
アンデルシェフスキがフィルハーモニー・ド・パリでブラームス後期作品のリサイタル

2月のフランスの音楽シーンから、コンサートとオペラのもようをレポートします。
年初のパリで話題を呼んだのは、ピョートル・アンデルシェフスキが録音した『ブラームス後期ピアノ作品集』(ワーナーミュージック)と、フィルハーモニー・ド・パリでのリサイタルだった(2月2日所見)。
長い間ピアノ曲から遠ざかっていたブラームスは、1892年と1893年の夏にザルツカンマーグートの心休まる保養地バート・イシュルで、作品116から119を作曲した。作曲家が「私の苦悩の子守唄」と呼んだこの晩年の4作品には、いずれも2分から6分の小曲が並んでいる。
アンデルシェフスキはグレン・グールドと同様に、この4作品を番号順に従わず、自分の感性に合わせて組み換えた。もっとも気に入っている「4つのピアノ小品」作品119から「第1番 間奏曲」ロ短調で始め、暗い色調の「6つのピアノ小品」作品118から「第6番 間奏曲」変ホ短調まで、12曲を取り上げた。一つの小曲が終わっても間を置くことはまれで、アンデルシェフスキは、全体として45分の内面の旅へ聴き手を導こうとした。
いつになく音色の彩りを感じられなかったが、細部のニュアンスに最大限の注意が払われ、緊迫感の途切れない演奏に引き込まれた。「静かに打ち明け話を語りかけてくるようでいて、すべてがぼかされている」という印象を受けたのは、常に控えめなブラームスの人となりを喚起しようとしたからだろう。すべてを考え抜いてからピアノに向かう奏者だけに、この「内面への旅」を理解するには、録音を繰り返して聴く必要がありそうだ。
休憩後は、アンデルシェフスキが愛読しているトーマス・マンが「ソナタとの別れ」と呼んだベートーヴェン「ピアノ・ソナタ第32番」ハ短調作品111だった。懸案のブラームスを無事に弾き終えてほっとしたためか、ピアニッシモの高音にいつもの輝きが戻り、全体の流れもよりなめらかだった。
アンコールはまずベートーヴェン「6つのバガテル」作品126、続いてJ.S.バッハ「パルティータ第1番」BWV825から「サラバンド」、ショパン「3つのマズルカ」作品59から「第2番」と、アンデルシェフスキが得意とする作曲家の作品が並び、観客を沸かせた。
パリ国立オペラの次期音楽監督ビシュコフが《エフゲニー・オネーギン》の名舞台

パリ国立オペラの音楽監督に、セミヨン・ビシュコフ(1952年生まれ)が2028年8月1日から就任することが決まった(注1)。そのビシュコフがパリ国立オペラ・ガルニエ宮でチャイコフスキー《エフゲニー・オネーギン》の新演出公演を指揮した(2月6日所見)。
(注1)2023年5月25日にグスターボ・ドゥダメルが辞任して以来、パリ国立オペラは音楽監督が空席だった。一時、スペインの中堅パブロ・エラス=カサドが有力視されたが、ワーグナー《ニーベルングの指環》の〈ラインの黄金〉と〈ワルキューレ〉でのさんたんたる失敗で、就任は立ち消えとなった。

ビシュコフは、レニングラード音楽院の学生だった20歳のときに早くも《オネーギン》全曲を指揮し、この総譜に精通している。題名役に美男の故ディミトリー・ホロストフスキーを迎えたシャトレ劇場での演奏は、フィリップス社により録音されている(1992年10月、アドルフ・ドレーセン演出、パリ管弦楽団)。
メランコリーに満ちたタチアナの主題をオーケストラが奏でる序曲から、ビシュコフはゆったりとした自然なテンポでていねいに旋律線を浮き上がらせた。好調のパリ国立歌劇場管弦楽団の多彩な音色を駆使して、細部の情感が明快に描き出されるとともに、広範なドラマの流れも視野に入っていてダレる部分はどこにもなかった。インティメートな場面で、主役二人の情感を室内楽であるかのようにしっとりと聴かせるとともに、舞踏会の華やぎを金管楽器の高らかな響きによって伝えていた。アリアやデュオでは、ビシュコフは指揮棒を置いて、細やかな指の動きによってソロ歌手を導いた。
オネーギン役のバリトン、ボリス・ピンカソヴィッチは一見したところでは「影のある貴公子」(注2)からほど遠かったが、明るめの音色と整った歌唱を活かして主人公の多面性をきちんと音にしていた。
(注2)「影のある貴公子」とは、プーシキンの作品に登場するロシア独特の貴公子。チャイコフスキーのオペラ《エフゲニー・オネーギン》と、《スペードの女王》のヘルマンがその典型。美貌だが不吉な影があり、その独特の魅力にとらえられたヒロインを残酷な宿命へと導く。
タチアナ役はアルメニアのソプラノ、ルザン・マンタシャンだった。少女の面影を残した華奢な姿、澄んでいて色彩豊かな若々しい声は、夢見がちな乙女にピッタリだった。大音量ではないがよく通る声は、ヒロインの期待と絶望を克明に刻み、聴き手の胸を熱くした。
マンタシャンと並んで喝采されたのは、ウクライナのテノール、ボグダン・ヴォルコフだった。オネーギンとの決闘を前に歌われるアリア〈わが青春の輝ける日々よ〉では輝かしい声が言葉を彫琢して、詩人レンスキーの胸をかすめた回想と諦念を観客の耳に届けた。
天衣無縫な妹オルガ役に闊達なマーヴィック・モンレアル、グレミン将軍役に気品あるアレクサンドル・ツィムバリュクと、脇役にも適材がそろった。ラーリナ夫人役のスーザン・グラハム、かつてオペラ座でオルガ役を務めた乳母フィリッピエヴナ役のエレナ・ザレンバという往年のスターの心のこもった歌と演技も忘れがたい。
本公演は、英国の俳優・演出家レイフ・ファインズがビシュコフの依頼を受けて、初めてオペラ演出した。ファインズは王立演劇学校の学生時代にプーシキンの韻文小説『オネーギン』を読み、主人公に惹かれたという。1999年には、妹マーサ・ファインズが監督した映画『オネーギンの恋文』で主役を演じている。
物語を熟知しているファインズは今回、チャイコフスキーのオペラを「歌手が現実の場面に立った演劇作品」として演出した。オネーギンがサンクトペテルブルクで高度の教育を受けた社交人であり、恋愛と結婚を避けていることが念頭に置かれた。
またロシア人の生活が森と密接に結びついていることから、第1幕のラーリナ邸を白樺の幹で囲み、床には秋の落ち葉を敷き詰めた。第2幕の決闘は雪の舞うなかで行なわれる。こうして、季節の移り変わるなかで、人物の心情が変容していった。
歌手と合唱への演技指導はじつに細やかで、冒頭から立ち居振る舞いと視線、仕草によって、夢想家のタチアナと楽天的なオルガという姉妹の対照が明示された。歌手の動きが歌の台詞に常にぴたりと寄り添い、自然なのにも脱帽せざるを得なかった。
このオペラで現実と夢、過去と現在とが絶えず交錯することも、巧みな照明の変化が示した。また350着におよんだ19世紀ロシアをほうふつとさせる衣裳は、舞台に彩りを与えただけでなく、装置の一部となって場面の状況を視覚化していた。前半の自然に囲まれたラーリナ邸と、第3幕の首都の上流社交界との違いが、タチアナの衣服を見ただけで一目瞭然だったのはその好例だ。
非の打ちどころがない指揮、演出と歌手が一体となり、長く記憶に残る名舞台が生まれた。





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