
プロコフィエフ《炎の天使》をゲルギエフが絶演

ロシアの11月の音楽シーンから、注目のオペラ公演を現地よりレポートします。

1941年12月創刊。音楽之友社の看板雑誌「音楽の友」を毎月刊行しています。“音楽の深層を知り、音楽家の本音を聞く”がモットー。今月号のコンテンツはこちらバックナンバ...
取材・文=浅松啓介
Text=Keisuke Asamatsu
神秘やオカルトの要素を併せ持つゴシックな作品
ドストエフスキーやトルストイ、ゴーゴリ、ツルゲーネフなど豊かな文学作品を生み出しているロシアは、一大文学生産地である。音楽や美術だけでなく、文学もロシア文化の一大ジャンルだ。そうした文学作品は作曲家を惹きつけ、オペラ化への欲求を高めるものでもあるのかもしれない。世界中の劇場にひんぱんにかかるチャイコフスキーの《エフゲニー・オネーギン》をはじめ、プーシキンなどのロシア古典とされる文学作品がオペラになったものは枚挙にいとまがない。
しかし、なにも古典ばかりがオペラの題材になってきたわけではない。セルゲイ・プロコフィエフは、さまざまな文学作品をオペラ化した作曲家として知られる。トルストイの『戦争と平和』やドストエフスキーの『賭博者』がプロコフィエフのオペラの題材となり、オペラとしてもマリインスキー劇場の定番演目になっている。こうしたロシア文学を元にしたオペラのうち、ひときわ目をひくタイトルの作品がある。それは、《炎の天使》である。

《炎の天使》は、ヴァレリー・ブリューソフの同名の小説が元になったオペラ(プロコフィエフ作曲)だ。タイトルを見るにつけ、アニメなのかと疑いたくなるような響きがある。あながちそうした所感を持つのも無理はなく、この作品はプーシキンのような「古典」ではない。ゴシックな作品だ。神秘、幻想、ホラー、オカルトなどの要素を併せ持ったジャンルで、18世紀末から19世紀の最初の頃にかけて流行った。ブリューソフの『炎の天使』は1908年発表であるから、この流行から1世紀近く後ということになるが。ロシア語で書かれた作品でありながら舞台は16世紀ドイツ。メフィストフェレスやファウストまで登場する作品だ。
じつはこの作品、マリインスキー劇場では定期的に演奏される。世界初演は演奏会形式で、フランスのパリで行なわれたのが1954年。マリインスキー劇場での初演は比較的最近で、1991年のことである。いまでもマリインスキー劇場初演当時の、デイヴィッド・フリーマンの演出で上演されている貴重な作品だ。
魔術的な響きで作品の真価を引き出す
11月18日、マリインスキー劇場第1ステージで、そのグロテスクな舞台が再演された。しかも音楽監督のヴァレリー・ゲルギエフみずからの指揮によって。さまざまな演奏があるなかで、このグロテスクで魔術的な響きは、ゲルギエフでないと出せないように思われる。不思議な呪術感のするオーケストラの演奏だ。
マイナ・バヤンキナ(S)の歌う主人公レナータが魔術の儀式を行なうシーン(第2幕)など、一心に黒魔術を遂行しようという狂気を演じ歌いつつ、オーケストラが絶妙なウェーヴ感を出していて、聴いているこちらの目が回るような錯覚に陥った。あたかも、目の前で行なわれている魔術にかかってしまったかのように。それくらい絶妙にテンポを揺らし、疾走していく音楽の魔術にハマってしまった。
エフゲニー・ニキーチン(Bs-Br)の歌うルプレヒトはレナータに心を寄せ、「正常」なキャラクターを演じるのだが、この対比も大変すばらしかった。「正常」に戻され、「狂気」が交互にやってくるので、否が応でも何度も非正常性を味わわされる。魔術をかけるときに、周りでうごめき、不思議な動きを繰り返す全身白塗りのほぼ全裸の男性(悪魔)たちが、異様さを増大させていた。
アントン・ハランスキー(T)が歌うアグリッパのところへ、ルプレヒトが向かう。その経過には、同作曲家のバレエ《ロメオとジュリエット》をほうふつとさせるオーケストラの怒涛の全奏がなされ、舞台上は暗転してその悪魔たちがレプレヒトにまとわりつく。その姿がとくに際立って、おどろおどろしい世界に引き込まれてしまった。不思議な魅力があるのである。
修道女たちが踊り狂う最後の幕も、その狂気が著しく心に残るものだった。休憩を1回挟んで計3時間かからないサイズ感ということもあり、冗長さがなく、こうした狂気もうっとうしさを感じない。むしろ、病みつきになりそうである。ある意味、魔術にかかってしまったのかもしれない。この作品の真価を引き出した演奏にブラヴォーを送りたい。
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