東京・春・音楽祭2018/春祭NIGHT「キャバレーを巡る物語」

クラシックの祭典に妖艶でアンダーグランドな大人の遊び場が出現!

レポート
2018.04.21

東京・春・音楽祭14年目にして初のナイト・イベントとして注目を浴びた「キャバレーを巡る物語」のオールナイト(第1部&第2部)を、オペラ通の音楽ライター小田島久恵さんが取材。真面目な顔をして行くと、ドキッとするような場面も。大人のくだけた遊び心に切り替えて臨むべきイベントだ。

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©東京・春・音楽祭実行委員会/飯田耕治
出演した人
中嶋彰子 ソプラノ歌手
中嶋彰子
出演した人
中嶋彰子 ソプラノ歌手
北海道生まれ。15歳で渡豪し、シドニー音楽院を卒業。1990年、全豪オペラ・コンクールで優勝し、同年、シドニーとメルボルン、両オペラハウスでオペラ・デビューを果たす。...
体験した人
小田島久恵 音楽ライター
小田島久恵
体験した人
小田島久恵 音楽ライター
岩手県出身。地元の大学で美術を学び、23歳で上京。雑誌『ロッキング・オン』で2年間編集をつとめたあとフリーに。ロック、ポップス、演劇、映画、ミュージカル、ダンス、バレ...

21時30分スタートの第1部は早々にチケットが売り切れ、会場となった鶯谷の東京キネマ倶楽部の座席はほぼ満員。

セクシーな踊り子たちが深海の海月のようにゆらゆらと座席を歩き回り、そこかしこで客と楽し気に談笑している声が聞こえる。

バーカウンターではビールやカクテルが売られ、おつまみの売り子さんも笑顔で客席を回ってくる。クラシックの祭典の一環とは思えない、妖艶でアンダーグラウンドな雰囲気だ。

 

ウィーン在住のソプラノ歌手、中嶋彰子が演出・主演したこの「キャバレーを巡る物語」、世界史が暗転しはじめる1920年代を舞台に、ジャンルを超えた芸術家たちが夜な夜な集まって表現の自由を享楽していた時間を再現する試みだ。

国内外で活躍するシャンソニエの聖児セミョーノフをはじめ、ウィーンで活躍するピアニスト斎藤雅昭と彼が率いるジャズ・バンド、ガールズの純名里沙、辰巳真理恵、増井めぐみが登場し、粋でフレンドリーなパフォーマンスが繰り広げられた。

左から辰巳真理恵、増井めぐみ、純名里沙

戦前のベルリンで活躍した天才ヴァイオリニストで指揮者の貴志康一が、4都市(東京、上海、ベルリン、パリ)をめぐるストーリー仕立てのミュージカルとなっているのだが、台詞つきの劇の内容よりも、次々と溢れ出す東西のミュージカル・ナンバーに耳を奪われてしまう(貴志役の役者の存在感は、正直薄く感じられた)。

《蘇州夜曲》、ソンドハイム作曲《カンパニーより~いじめちゃおう》、《ダイヤモンドは女の子の親友》、ワイル《ナナのうた》、そして暗黒キャバレーの香りが漲る《メッキー・メッサ―のモルタート》と続いていく。

ガールズは一人ずつのソロもあり、ハードなダンスの振り付けもついた純名里沙の《ラストダンスは私に》はプロのショーガール的な迫力があり、ずば抜けて魅力的だった。

中嶋彰子の《三文オペラ》の独唱シーンは客席も水を打ったように鎮まり、オペラヒロインとは別次元の夜の女王としてのカリスマ性が全開していた。これには全員が興味津々だった。あだな感じで色気があり、わけありのいい女に見える。昨年見た笈田ヨシ演出の《蝶々夫人》で主役の蝶々さんを歌っていた同じ人には見えないのだ。

男装の麗人に扮する中嶋彰子

 

男装の麗人、という設定だったが、後半では破れた網タイツに着替えていたので、前半の衣装を正確に思い出すことはできない。この夜の中嶋のイメージはいずれにしてもワイルドな「夜の女」だった。とはいえ、このキャバレーの座長でもあり、皆の演奏や演技がうまくいくよう、裏ではいろいろ心配していたのかも知れない。

ソプラノ歌手の中嶋彰子(右)とシャンソニエの聖児セミョーノフ

初めて見るシェンソニエの聖児セミョーノフは、名前からロシア系の方(!)かと思っていたが、見たところ日本の方で、歌手でありながらMC的なことも器用にこなすマルチな才能の持ち主で、とにかくステージでのカンが素晴らしく良い。

