レポート
2026.01.08
海外レポート・オーストリア【音楽の友2月号】/Worldwide classical music report, " Austria"

ウィーン国立歌劇場再開70周年の《フィデリオ》

オーストリアの11月後半から12月の音楽シーンから、コンサートとオペラを現地よりレポートします。

取材・文
平野玲音
取材・文
平野玲音

オーストリア在住のチェリスト・文筆家。「平野玲音の演奏は、ピュアで豊かな音楽性によりウィーンの香りを客席まで運んでくれる。これはテクニック重視の現代の音楽界にあって大...

人形たちとダブルで演じたレオノーレ(右)とフロレスタン(左)。ウィーン国立歌劇場の《フィデリオ》から ©Werner Kmetitsch

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第二次世界大戦で破壊されたウィーン国立歌劇場が建て直されて、1955年に華々しく再開してから70年の月日が過ぎた。記念日の11月5日にはその式典の一環として、歌劇場の正面入り口右側に当劇場で働いていたナチスの犠牲者たちを追悼するプレートが設置され、バルコン階の回廊では復興の経過についての展示「破壊と再建 1945~55年」(2026年1月末まで)が始まった。

再建された歌劇場で最初に上演されたのは、不当な支配と愛による解放を描いたベートーヴェンのオペラ《フィデリオ》。「新しいオーストリア」の象徴となったこの名作が、2025年12月16~30日にフランツ・ウェルザー=メスト指揮、オーストリアの人形遣いニコラウス・ハビヤンの新演出で上演された。

ハビヤンによる演出は、アン・デア・ウィーン劇場のプロダクションでお馴染みだったが、ウィーン国立歌劇場では今回の《フィデリオ》がデビュー作。レオノーレとフロレスタンを歌手と同時に等身大の人形たちにも演じさせ、男性のフィデリオと偽った外見(人形)とレオノーレの胸の内(マリン・ビストローム)、2年間闇の中で牢につながれ衰弱しきったフロレスタン(人形)と彼の心(デイヴィッド・バット・フィリップ)というように、視覚的に、より掘り下げた表現で観客たちを魅了した。

演奏面での最高潮は、第2幕最終場の前に置かれた「《レオノーレ》序曲第3番」! オットー・ニコライが第2幕の前に加えて以来の慣習で、マーラーがいまの位置に移動した。理論上の原典主義より音楽的な判断で、いまだに踏襲されているのはいかにもオーストリアらしい。ドン・ピツァロ(クリストファー・モルトマン)、ロッコ(タレク・ナズミ)、マルツェリーネ(カトリン・ズコフスキ)もよい配役で、記念の舞台を盛り上げていた(12月19日)。

ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスの新企画

ウィーン19区にある、ヨハン・シュトラウス父子が演奏したダンスホール「カジノ・ツェーゲルニッツ」にて、新たな名所「ハウス・オブ・シュトラウス」が開館してから早2年。2025年には、同じくここに縁のあるウィーン・コンツェントゥス・ムジクスのコンサート・ツィクルスが始まった。「原点回帰、カジノ・ツェーゲルニッツへ回帰」の標語の通り、この会場は第二次世界大戦後、コンツェントゥス・ムジクスの数限りない名盤が録音された場所なのだ。

ゆかりのホールでコンツェントゥス・ムジクスを聴く ©ConcentusMusicus.at

11月24日と26日は、バス・バリトンのフローリアン・ベッシュを迎えたプログラム。24日は指揮・チェンバロのシュテファン・ゴットフリートとコンサートマスターのエーリッヒ・ヘーバルトが急病でキャンセルし、チェンバロおよびオルガンはアレクサンダー・ゲルゲリフィが受け持った。

プログラムは三つのブロックから成り、前半は、J.S.バッハのカンタータからアリアやシンフォニアなどを7曲。ベッシュは自宅の居間にいるかのような自然体なので、客席との距離が縮まり、聴き手たちも音楽の「中」に入れる。3曲のカンタータ(BWV 178、159、57)のコラールは、ソプラノ・アルト・テノールの歌手たちが他の声部を担当し、配布された楽譜を見ながら聴衆も一緒に歌って、その一体感がさらに強調されていた。

休憩後には、ヘンデルによるアリアやコンチェルト・グロッソなどを5曲。バッハに比べ、ベッシュの声がゴージャスになり、作曲家の個性の違いが伝わってくる。ごく短い曲のなかに何十もの異なる声音が詰まっているのも瞠目すべきで、オペラ《アグリッピナ》の〈おいで、ああ愛しい人よ〉と《デッティンゲン・テ・デウム》中のアリア〈なしたまえ、主よ〉はとくに深く心に響いた。

最後のブロックで、パーセルの作品群が始まると、今度は一気にシェイクスピアの劇世界にワープする。7曲中4曲は《妖精の女王》からの抜粋で、最後の合唱〈しっ! もう静かに〉では再び皆が一緒に歌った。聴衆も名演奏に溶け込んでおり、大勢で歌いつつも眠りを妨げまいとするデリカシーの極限を、身をもって体験できた。

指揮者不在のオーケストラもよいアンサンブルをしていたし、伝統ある会場で内容の濃い古楽を聴ける、願ってもない機会。2026年の同ツィクルスは、2・4・10・11月に予定されている。

取材・文
平野玲音
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平野玲音

オーストリア在住のチェリスト・文筆家。「平野玲音の演奏は、ピュアで豊かな音楽性によりウィーンの香りを客席まで運んでくれる。これはテクニック重視の現代の音楽界にあって大...

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