名実ともに新生!音楽監督に飯森範親を迎えた東京ニューシティのリブランディングとは
東京ニューシティ管弦楽団は、9月8日に記者会見を開き、体制の刷新を表明。在京オーケストラが9団体あることも意識して、オーケストラ文化の届け方や役割、新たなユースのあり方で新しい方向性を示した。
武蔵野音楽大学音楽学学科卒業、同大大学院修了。現在、武蔵野音楽大学非常勤講師。『音楽芸術』、『ムジカノーヴァ』、NHK交響楽団『フィルハーモニー』の編集に携わる。『最...
数年で急速に注目度を上げ、リブランディングへ
東京ニューシティ管弦楽団が、2022年4月に飯森範親・新音楽監督を迎えるとともに、名称も変更する記者会見を、9月8日、東京芸術劇場シンフォニックスペースで行なったことは、配信でご存じの方もいらっしゃることであろう。
記者会見のアーカイブ動画
1990年設立、昨2020年に創立30年を迎え、新音楽監督となる飯森範親は、既に2021年4月から「ミュージック・アドヴァイザー(次期音楽監督)」のタイトルで同団に登場している。東京ニューシティへの注目は、この会見以前、飯森範親にタイトルが付く少し前から、急速に上がってきた。
飯森範親とのブルックナー(2019年4月)や大友直人とのシベリウス(2021年4月)などで繰り出されるプログラムや変化著しいサウンド、そして、2021年5月、作曲家でありイタリア作品に精通する指揮者、杉山洋一との定期では、ニッコロ・カスティリオーニやジュゼッペ・マルトゥッチをプログラミング。清澄な響きで作品の魅力をストレートに伝え、イタリア近現代作品の魅力を再認識させた定期も、記憶に新しい。
この会見では、新音楽監督の就任とそれに伴う定期公演の発表にとどまらず、名称の変更、さらにはユース・アカデミーの発足など、オーケストラとしての根本姿勢から見つめ直したリブランディングの表明でもあった。会見には、飯森範親・新音楽監督、理事長・日野洋一、専務理事兼楽団長・齋藤正志、コンサートマスター・執行(しぎょう)恒宏が出席した。
飯森範親の就任を実現させた粘りと理念
同じ首都圏内のオーケストラ、東京交響楽団に四半世紀に渡って正指揮者のタイトルをもち、現在も特別客演指揮者にある飯森範親を、どのようにして新音楽監督に迎え得たのだろうか。楽団長の齋藤正志は、やはり最初は「しばらくは無理」と言われたという。
しかし、初めて飯森さんが関わった2019年4月21日の第124回定期、「東京ニューシティの音が変わり、スケールがひと回り大きくなったと感じました。団との相性も良かったとのだと思う。当時創立30周年を迎えようとしていた区切りのときで、運営面でも音楽面でも変革を必要としていました」(齋藤)。
2019年7月に実業家である日野洋一が理事長に就任し、運営面では変わった。音楽面では、定期演奏会の回数を増やし、指揮者やソリスト、スタッフの充実を図るなどの検討が始まった。最大の課題が、楽団のリーダーとなり得る音楽監督。楽団の将来像を示し、イメージを一新できる指揮者でなければならなかった。
「地方のオーケストラを劇的に変えた実績をもたれ、タイトルをもつ、いくつかのオーケストラでも成果を上げていらっしゃる飯森さんに白羽の矢が立ちました。すべてのことを発展させ、新たなものを創っていくうえで最高の方だと、理事会でも満場一致で賛成を得て、交渉に入りました」(齋藤)。
「無理」と言われても「かなりしつこく話した」そうで、2020年10月1日付けで〈相談役〉に、2021年4月に〈ミュージック・アドヴァイザー〉のタイトルを付した折には〈次期音楽監督〉も付け、確約を得たという。「これは、たぶん楽団全体の想いの集約ではないか。少し前からオーケストラの音が変わったのも、希望の反映だと思う」(齋藤)と、ラブコールが実った喜びを語っていた。
コンサートマスターの執行も、「昨年のブルックナーは、3日間の練習でオーケストラの音が劇的に変わった。楽団員の求心力も飯森氏に集まった。今後は、海外のオーケストラとの経験が豊かな飯森さんと、今まで当団に足りなかった各国の歴史・言語・形式などの色付けを創り上げていけたら」と話す。楽員側からの熱望も結実し、これからの東京ニューシティに一層の期待が寄せられよう。
