レポート
2021.06.14
オンライン配信レポート

博報堂のワークショップを再現! 室内楽アンサンブルを組織づくりに活用するアイデア

博報堂・森泰規さんによる、室内楽アンサンブルを企業の活性化につなげるワークショップ。ONTOMOではこれまでに、ワークショップ取材や森さんへのインタビューを通じて、その取り組みを紹介してきました。
5月21日に配信した動画では、実際のワークショップをどのように実践されているのか、室内楽メンバーにも加わっていただきながら紹介。ここでもレポートします。

解説
森泰規
解説
森泰規 ディレクター

1977年茨城県生まれ。2000年に東京大学文学部(社会学)卒業後、4月株式会社 博報堂に入社。PR戦略、公共催事・展示会業務を通じて、現在のブランディング業務に至る...

司会・文
飯田有抄
司会・文
飯田有抄 クラシック音楽ファシリテーター

1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。2008年よりクラシ...

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5月21日に配信した動画

クラシック音楽に馴染みのない人ほど感触がいい

——室内楽アンサンブルを、企業の活性化につなげようとする試みは、どのような狙いではじめられたのでしょうか。

 私の専門は、組織のブランドマネジメントです。組織の考え方だけでなく、行動を変えていくところまでを扱う組織開発の分野です。

カルテットの皆さんと一緒に仕事を始めたのは3年ほど前からです。メンバーは一人ひとりが専門家として自立しているだけでなく、グループで活動しています。そのときにどのような協力をし、その活動が個々人にどのようなフィードバックをもたらすのか。それを企業の方々にも感じ取ってもらうためにこのプロジェクトをはじめました。

基本的には、会社などの企業組織がどういう姿を目指していくのか明らかにし、対処すべき課題を明確にするワークショップですね。その随所でカルテットに協力していただいています。まずは演奏に触れていただきます。そして、みなさんがどう自分たちを変えたいと感じたかという方向へと移行していきます。

——企業の方々というと、クラシック音楽を初めて間近で聴く方もいらっしゃるかもしれませんね。

 当初は、聴き手の側に、相当な素養がないと機能しない、という声もありました。実際には、むしろこれまでクラシック音楽に馴染みのなかった人たちにこそ、これはいい、と感じてもらえたんですね。そして、「あまり詳しくない人には向いていない」と恐れるのではなく、クラシック音楽作品の名作を取り上げたほうがうまくいきました。

もとはというと、アメリカでは、指揮者のいないオーケストラ「オルフェウス室内管弦楽団」の方法論を、組織や社会に生かしていこうという活動があり、それが2000年前後に日本にも紹介されたことがありました。

私自身は、その仕組みを説明する人自身が、演奏行為に関われば、もっと受け入れられるだろうと思っていました。ですので、このプロジェクトでは、今私自身が、至らないとは思いつつ、演奏に加わるようにしています。それは、変革の主体となるには、まず自分が当事者になって行動しなければならない、自らその姿を示さねばならない、と思っているからです。

実際のワークショップでの演奏の様子。©️reiko hayakawa

信頼が高まるとリソース提供が起こり、成果をもたらす

——日頃から共演している四重奏のメンバーの中に、森さんがクラリネットで入っていく。演奏チームの中でも新たな組織作りが起こっていて、それをクライアントの皆さんの前でさらけ出していく。そこにも意味がありそうですね。

 弦楽四重奏という形態は、クラリネットだけでなく、今日用いられる管楽器の完成よりずっと昔からあった、いわばすでに完成されたシステムです。そこに管楽器奏者が一人入るというのは、4+1という形。彼らは私を受け入れなければいけないし、私は彼らに受け入れられるように働きかけなければいけない。

これは、企業同士が合併するM&Aの際によく見られる課題ですし、新しいアイデアを持った人を、組織はどうやって生かし、実現させていくかということの例えでもあるわけです。ですので、新規事業開発や、研究開発部門のクライアントの方々にとって、この取り組みがご理解されやすい理由になっていると思います。

——ワークショップでは、まずは演奏を聴いていただくとのことですが、その後はどのような流れになるでしょうか。

 演奏のあと、参加者をグループ分けしたテーブルに座ってもらいます。各テーブルに、カルテットのメンバーも一人ずつ加わっていきます。そこでディスカッションをしてもらうのですが、グループで活動していくときの工夫について、メンバーから話してもらったり、企業のみなさんから質問を出してもらったりします。その対話の中で意外な相乗効果が生まれていくのです。普段のワークショップとはまた違うアウトプットが生まれます。

——室内楽のアンサンブルは、企業や社会の縮図であり、彼らがグループとしてどういった創意工夫をしているかを、演奏や対話を通じて知ることで、企業にとってヒントになるようなことが得られるわけですね。

ところで、森さんが時折言及される「ソーシャル・キャピタル」という概念が、こうしたワークショップで重要な概念のように思いますが、少し説明していただけますか?

