レポート
2018.05.29
音楽の習いごと de 成長する! File.01

音楽あそびの先にあるリトミック本来の“ねらい”が子どもの内面を育てる

「我が子に音楽の習いごとを……」とお考えのパパ・ママ、必見です。

音楽教室も多様化し、王道のピアノやヴァイオリン、フルートなどの管楽器のほか、ギターやドラムなどポップス系の楽器、お箏などの和楽器、児童合唱団やミュージカルなど、自分が子ども時代にはなかったジャンルや運営方針の教室が出てきています。

「うちの子には何が向いているの?」など迷ったとき、「その習いごとが子どもたちにどんな成長をもたらすのか」を知って選んでほしい——そんな願いをもって、音楽教育ライターの小島綾野さんが習いごとの現場や先生を取材します。

初回は「リトミック」。幼児の音あそび、リズムあそびのイメージが強いけれど、その先にある本質はもっと奥深いのです!

ナビゲーター
小島綾野
ナビゲーター
小島綾野 音楽ライター

専門は学校音楽教育(音楽科授業、音楽系部活動など)。月刊誌『教育音楽』『バンドジャーナル』などで取材・執筆多数。近著に『音楽の授業で大切なこと』(共著・東洋館出版社)...

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リトミックの先生の勉強の場に潜入!

「リトミック」。近年では幼稚園・保育園での活動に組み込まれたり、子育て支援のプログラムなどで取り上げられたりと、知名度・人気ともに急上昇中のようです。

一方、現在の親世代が子どもの頃には今ほど知られていなかったこともあり、パパ・ママには「レッスンではどんなことをするの?」「リトミックで子どもにどんな力がつくの?」などという「?」も多いはず。そこで、リトミックの教員養成の教室にお邪魔してきました。

教室に参加しているのは、幼稚園でリトミックの出張授業をしている先生や、ピアノとリトミックの教室を開いている先生など8名。講師の大城依子先生は、スイスの作曲家/音楽教育家でリトミックの創始者であるジャック=ダルクローズのメソッドをアメリカやスイスで学び、その国際ライセンスをもって、日本での後進指導に努めています。

そんな偉大な肩書きとは裏腹に(?)レッスンの雰囲気はごくアットホーム。ゴールデンウィーク明けのこの日、大城先生はまず「どこか出かけた?」と問いかけ、こんな面白い活動を始めました。

リズム、ソルフェージュ、即興演奏という3つの要素を学ぶことが、ダルクローズの提唱するリトミックに大切だという大城先生
今回の先生のプロフィール:大城依子(おおき・よりこ)

国立音楽大学教育音楽学科リトミック専攻卒業。Carnegie Mellon University Dalcroze Training Center にてダルクローズ・サーティフィケイト取得。Institut Jaques- Dalcroze Genève(ジュネーヴ、ダルクローズ音楽院)卒業。ダルクローズ・ライセンス取得。

日本ジャック=ダルクローズ協会常任理事。日本ダルクローズ音楽教育学会会員。日本ソルフェージュ研究協議会会員。全日本ピアノ指導者協会(PTNA)正会員。リトミック研究センター東京第一支局指導スタッフ。

國學院大學非常勤講師。都立高等学校市民講師。「ユーリズミクス 大人のリトミック」(二子新地)、「リズムの森」(横浜)、ピアノ即興演奏サークル講師。ピティナ、スズキメソード、カワイ音楽教室など各地でリトミック講師。2015年~シンガポール、マレーシアにてリトミック指導。

音楽に合わせて体を動かすって、すごく楽しい!

「横浜」「新宿御苑」などいろいろな地名が挙がり、「横浜」なら「タタタタ」、「Bunkamura」なら「タンタタタ」などのように、まずはイントネーションに合わせて手拍子でリズムを打ってみます。それだけでも面白いリズムをいっぱい発見!「ディズニーランド」や「上大岡」など、ユニークなリズムをもつ言葉もたくさん。日頃、当たり前のように口にしている言葉の中にも、心躍るリズムがひそんでいるのですね。

ゴールデンウィークに出かけた地名のイントネーションを手拍子にして、リズムをつくる

さらに「紅葉坂」「横浜」「戸塚」「千葉」「津」……すなわち1~5文字の地名を揃え、それぞれ1文字目で手拍子を打ちながら「みじざか・こはま・つか・ば・」と続けて唱えてみると……変拍子の拍の流れが出現! 言葉から生まれた不思議なグルーヴを何度も唱えているうち、体も動き出してきます。そこに大城先生のピアノの即興演奏を加えれば、地名があっという間に変拍子の素敵な音楽に!