ミッションを根本から考え直してリブランディング
飯森を動かした要因に、理事長である日野の理念も大きかった。
「(西洋音楽の)時代の変遷に伴い、パトロンも、王や教会から市民へと変わった。1人でも多くの方に、良質な音楽――クラシックという語は、本来『一流のクラス』『素晴らしい』という意味を持ち、何百年も演奏され続けてきた――を届けるのがオーケストラの最大の使命。(東京ニューシティ)30年の歴史の中で、リブランディングに至ったのは、単なる名称変更ではなく、そのミッションを改めて考え直し、足元をはっきりさせたいという決意の表明」と、根本理念から説明し、新しい取り組みの3つの方向性を披露した。
「1つは、新音楽監督を迎えるにあたり、これまで以上に楽団員の個性を発揮し、話題性のある公演をプロデュースし、市民に愛され、また、世界に誇れるオーケストラになること」。すべての楽団が目指していることでは……と思われよう。東京21世紀管弦楽団が昨年旗揚げしているので、東京で最新設立のプロフェッショナル・オーケストラとは言えなくなったが、それでも、創立から30年の蓄積を経て、次の段階へと機が熟し、新たな地平への意欲であり決意が漲る方向性であろう。
「2つめは、アカデミー設置の計画。一般的に言われるユース・オーケストラだが、若い音楽家に、日本の伝統文化芸術を学ぶ機会を提供するところに特色がある。茶道家・木村宗慎氏にも理事に加わっていただき、日本の伝統文化の価値観をきちっと世界に発信し、その中でまた新しい創造活動に携われる、どこにおいても世界に通用するような音楽家を育てたい。日本の伝統文化、そしておもてなし文化の集大成である茶道を採り入れながら、新しい切り口で音楽家を育てていきたい」。
グローバル社会が定着するに従い、真にグローバルに信用を得ていく素地として、専門技術とともに自身の文化基盤への造詣も求められてきたが、オーケストラのユース組織での提供は画期的だ。
募集は2023年からを予定とのことで、ユース・オーケストラの規模での募集人数になるとのこと。
「3つめは、時代を超えて音楽のもつ価値を、パトロンである市民の皆さまと分かち合うというミッションのもとに、多様なライフスタイルの接点・共感のある体験をコミュニティの皆さまともちたい。積極的にクラシック音楽を通じたコミュニティを形成することによって、音楽を通じたメンバーシップを作っていけたらと思う」。
この2点に関しては質疑応答でも踏み込んで語った。
「例えば、書院造、寝殿造、数寄屋造という言葉は知っていても、その違いはよくわかっていない。音楽であれ建築文化であれ、記号として名称は知っていても、中身はほとんどわかっていない。これが喪失感であったり、自国の文化伝統の背景に自信が持てなかったりしている。それを払拭したい。
文化庁のアンケート調査によると、約6~7割の方が文化芸術に参加したいと思っているのに、実際参加している方は3~8%しかなく、10分の1しか顕在化していない。
その最大の理由として、身近にきっかけがないとか、お稽古する場がないなど、アクセスの悪さを挙げている。ミドルコンテクストがなくて、一部のマニア化された専門的なハイコンテクストのニッチな層の蓄積によって、今の文化発信がなされている。
一般の方も、ミドルコンテクストの手前ぐらいまで、その歴史的背景であるとか、文化的価値観や宗教的価値観なども理解したうえで、文化芸術に触れられればと、私自身を含めて思ったのがきっかけ。
これから世界を代表する音楽家を育てていくうえでも、音楽的スキルや才能を伸ばすだけではなく、我々が1万何千年に渡って培ってきた文化的背景などを文脈として押さえたうえで、西洋音楽をどう表現していくのか、また海外での交流の場において、一音楽家としてだけでなく、一文化人として、日本を代表する方たちになってほしい。そのバックアップをしたい。
