林田直樹の越境見聞録 File.08/11月特集「社会と音楽」

市民が集う場に一流のパフォーミングアートを。札幌市民交流プラザが構想する次世代型劇場とは?

レポート
2018.11.01

ONTOMOエディトリアル・アドバイザー、林田直樹による連載コラム。あらゆるカルチャーを横断して、読者を音楽の世界へご案内。

今回は、10月にオープンしたばかりの札幌市民交流プラザについて。2000名以上収容可能な劇場hitaruと呼応する図書・情報館など、札幌市民交流プラザは、情報とパフォーミング・アート、食を融合した形で市民に提供しようと試みている。こけら落とし公演《アイーダ》のレビューとともに現地よりレポートする。

ナビゲーター
林田直樹 ONTOMOエディトリアル・アドバイザー/音楽ジャーナリスト・評論家
林田直樹
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林田直樹 ONTOMOエディトリアル・アドバイザー/音楽ジャーナリスト・評論家
1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

劇場とはそもそも何をするための場所なのか?
私企業のホールなら、ある意味何をしようが自由である。
だが、税金で運営される公共のホールであるならば、幅広く地元市民のためにどう役に立てるのか、常に問われてしまう宿命がある。

この問題に対する、新しい答えとなりうる巨大施設が札幌にオープンした。
札幌市役所や時計台のすぐ近く、札幌市営地下鉄だと大通公園駅31番出口から徒歩2分の至便な場所にある、「札幌市民交流プラザ」である。

札幌文化芸術劇場hitaruのオープニング公演《アイーダ》、休憩時間のホール(写真:筆者)

4階から9階までは、最新鋭の舞台機構をもつ「札幌文化芸術劇場hitaru」が占めている(先頃バッティストーニ指揮の《アイーダ》で幕を開けたが、それについては後述)。
3階にはクリエイティブスタジオがあり、リハーサル室としての用途だけでなく、演劇や舞踊やコンサートでも200人規模の公演を行なうことが可能。
1階と2階にある札幌文化芸術交流センターSCARTSは、ガラス張りの明るさが印象的で、130人規模の演奏会や美術展、ワークショップや作品展示など、市民の芸術文化活動に幅広く対応する。

しかし何といっても、特に強い印象を受けたのは、1・2階にある札幌市図書・情報館だ。
ライブラリーを併設するコンサートホールや劇場は多い。だが、札幌市民交流プラザにおける図書館の併設のされ方は、これまでにない可能性を感じさせる。

そもそも札幌市民交流プラザ全体が、劇場で公演がなくとも、常に人の行き来する、そして誰もがのんびりと時間を過ごせるスペースになるよう、開放的で居心地の良い時間を長く過ごせるように、最大限の配慮が施されている。
たとえば、札幌でオーガニックなコンセプトが人気のコーヒーショップ、アトリエ・モリヒコのプロデュースする新しいカフェとレストランが1階と2階に展開しているが、そこで購入した飲み物を図書・情報館に持ち込んだり、館内の本をカフェに持ち込むことができる――ブック&カフェの拡大形という感じである。

図書・情報館(写真提供:札幌文化芸術劇場 hitaru)
開館当日の図書・情報館、入口付近。(写真:筆者)
テーマの設定や本の見せ方、並べ方が興味をそそる(写真:筆者)

そして、この札幌市図書・情報館は、本の貸し出しは行なわない。
図書館をよくお使いになる方はご存知のように、新刊のベストセラー本は人気のあまり何か月も先でないと予約できないことが多い。最新の情報に一部の人しかアクセスできないことは、図書館としての機能の根幹にかかわる問題である。
ここで札幌がくだした決断は、「貸さない」かわりに、「ここでゆっくりと過ごしてもらう」ということである。

さらにはテーマを特化させ、WORK(仕事に役立つ)、LIFE(暮らしを助ける)、ART(芸術に触れる)の3分野の専門書を提供する。文学書や絵本は置かないかわりに、この3分野に関しては調べものの相談や情報提供に積極的に対応する「課題解決型図書館」を標ぼうしている。
たとえば今回のこけら落とし公演の「アイーダ」に対応して、オペラに関する専門書や入門書を多くディスプレイし、ただ観るだけでなく、その先へといざなおうとする。劇場とも常に連動しようとする。

