけました。この問いかけからも、プレスラーさんがただ演奏するだけに飽き足らず、多くの人に音楽の素晴らしさ(そして厳しさ)をわかってほしいという想いが痛いほどに伝わります。

「多くの人が気づかない行間にあるものが重要なのです。そこに美しさがあるのですが、それを行間から見つけるには大変な精神力を必要とするのです。(中略)ですが音楽は心と耳の言語なので、知識だけではダメで(中略)、感受性と細やかな感性が必要です」(p. 77)

 プレスラーさんが生徒に一貫して伝えたいことは、これではないでしょうか!

 ちなみに、NHKの放映やDVDなどで演奏しているときのプレスラーさんを見ると、特に彼にしか出し得ない弱音を解き放つ(つまり打鍵する)前には、命を削っているかのような(もしくは生みの苦しみか?)全神経と精神力をひとつの音や和音に注ぐ苦悩の表情を見ることができます。

 『メナヘム・プレスラーのピアノ・レッスン』の中で最も頻出する指導の言葉は、「聴きなさい」。

 普通の先生なら「音を出しなさい」と指導する場面でも、彼は、自分の心の中にある音や自分が出す音を「聴く」ことに常に意識を向けさせます。

 私が思うに「行間を見つける=聴く」です。そう考えると、プレスラーさんは本書の中で、行間を見つけるヒントを私たちにたくさん提供してくれています。

 ぜひ楽譜を右手に、本書を左手に持って読み進めてみてください。楽譜の行間がたくさん見えてくると思います。

 ◇ ◇ ◇

原書が発行されたアメリカで「International Piano Book Award」準グランプリを受賞 (2009年)するなど、音楽を愛する多くの方に支持されている本書。名言至言のオンパレードです

 もうひとつ、私が大切だなと思う視点があります。

 彼は言います。

「(聴き手が)耳にしたことがあるとしても、あなたが新しく再創造するのです。展示のためにではなく、美のためです」(p.270)

 「楽譜はバイブル」(p.74)と言い、「作曲家よりも自分が偉いと思ってはいけない」と厳しく叱責するプレスラーさんは、一方で「音をだせば表現が得られると勘違いしてはいけない」とも言います。

 つまり、作曲家の残した芸術作品を芸術作品たらしめるのは、演奏者自身が作品を熟考した結果、導き出された演奏なのです。生徒からそういった演奏を引き出すためにプレスラーさんは多くのイメージを与えてくれると著者ブラウンは言い、それらの多くが本書の中にちりばめられています。

 そのイメージの語り口は、時に具体的であり、時に技術的でもあり、また時には抽象的なものもあります。

 『メナヘム・プレスラーのピアノ・レッスン』をレッスン本と考えたとき、同類の本にない本書の大きな特徴は、読み手自身がプレスラーさんのレッスンを受けているかのような臨場感でもってすべてを包み隠さず明らかにしていることでしょう(読み手が誤解してしまうかもしれないということを恐れずに!)。

 そして長年にわたって第一線で活躍してきた演奏歴と教育歴を持ち、また常に作曲家の作品を第一に考え、考えに考え抜いて作品の真の価値を引き出そうとするプレスラーさんの抽象的な指導の多くは、生徒たちの身体に直接訴えかけて理想的な響きを引き出すことに成功しています。

 弟子の一人が回想しています。「プレスラーが私に『シルバー』と言ったのです。そして、私はそのように演奏しました。つまり技術は、彼のことばによって引き出されます」(p.58)。

 ◇ ◇ ◇

『メナヘム・プレスラーのピアノ・レッスン』は、ピアノが単に上手く弾けるようになるための本ではありません。音楽という芸術に対する、ある一人の偉大な音楽家の思索と実践を包み隠さず多角的・包括的に網羅された芸術書なのだと、私は思います。

(つづく)

マスタークラスでの面会時に瀧川さんへのメッセージとしてサインとともに「多くの幸運と再会を願っています」と記してくれたプレスラーさん。これは、すべての日本のファンへのメッセージだったのかもしれません。今年の秋にも再来日を果たし、サントリーホール公演を行うことが決定しました

メナヘム・プレスラー Menahem Pressler

1923年、ドイツ生まれ。ナチスから逃れて家族とともに移住したパレスチナで音楽教育を受け、1946年、ドビュッシー国際コンクールで優勝して本格的なキャリアをスタートさせる。1955年、ダニエル・ギレ(vn.)、バーナード・グリーンハウス(vc.)とともにボザール・トリオを結成。世界中で名声を博しながら半世紀以上にわたって活動を続け2008年、ピリオドを打つ。その後ソリストとして本格的に活動を始め、2014年には90歳でベルリン・フィルとの初共演を果たし、同年末にはジルベスターコンサートにも出演。ドイツ、フランス国家からは、民間人に与えられる最高位の勲章も授与されている。また教育にも熱心で、これまで数百人もの後進を輩出してきた。世界各国でマスタークラスを展開し、またインディアナ大学ジェイコブズ音楽院では1955年から教えており、現在は卓越教授(ディスティングイッシュト・プロフェッサー)の地位を与えられている。

ウィリアム・ブラウン William Brown

『メナヘム・プレスラーのピアノ・レッスン(原題:Menahem Pressler : Artistry in Piano Teaching)』著者。
インディアナ大学でメナヘム・プレスラーに師事し、その間、ピアノ演奏で修士号と博士号を取得。ソリスト、室内楽奏者として活躍するかたわら、アメリカ・ミズーリ州にあるサウスウエスト・バプティスト大学の名誉学部長ならびにピアノ科名誉教授でもある。ミズーリ州音楽教師連盟前会長、パークウェイ優秀教師賞受賞。『ピアノ・ギルド・マガジン』や『ペダルポイント』誌などへの寄稿も多数。

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