~儚くも美しい究極の美音で紡いだ<月の光>~

【連載】プレスラー追っかけ記 No.7
<リサイタル編:その4>

レポート
2018.01.25

94歳の伝説的ピアニスト、メナヘム・プレスラー。これは、音楽界の至宝と讃えられる彼の2017年の来日を誰よりも待ちわび、その際の公演に合わせて書籍を訳した瀧川淳さんによる、来日期間中のプレスラー追っかけ記です。
(「その3」からのつづき) 


追っかけた人
瀧川淳 翻訳者・熊本大学準教授・音楽教育学者
瀧川淳
追っかけた人
瀧川淳 翻訳者・熊本大学準教授・音楽教育学者
『メナヘム・プレスラーのピアノ・レッスン』(ウィリアム・ブラウン著)訳者。 音楽教育学者。音楽授業やレッスンで教師が見せるワザの解明を研究のテーマにしている。東京芸術...

 ショパンは、マズルカ3曲とバラードの3番が演奏されました。

10月16日のチラシ

 作曲した作品のほとんどをピアノのために書いたショパンに対して、ピアニストでもない自分が書けることはそう多くないのですが、マズルカは、あくまで自然で味わい深い節回しと3拍子の粋なアゴーギグが、ショパンのマズルカとは「こうあるべき」と思わせる説得力を持っていました。

 またバラードは格調高い演奏でした。高度なテクニックをこの曲が必要とすることは容易に想像できます。そして、プレスラーも寄る年波には勝てないといいますか(このことは本人が一番痛感していることだと思うのですが)、この曲では苦しさを隠せない箇所があったことも事実です。

 しかしそういった難も、プレスラーさんはそれが正しいかのように次へつなぐのです。これは「円熟した素晴らしい音楽性が技術を超えて……」なんていうピークを過ぎた演奏家に使われるありきたりの文言で片付けてほしくない“生の音楽”でした。

◇ ◇ ◇
ここで実感したのは、プレスラーさんが徹頭徹尾、創造者であり対話の人だということです。

彼は、その瞬間瞬間で、作曲家と対話し、聴衆と対話し、そして自分が出した音と対話する。そのようにして紡がれた音々が、刻一刻と生まれる“生の音楽”としてホールに響きわたったのです。

また、これは翻訳を通して、2年半もの濃い時間をプレスラーさんと仮想的に(笑)過ごした私の個人的な感じ方ですが……彼のショパンの演奏から、プレスラーさんが青年期を過ごした1930年代後半から40年代前半までのドイツやパレスチナでの過酷な出来事(そのいくつかはインタビュー記事などにも掲載されていますが、詳細は訳書『メナヘム・プレスラーのピアノ・レッスン』をぜひ読んでみてください)と、その時に彼が受けた愛情が、ふと脳裏に浮かんだのです。

スタンディング・オベーションに応えて演奏されたアンコールは、2曲。CDやDVDで何度となく耳にし、また私が唯一実演に接したことのあるショパンの遺作と、ドビュッシーの〈月の光〉です。

「ppよりも静かな音を弾く能力」(『メナヘム・プレスラーのピアノ・レッスン』p.203)で弾かれた〈月の光〉。最初の一音のなんと儚くも美しい響きだったことか。あんなにもかすかに響く弱音が、いかにしてあのサントリーホール全体を包み込むことが可能なのか? もはや、聴衆一人ひとりの内面に直接響く神の声としか表現できない究極の美音としか言いようがありません。

NHK BSプレミアム「クラシック倶楽部」では、公演の最後を締めくくった〈月の光〉の「儚くも美しい」音色に感動すること間違いなしです。

 

◇ ◇ ◇
そして、彼に弾かれたピアノは、というと……。

一緒に聴いたソプラノ歌手の松本美和子さんが終演後にもらしたこの感想以上の言葉が見つかりませんでした。

「ピアノが一番喜んだんじゃないかしら? すごく素敵に愛撫されているようで。ピアノは『もう誰にも触られたくないわ』って言ってるわよ」

またあるピアニストの感想も素敵でした。
「彼の両肩に小さなエンジェルが飛んでるのが見えたわ」

……この日一番の幸せ者(物?)はピアノだったに違いありません。

この夜、打鍵の際の「コツッ」という音を一度も聴くことはなく、また決して音楽が声を荒げることもなく、静かな響きがホールに静寂を作り出しましたが、静寂とは、聴く者の五感を研ぎ澄まし、自然とその発露に身体を向ける作用があるのでしょう。あの会場にいた聴衆全員が、プレスラーを通して一体となるのを感じました。

例えるなら、サントリーホールが母プレスラーの子宮となって、その子宮の中で私たちは慈悲深い子守唄を聴いているように。

つづく

リサイタル後、安堵の微笑みを見せるプレスラーさん。写真は、愛弟子であるピアニスト・寺田悦子さんご提供

メナヘム・プレスラー Menahem Pressler

1923年、ドイツ生まれ。ナチスから逃れて家族とともに移住したパレスチナで音楽教育を受け、1946年、ドビュッシー国際コンクールで優勝して本格的なキャリアをスタートさせる。1955年、ダニエル・ギレ(vn.)、バーナード・グリーンハウス(vc.)とともにボザール・トリオを結成。世界中で名声を博しながら半世紀以上にわたって活動を続け2008年、ピリオドを打つ。その後ソリストとして本格的に活動を始め、2014年には90歳でベルリン・フィルとの初共演を果たし、同年末にはジルベスターコンサートにも出演。ドイツ、フランス国家からは、民間人に与えられる最高位の勲章も授与されている。また教育にも熱心で、これまで数百人もの後進を輩出してきた。世界各国でマスタークラスを展開し、またインディアナ大学ジェイコブズ音楽院では1955年から教えており、現在は卓越教授(ディスティングイッシュト・プロフェッサー)の地位を与えられている。

ウィリアム・ブラウン William Brown

『メナヘム・プレスラーのピアノ・レッスン(原題:Menahem Pressler : Artistry in Piano Teaching)』著者。
インディアナ大学でメナヘム・プレスラーに師事し、その間、ピアノ演奏で修士号と博士号を取得。ソリスト、室内楽奏者として活躍するかたわら、アメリカ・ミズーリ州にあるサウスウエスト・バプティスト大学の名誉学部長ならびにピアノ科名誉教授でもある。ミズーリ州音楽教師連盟前会長、パークウェイ優秀教師賞受賞。『ピアノ・ギルド・マガジン』や『ペダルポイント』誌などへの寄稿も多数。

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