中身については、音楽面では飯森さんを中心に指揮者や演奏家のご指導を仰ぎ、それとともに、茶道を中心に、日本のさまざまな文化についての講義を開催するなどのカリキュラムを組んでいきたい」
中・長期の目標を建て、新たな航海に乗り出す東京ニューシティが、首都圏オーケストラの一角に新たな存在感を示すことになろう。
2022年4月より名称も新たに「パシフィック フィルハーモニア東京」となり、ロゴも変更になる。太平洋を意味するパシフィックと採用したのは、マゼランが西回りで南米大陸を大西洋から太平洋に出た折、それまでの荒い航海に比べての穏やかさに「Mare Pacificum(ラテン語:穏やかな海)」と名付けたことにちなんでいる。
「“穏やかな”“平和な”を意味するパシフィックと、ギリシャ語philein, philos(愛する)に由来するフィルとによって、“愛のある調和”“調和のとれた”“愛情溢れる”ということを目指していきたい。太平洋ひいては世界に向けて、音楽を通じ、人と人、国と国をつなぎ、平和をもたらす、パシフィカするミッションが我々にはあると思う」(日野理事長)と新名称の由来を説明した。
リブランディングには、企業のブランドコンサルタントを幅広く手掛ける株式会社takibi代表取締役・朝倉昇誠、ロゴデザインにはニューヨーク・アート・ディレクター国際賞を受賞しているアンドレス・フェアーが関わった。
新ロゴマークに縦に2本の線が走っている。黒いライン(右側)は、弦楽器の弦であり、管楽器の管であり、打楽器のスティックを象徴している。金色のライン(左側)は、マエストロの指揮棒(タクト)を表している。
このシンボルマークは、楽団員とマエストロが一体となって新しい音楽の航海に進む決意を表す。欧文表記であるのは、グローバルを意識してのこと。
プログラムには定番曲に「ぜひ知ってほしい」作品をプラス
2022/23年シーズンからは、年9回の定期を計画。7回は東京芸術劇場、2回はサントリーホール、そして「地元として大切に思う」練馬での定期を1回予定している。
飯森が「定番の交響曲、協奏曲にプラス、演奏しなければいけない、また、この作品は知ってほしい、ぜひ紹介したいと思う近現代作品を組み合わせたラインナップにした」と語る新たなコンセプトのもと、日本初演作が組み込またプログラムに、国内外で活躍のゲスト指揮者や若手ソリストたちが登場し、意欲に溢れた定期が待っている。
音楽監督就任記念公演となる第148回定期では、スティーブ・ジョブズを描いたオペラで、2019年グラミー賞最優秀オペラ・レコーディング賞を受賞しているメイソン・ベイツ(DJでもある)が、「YouTubeシンフォニーオーケストラ」第2回に書いた作品《マザーシップ》を日本初演。二胡や尺八、電子音響等、多彩な独奏楽器が登場する。
第149回(22年6月)には、〈コンポージアム〉(2013)やN響〈Music Tomorrow〉(18)など、同時代作品での登場が印象深く、作曲家たちからの信頼も厚いステファン・アズベリー(指揮)を招聘。ゴリホフのチェロ協奏曲《アズーレ》(この9月末に読響&宮田大で日本初演予定)を、横坂源に交渉中とのこと。第150回(22年7月)には、若手の最注目歌手、森谷真理(ソプラノ)と大西宇宙(バリトン)がツェムリンスキーの声楽付き交響曲《抒情交響曲》で揃い、第151回(22年9月)にはフランスのヴァイオリン奏者デュメイが弾き振りで登場。
第152回(22年10月)では、人気Youtuber「かてぃん(Cateen)」こと角野隼斗が、イギリスを代表する作曲家アデスのピアノ協奏曲を日本初演する。幅広いファンをもつアデス作品と、チャンネル登録者数80万のかてぃんのコラボは楽しみだ。そして、園田隆一郎の「指揮者就任披露」となる23年1月の第154回では、ビゼーの交響曲《ローマ》が聴ける貴重な機会となる。
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