次はペアになり、体の動きも使ってこの音楽をさらに楽しみます。まずAさんが5拍分の間、宙に線を引くような仕草を。BさんはAさんが引き終えた線を受け取り、4拍で線を伸ばします。さらにAさんは3拍で……というように、拍の長さに合わせて交互に宙へ線を描く作業。

最初は探り探りという様子で始まりますが、大城先生のピアノに合わせ、5・4・3・2・1・5・4・3・2・1……と繰り返す変拍子にのって線を描いていく2人の動きは、興に乗っていくほどダンスのようにどんどん広がっていきます。音楽に合わせて体を動かすって、自分自身でも説明できないような、心の奥底から次々と湧き上がってくるような喜びなんですよね!

音楽を通して学ぶ「コミュニケーション」

同じ拍の流れ・同じ音楽を共有しながらも、上に行く人・下に行く人・直線を引く人・曲線を引く人……動き方には1人ひとりの個性が表れ、その人の性格(無難なところから始めたい人か、人と違うことをやりたい人か……など)、あるいはその人の音楽の感じ方(音の強弱や高低、旋律やフレーズの流れなどを体の動きにどう反映させるか)も一目瞭然です。

ペアの相手が突飛な動きをすれば「そうきたか!」と自分も応酬したくなるし、他のペアの動きからアイデアをもらって自分たちの動きに取り入れることも。

言葉のやりとりは一切ありませんが、それはまさに「コミュニケーション」。音楽と体の動きを通して自分を表現・主張し、相手の個性や考えを理解し、意思の交流があり、影響を受け合い、そして新しいものが生まれていく……それは難しい言葉や作法を交わすことよりももっと前にある、「コミュニケーション」「人と人との関わり合い」というものの原点なのかもしれません。

楽典、音楽の知識を「体感」する

今度は音が1拍・2拍・3拍・4拍……と順に増えていく曲を使い、さらに発展した活動を。直径1mほどのゴムひもの輪を4人組で持ち、音がのびている時間の分だけ1人ずつゴムひもを引っ張ります。ゴムだから当然、引っ張るときには抵抗がかかるわけですが、その「重み」は音の「重み」でもあるのです。

多くの人は音楽を学ぶとき、楽譜を見ながら「これは4分音符。1拍分のばすんだよ」「これは全音符だから4拍のばす」……というふうに音符を覚えたことでしょう。

しかし、その本質を理解する機会がないと、楽譜をなぞるだけの無味乾燥とした演奏になってしまったり、「音符の分だけしっかり音をのばす」ということに意識を払わず、適当に音を切ったりしてしまいがち。

でも、こうして音の長さを体で感じ、身をもって音のエネルギーを実感すると、1つひとつの音がどれだけの存在意義をもつものかもわかり、すべての音符がなくてはならないもの、とても愛おしいもののように思えてきます。

それはどんな楽器を演奏するにしても、またプロの音楽家にもアマチュアにも、これから音楽を始める子どもたちにも、常に忘れないでいてほしいこと。音楽に親しみ・音楽を愛する人になってほしいと思うなら、演奏テクニックを磨いたりたくさんの曲を覚えたりするよりも前に、子どもたちに知ってほしいことでもありますね。

「歌う」や「聴く」ことも上手になる!