チラシのキャッチコピーには、「インターネットだけで満足していますか?」という挑発的な文句が踊る。ネット社会において、人と人が出会い、そこで時間を過ごし、体験することの重要性をとらえなおしながら、図書館がどうあるべきかを追求しようとしていることが、この言葉からもうかがえる。

こけら落とし公演はバッティストーニが振る《アイーダ》

最後に、こけら落とし公演、ヴェルディのオペラ「アイーダ」(10月7、8日:アンドレア・バッティストーニ指揮札幌交響楽団、ジュリオ・チャバッティ演出)のことも触れておこう。

私が観たのは2日目。木下美穂子(アイーダ)、城宏憲(ラダメス)、サーニャ・アナスタシア(アムネリス)、上江隼人(アモナズロ)他のキャスト。それぞれが熱演して充実した音楽的時間を堪能させてくれた。
凱旋の場や儀式の場で、バレエに力が入っていたのが今回の特徴で、東京シティ・バレエ団のメンバーを中心にオペラとバレエを融合させ、グランド・オペラの要素もしっかり満たしていた。
こうした祝祭的なオペラの場合、指揮者に華があることは重要で、若手実力派であるバッティストーニはその意味でも適役だったろう。ただ、スペクタクルの迫力の強調よりは、エジプト王女アムネリスの果たされぬ愛と苦悩を描いた第4幕前半にこそ、彼の真価を感じた。

hitaruの客席の雰囲気は、東京の新国立劇場とよく似ているが、2302席とかなり大きい(新国立劇場オペラパレスは1814席)。だが、私が座った1階の最後尾の席でも、札響の各奏者や歌手たちの繊細な表現はニュアンス豊かによく伝わってきた。落ち着いた木目の美しい劇場である。

装置や衣装はローマ歌劇場の製作で、印象としては新国立劇場の1998年1月のオープニング記念公演、フランコ・ゼッフィレッリ演出による《アイーダ》の古代エジプトの巨大な神殿を描いた豪華な舞台を彷彿とさせながらも、それをやや簡素にしたもの。
今回の《アイーダ》は神奈川県民ホール、兵庫県立芸術文化センター、大分のiichiko総合文化センターで上演され、東京二期会、札幌交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団が共同制作。札幌の最新鋭の舞台機構や多面舞台を生かし切るよりは、他の劇場にも転用できる利便性に配慮したものと感じられた。

一つの劇場やホールだけでなく、地方各地を巡演することを前提に制作された「ツアー・プロダクション」のオペラ上演が目立ち始めている。
各劇場やホールが連携する共同制作によって、リスクを分かち合い、ノウハウを共有しようという動きを、札幌もオープニングから早くも取り入れたということだろう。

オープニング公演《アイーダ》より(写真提供:札幌文化芸術劇場 hitaru)

実際に足を運んでみて、一番印象に残ったのは、「アイーダ」に足を運んだ札幌の人々の期待感の高さである。オープニング公演の晴れの場にふさわしく、美しい和服姿の女性、華やかな色のスーツに身を包んだ男性など、おしゃれな格好が目立ち、札幌市にとってこの劇場がどれほど大きな意味をもつものであるかを、多くの人が認識しているのだと感じた。

札幌市民交流プラザは、ただ劇場と図書館が同居しているわけではない。ここで市民がゆっくりと過ごし、本と情報と、パフォーミング・アートと食を、融合した形で、文化的生活の向上に資する施設としていこうとする試みである。

オペラだけでなくバレエやオーケストラやピアノなど、さらには貸し館ではポップス系のコンサートもおこなうなど、ジャンルを超えて音楽ビジネスにも柔軟に対応する姿勢をとっている。必ずしも「芸術の殿堂」だけ、というわけではない。
全国には、たしかにこうした複合型の文化施設が民間・公共含めて数多く存在する。だが札幌が目指そうとしている「滞在時間を長く、居心地よく」という方向性のなかで、音楽も演劇もバレエも、セクショナリズムに陥らずに、図書館機能も含めて、いかにして真に相互的に作用できるか。札幌市民交流プラザの今後に注目が集まっている。

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