 日本語では「社会関係資本」と呼ばれ、人と人との関係性が、組織のパフォーマンスを変えていき、そして社会全体の質も、それによって変わる、という考え方です。例えば、研究者でいえば、自分の専門分野以外の研究者と交流している人のほうが、成果を実際に上げている、組織レベルでは、そういう研究者が多ければ研究所全体での成果も大きくなる、といったことに注目します。

お互いに信頼が高まると、自分の知っていることを、相手に提供するようになる、つまり「リソース提供」が起こりやすい。そういう組織は実際に生産性も高いです。もちろん、どういうつながりが、どういう成果をもたらすかは、さまざまな発現の経路があって一様ではないのですが、これはすでに実証された考え方です。

室内楽は、こうした概念的な価値をリアルに、ライブで体感していただくのに、とてもいい題材ですね。

——では、ここで実際に、演奏を使ったワークショップの一部を再現していただきます。よろしくお願いします。

音楽を使った企業向けワークショップ、その一部を実演!

例1:カルテットの配置換え

最初は、奏者が自分たちで選んだ並び方——左から第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロで演奏。次に、参加者が並び方を指定して、その配置で演奏してもらう。聴こえ方の違いなどを語ってもらう(この実演では左から第1ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、第2ヴァイオリン)。

奏者が考えた配置。左から第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ。
並び替えた配置で比較。左から第1ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、第2ヴァイオリン。

[解説動画14:35〜20:50/♪メンデルスゾーン:弦楽四重奏曲第4番 ホ短調 op.33 第3楽章の冒頭]※この動画では、以下、例4まで続けて実演と解説をしています

 人事、人材配置の計画をする人たちにとって、誰をどのように配置すればグループ全体でうまくいくのかを考えることが重要となります。そのヒントになるような実践として行なっています。聴き手の方に、自分が最善と思える並びに組み替えて聴き分けていただくこともしています。

例2:作曲家の意図した効果を考える

ブラームスのクラリネット五重奏曲の第1楽章で登場するチェロとヴィオラの二重奏は、楽器の音域を逆転させている(高いほうの旋律をチェロが、低いほうの旋律をヴィオラが演奏する)。その効果について考える。パートを入れ替えて演奏してみて、聴いた感想を参加者に語ってもらう。

担当パートを入れ替えて演奏。

[解説動画20:50〜23:24/♪ブラームス:クラリネット五重奏曲 ロ短調 op.115 第1楽章より]

 楽器本来の機能と逆のことをすることで得られる効果があります。ブラームスは、こうした手法をよく使っています。会社の中で、その人が持っているポテンシャルを引き出すために、わざとその人の苦手なことをさせたり、組み合わせの役割を逆転させたりすると、思わぬ効果があるかもしれない。そうした事例として紹介します。

例3:過去を土台に、新しい発想をもつ

ブラームスのクラリネット五重奏曲の中で、モーツァルトのクラリネット五重奏曲をトレースしている箇所を紹介(第4楽章のチェロのソロは、モーツァルトのヴィオラのソロを模倣したもの)。実際に該当箇所を演奏してもらう。

[解説動画23:24〜25:38/♪ブラームスとモーツァルトの該当箇所]

 新規事業を立ち上げる際など、まったく何もないところから発想しようとしがちですが、かつてあったものを土台にして創造することも立派な方法の一つです、という事例としてお話しています。誰も思いつかなかったようなことよりは、すでにあったアイデアをよく理解したうえで、さらに先へ行くというのが、「非連続な発展」の本当の意味だと思うからです。

例4:影響関係と相乗効果

完成された弦楽四重奏という形態に、クラリネットが入っていく。クラリネットとカルテットが互いに影響し合いながら、相乗効果をあげていく様子を、演奏を通じて紹介。クラリネットのポジションに参加者に座ってもらい、感じたことを話してもらう。

すでに完成している弦楽四重奏に、クラリネットが入る。
後から入ったクラリネットの位置に、ワークショップの参加者が座って何を感じるのかを、司会の飯田さんが体験。

[解説動画25:38~31:09/♪ブラームス:ブラームス:クラリネット五重奏曲 ロ短調 op.115 第1楽章 冒頭]

 私が先ほどまで座っていたポジションでは、それぞれの声部が、意外な音量ではっきりと聴こえてくると思います。これが、会社で新しいことをはじめようとする人の気持ちなんです。周りにはいろんな人がいる。でも、自分が自分のやるべきことをちゃんとやれば、彼らは助けてくれる。助ける側の人にも、感じてもらう機会として実践しています。

高速でリーダーが変わっている室内楽は、究極の組織の形態

——演奏が終わったあとは、奏者の皆さんが企業のみなさんと一緒にテーブルについてディスカッションを行なうとのことですが、奏者の皆さんが気づいたことや、興味深かったことはありますか?