登場者を次々と転がしていき、細かいユーモアも途切れないのだ。ナレーション付きで歌う《愛の賛歌》は美輪明宏よりずっとよかったし、ゲンスブールの《ジャヴァネーズ》も嫌味がなく粋だった。こちらはフランス語と日本語の両方で歌われた。

《愛の賛歌》をナレーション付きで歌う、シェンソニエの聖児セミョーノフ

一部の終盤、お待ちかねのフレンチ・カンカンが始まるとむ客席も大熱狂で、ガールズたちのほかダンス専門のダンス・ガールたちも登場してアクロバティックな芸を見せる。ラストの《東京ブギウギ》まで勢いは止まらず、第1部はあっという間に終わってしまった。

そこからのんびりとした長い休憩があり、終電で帰ってしまったお客も多くいた一方で、深夜1時半スタートの第2部からやってくるお客さんもいる。東京キネマ倶楽部で何があるのか興味がわいたのか、クラシックのコンサートでは見ないタイプの若いお洒落な女性客の2人連れや、1人でやってくる女性もいた。

2部は「なんでもあり」という設定でゆるゆると始まったが、ここでMCとして登場したのが「SOUP STOCK TOKYO」の社長さん、遠山正道氏。遠山さんは企業の代表のイメージとは遠い、軽妙でチャーミングなエンターテイナーで、次に登場する出演者の紹介を絶妙のトークを加えながら行なうのだが、ほぼリハなしの状態で飛び込み参加(?)してくるアーティストもいて、紹介するほうも大変そうだった。

第1部のショーを一部再現するシーンもあったが、そこで先ほどスターの恰好をしていた中嶋が「あーら。衣装間違えちゃった」と破れた網タイツのキャバレーガールのコスチュームをつけていたりして、いろいろと無礼講な面白みがあった。バーレスクやポールダンスのパフォーマンスは圧巻で、これは浅草のストリップと同レベルのものではなく、完全にアートの次元だった。ポールダンス・ダンサーの宴車(うたげ・くるま)さんやバーレスクダンサーの活動には大変興味をもった。

同じくらい会場を釘付けにしたのは、ドラァグ・クイーン(男性が女性の姿で行なうパフォーマンス)のエスムラルダさんの「マレーネ・ディートリッヒ」(ドイツ出身の女優・歌手)語りである。男装ヴァージョンのマレーネの扮装をして、ポエトリーリーディングのように彼女自身の人生を回想するのだが、台本もご本人によるもので、とてもクオリティが高い。この夜上演されたのは抜粋ヴァージョンだったそうだが、フルヴァージョンを観てみたいと思った。

イタリアから帰国したばかりのテノール歌手山本耕平さんが思い切り美声で《ミ・マンキ》を熱唱したかと思うと、覆面のアマチュアのヴァイオリニストがピアノ・カルテットで演奏したり、音楽の内容は玉石混交。素人パフォーマンスはご愛敬だが、来年もこのイベントを観たいので、ある程度厳選したほうがいいとも思う。

しかし、この聖と俗、プロと素人、ステージと客席のボーダーが限りなく希薄になっていくのも、「キャバレーの時間」の醍醐味なのかも知れない。独特の趣をもつ東京キネマ倶楽部の空間が生き生きとハルサイのパワーとつながり、音楽を愛する大人たちの「B面」の楽しみを提供していた。

また、この夜は個人的に、20代の頃に足を運んでいたさまざまなテーマ性の強いクラブイベントを思い出すきっかけにもなった。雑誌やファッションのデザイナーさんやアニメーターさんがクラブパーティの企画をされ、夜な夜なコアなアーティストが活躍する妖しい空間があったのだ。それはベルリンともパリとも違う東京のキャバレー空間で、エキセントリックなクリエイターたちの純粋な楽しみの場だった。エスムラルダさんのようなベテラン・パフォーマーも、そのカルチャーの中から登場してきた人だと思う。クラシックはやはり、その意味では「お堅い」のだ。

中嶋彰子さんの見事なネットワークがボーダーを切り崩して実現したこのキャバレーは、画期的な試みだったと思う。「東京ブギウギ」のメロディが再び流れ、第2部のパーティが終了したのは朝の4時30分。始発の空はまだ暗く、大きな下弦の月が空に輝いていたが、電車を降りると既に朝の空だった。

東京・春・音楽祭2018/春祭NIGHT「キャバレーを巡る物語」
イベント情報
東京・春・音楽祭2018/春祭NIGHT「キャバレーを巡る物語」

ソプラノ歌手で演出を手がけた中嶋彰子に、事前にインタビューしています!

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