リトミックには「体を動かす場面」だけではなく、歌ったり、楽器を即興で演奏したりする場面もあります。

この日は「パートナーソング」に挑戦。《ぞうさん》+《うみ》+《赤とんぼ》、あるいは《かえるの合唱》+《大きな栗の木の下で》など、まったく違う曲なのに同時に歌うときれいな音の重なりが生まれ、簡単にハーモニーが味わえるというものです。

とはいえ上手に音を重ね、美しいハーモニーをつくるためにはコツが必要。それは「相手の声をよく聴く」ということ……これもまた、音楽をやるために・社会で生きていくために必要不可欠なことですね。ありったけの声で自己主張するだけでなく、自分をある程度コントロールして相手の声を聴き、互いの声を重ねようという意志が持てたときだけ、そのご褒美のように現れるハーモニー……「どうして自分ばかりが主張してはいけないのか」「なぜ相手の声(=意見)を聴くことが大切なのか」も、歌の中で実感できます。

パパ・ママの「こんな人になってほしい」を叶える

2時間の教室を終えたところで、大城先生と受講者の先生方にお話を伺いました。この日の活動を通して実感したとおり(本当はもっとさまざまな活動があったのですが、紹介しきれないので泣く泣くカットします)、「リトミックとは音楽教育法であると同時に、音楽を使った総合教育なのです」と大城先生。

「リトミックで育まれる力は、たとえば集中力をつけることや、お友達に配慮すること、積極性やリーダーシップ、感情をセルフコントロールすること……多くのお父様やお母様がお子さんに対して願う『こういう人間になってほしい』『こういう大人に育ってほしい』という人間像そのものなんです」

もちろんリトミックで得た音楽的な能力が、子どもたちの音楽人生に直接役立つこともたくさんあります。

「お子さんがいずれ楽器をやるにしても……演奏のテクニックだけはその楽器を触らなければ学べませんが、リトミックではそれ以外の、音楽に必要ないろいろなことを楽しく学べる。音感や読譜力もリトミックで学んだほうが早く身につきますね」

「それで将来的に音楽の道に進んでもいいし、もしくはスポーツ選手になったり理系に進んだりしても、リトミックで得た“生きる力”は絶対役立ちますね」と先生方も語ります。

それから誤解されがちなことですが、リトミックは幼い子どもたちだけを対象にしたものではなく、中学生や高校生、コミュニケーション能力を高めたい社会人、生涯学習として楽しみたい高齢者まで、あらゆる年齢層の人々が享受できるものでもあるのです。

三枝成彰・作曲の「アルペジオの練習」を伴奏に応用し、《こいのぼり》や《どんぐりころころ》などのメロディを合わせて、ピアノでもパートナーソングを実践。ある程度の年齢で取り組んだほうが、さまざまな活動ができて、本来のリトミックの目的を達成できる

リトミックの効果は、目には見えない

リトミックを指導する先生方が、保護者の方に知っておいてほしいことは、「音楽あそびに見えても、必ずねらいがある」ということ。傍から見れば楽しく遊んでいるだけのように見えてしまう(?)リトミックですが、指導者には必ず「この活動を通して、子どもたちにこれを身につけさせる」というねらいをもっています。

ピアノなどの楽器の習いごとと違い、子どもたちは「まじめに練習する姿」「難しい曲が上手に弾けるようになる姿」を見せてくれるわけではありません。でも、子どもたちの内面にはめざましい変化と成長が起きているのです。

「だから保護者の方にも、焦らず根気よく見守っていてほしいですね。教室では泣いてしまって一緒に活動できなかった子も、お家に帰ってお母さまと同じ活動を繰り返してみたらできることもあります。つまり、耳ではしっかり聴いていたということ。レッスンのときにはずっと床に寝そべっていた子が、実は床に響くみんなの足音を聴くことで音楽を感じていた……ということもありました。お父さまやお母さまも、もしお子さまがお友だちと同じように活動できなくても『なんでできないの!』と叱ったり不安になったりするのではなく、ニコニコしながら楽しんでくだされば、お子さんもお子さんなりに音楽を味わえると思います」と先生方は微笑みます。

そして、皆さんが口を揃えて言うのは、「リトミックの良さは、自分で体験してみればすぐにわかる!」ということ。この楽しさや心の高鳴り、自分の中で何が動き・何が変わるのか……リトミックに興味をもたれたら、ぜひ自分自身の心と体で確かめてみてください!

子どもたちに教えるため、この教室の先生方は学びつづけている。大人でも難しいメニューは、生徒の年齢に合うように応用する
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小島綾野
ナビゲーター
小島綾野 音楽ライター

専門は学校音楽教育(音楽科授業、音楽系部活動など)。月刊誌『教育音楽』『バンドジャーナル』などで取材・執筆多数。近著に『音楽の授業で大切なこと』(共著・東洋館出版社)...

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