山縣(1stヴァイオリン) 演奏後、その場ですぐに質問を受けたり、対話ができるのは、ワークショップという形ならではなので、とても新鮮でした。「音楽の伝え方」のレパートリーが、このワークショップのおかげで増えたように思います。

 専門家同士がチームで行動したことで、個人に起こったフィードバックですね。参加者の中には、弦楽四重奏が4名で音がきれいに終われているのに、自分たちはたった2人なのにどうして仕事がきれいに終われないんだろう、とおっしゃる方もいました(笑)。

山本(ヴィオラ) ワークショップでは、「4人でどうやって合わせているんですか?」とよく質問されます。客席にはあまり見えていないようですが、弦楽四重奏では、リーダーシップが曲の中で移り変わっていくのがポイント。合図や呼吸についてお伝えしています。そこから話が広がり、指揮者がいるのといないのではどう違うのかというお話や、音楽の組み立て方についてもお話することもあり、見直すきっかけにもなりました。

 カルテットにはリーダーがいないのではなく、高速でリーダーが変わっているので、お客さんからはいないように見えるんですね。これは階層型の組織にはない形で、究極の形態です。

松本(チェロ) グループで一つものを作り上げることについて、お互いの影響関係について、企業の方々と語り合えるのは印象的でした。アンサンブルは耳や体の使い方が重要ですが、一方でアンサンブルがモチベーションにも影響します。一人でコツコツやるよりも、モチベーションが上がる、というのは私たちも企業の方々も共通する部分だと感じました。

 ソーシャル・キャピタルが、なぜ組織の生産性を上げるかというと、知っていることをお互いに共有するようになるからなんですね。学びあいの価値です。これは教育や人材開発の分野では重要なことで、独習で伸び悩む人もたくさんいる。スピードと成果を上げる場合には、個々人でやるより、みなさんで一緒にやったほうがいい。これも室内楽が教えてくれることです。

宮川(2nd ヴァイオリン) 最初はテーブルで何を話そうかと思っていたけど、演奏を聴いていただいたあと、実際にはお話が止まらず驚きました。企業の方々はいろいろな観点を示され、音楽への興味も深い。ほかの業種の方と関われることはあまりなかったので、このメンバーで回数を重ねてこられたのは感慨深いですね。

 意識して出会いの機会は作ったほうがいい。このメンバーはとても積極的ですから特におすすめです。

カルテットのメンバーは左から、ヴィオラ:山本周(やまもと・しゅう)、第1ヴァイオリン:山縣郁音(やまがた・いくね)、第2ヴァイオリン:宮川莉奈(みやがわ・りな)、チェロ:松本亜優(まつもと・あゆ)。

——コンサートホールとは違った場で演奏することについては、どうお感じですか?

山本 舞台ではなく、クライアントの聴衆の皆さんと同じ目線で演奏できるのは、とても親密な空間で、表現の方法も変わりますね。

山縣 室内楽本来のあり方に近い演奏体験かもしれませんね。楽しいです。

松本 お客様と近い距離で弾くことは、個人的にも好きです。安心感もありますね。

 フォーレやフランクの作品世界などは、まさにそうしたものですよね。こうしたワークショップを通じて、実は、作品本来のあり方に立ち返る体験ができているのかもしれません。

日常の中からアートを見出すように視点を変える

——音楽家と企業のみなさんとの出会いを通じ、アートと社会のつながりが生まれますね。

 実際に、ワークショップのあとに、このメンバーのリサイタルに足を運ぶクライアントの方々も増えています。

ドビュッシーについて書かれたこの本によりますと、「我々が美と呼ぶものは文化によって決定されている。何を美とするかは、その時代の文化を知ることに等しい」「(美は)時間と空間の外には存在しない」と書かれています。

※ステファン ヤロチニスキ 著『ドビュッシィ―印象主義と象徴主義』(平島正郎 訳/音楽之友社/1986)80ページ
原本:Jarocinski, S.(1971)  Debussy : impressionnisme et symbolisme /; traduit du Polonais par Thérèse Douchy ; préface de Vladimir Jankélévitch, Seuil, France p.58

 芸術や美は、一見遠いものに捉えられがちですが、実は日常の中に存在している。加藤周一さんが繰り返しいろいろな表現でおっしゃる「日常の芸術化」という考え方ですね。芸術を日常化しようとすると、今ある価値を少しずつ変えてしまうことになりかねない。しかし、今ある我々の日常の中から「アート」(アートな何か)を見出すように視点を変えていくこと。「日常の芸術化」をキーワードに、今後も活動していきたいと思っています。

——今後の展開も楽しみですね。

 大学との連携、教育活動の一環でも取り入れていこうと考えています。またこのコロナ下では、リモート配信でワークショップを開催するようになりました。遠方の方や、子育て中の方も夜に参加できるなど、オンラインの良さもありますので、生かして進めていきたいと考えています。

解説
森泰規
解説
森泰規 ディレクター

1977年茨城県生まれ。2000年に東京大学文学部(社会学)卒業後、4月株式会社 博報堂に入社。PR戦略、公共催事・展示会業務を通じて、現在のブランディング業務に至る...

司会・文
飯田有抄
司会・文
飯田有抄 クラシック音楽ファシリテーター

1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。2008年よりクラシ...

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