レポート
2026.04.09
海外レポート・イタリア【音楽の友5月号】/Worldwide classical music report, "Italy"

ムーティがイタリアで唯一オペラを指揮するトリノ王立歌劇場~娘の演出で《マクベス》

3月のイタリアの音楽シーンから、主にオペラのレポートをお届けします。

取材・文
野田和哉 Kazuya Noda
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野田和哉 Kazuya Noda

東京生まれ。明治大学文学部を卒業後、1983年からイタリア在住、ピアチェンツァのG・ニコリーニ音楽院声楽科を卒業。30年以上前に『音楽の友』への執筆を始め、現在にいた...

音楽の友 編集部
音楽の友 編集部 月刊誌

1941年12月創刊。音楽之友社の看板雑誌「音楽の友」を毎月刊行しています。“音楽の深層を知り、音楽家の本音を聞く”がモットー。今月号のコンテンツはこちらバックナンバ...

ムーティが指揮したトリノ王立歌劇場の《マクベス》から。《マクベス》第2幕から。マクベス夫人を歌ったフリードマン(左)とタイトルロールのマクベスを歌ったミケレッティ(右)© Daniele Ratti

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今のところ、リッカルド・ムーティがイタリアの劇場でオペラを指揮するのは、トリノ王立歌劇場に限られている。それも1シーズンに1演目だから、どの公演もチケットは早々に完売で、ジャーナリストたちもみなが初日の公演を観ることができたわけではない。筆者も今回のヴェルディ《マクベス》公演で初日には行けず、2月26日に3日目の公演を観たのだった。

演出はキアラ・ムーティが担当し、父と娘での共同作業となった。ただし本人たちは、「このコラボはあくまでプロフェッショナルなもので、血のつながりは無関係」とコメントしている。

しかし筆者の関心はムーティ父子だけでなく、キャストにも向けられていた。タイトルロールはルカ・ミケレッティ。いまやムーティお気に入りのバリトンであり、俳優、演出家としても活躍しているので、大いに期待された。

マクベス夫人を演じたリディア・フリードマンは、イタリアで歌い始めたころのマルティーナ・フランカにおけるマンフローチェ《エクバ》、コロナ禍が落ち着き始めたころのリミニでのヴェルディ《アロルド》、昨年末のピアチェンツァでのヴェルディ《スティッフェリオ》と何度か接しているが、最近は表現の幅が大いに広がっている。彼女の声はこの役にヴェルディが求めていた要素をすべて持ち合わせているといえるだろう。端的に言えばいわゆる「美声」よりもドラマティックな表現力が大切で、彼女は現時点でマクベス夫人の最高のソプラノと評される。

ミケレッティも抜群の表現力で主役を演じた。この役としてはパワーが不十分という評もあり、それが要求される場面で確かにそういう傾向があったものの、とくに気になるほどではない。歌唱と演技の表現力はパワーの少なさを補って余りあるものだった。

ほかの主な出演者は、バンコがマハラム・フセイノフ、マクダフがジョヴァンニ・サーラ、マルコムがリッカルド・ラドス。合唱指揮はピエロ・モンティ。彼はこの制作を最後に任期終了、そのあとにはジェア・ガラッティ・アンシーニがすでに就任している。

トリノ王立歌劇場《マクベス》から© Mattia Gaido
マクベスを演じたミケレッティ(右)は、ムーティお気に入りのバリトンだという。トリノ王立歌劇場《マクベス》から ©Mattia Gaido

楽屋でムーティが飛ばしたジョークの意味は……

ムーティ指揮の公演で常に印象に残ることがある。あまり話題にされないのだが、今回はとくに強く感じたので紹介したい。それは、歌手だけでなく、合唱のセリフも明確に聴きとれることだ。ムーティは声楽を伴った作品の場合、ソリストだけでなく合唱にも歌詞の発音を厳しく要求する。

ここから先は余談になるが、劇場の広報課に誘われて終演後ムーティの楽屋に、ほかのジャーナリストや近しい人たちとともに挨拶にいくことになった。マエストロは陽気ではあったが疲れた様子だったので挨拶は手短なものになったが、筆者を見るなり「やあ!オンガクノ……!」と笑顔で握手。また「4月には日本に行くんです。フェニーチェ劇場はメストレに遠征するが、われわれは日本に行く」と快活なジョークを飛ばした。

これを解するには説明が必要だ。ヴェネツィアのフェニーチェ劇場では次期音楽監督の選任をめぐって、総裁とオーケストラの間であつれきが続いているが、このトリノの公演の前日、フェニーチェ劇場のコンサルタントをしていた息子のドメニコ・ムーティが、「快く仕事のできる環境ではない」と辞任したのだった。彼に託された任務は同劇場の海外公演の拡充だった。

メストレとはヴェネツィアと橋でつながっている本土の町で、そこに「遠征」するわけはない。要するに息子の辞任劇を皮肉ったジョークだったのだ。むろん息子に対する皮肉ではなく、フェニーチェ劇場の現状に対するそれであったと筆者は理解している。

最後に公演についてどうしてもなにか一言伝えたいと思い、「マエストロ、なんと濃厚な公演!」と言うとうれしそうに「ありがとう!」と答えてくれた。

劇場を出て歩いていると、二人の若い女性が公演について話しながら歩いている。合唱団員だと思ったので「よかったですよ」と話しかけると、「今日のマエストロのテンポはふだんよりやや遅め」だったという。

取材・文
野田和哉 Kazuya Noda
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東京生まれ。明治大学文学部を卒業後、1983年からイタリア在住、ピアチェンツァのG・ニコリーニ音楽院声楽科を卒業。30年以上前に『音楽の友』への執筆を始め、現在にいた...

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