ベートーヴェンの名を冠したウィーンのスピーカーで聴く! エポックメイキングな音楽
ベートーヴェン生誕250周年の今年2月、ベートーヴェンの名前を冠したスピーカーがウィーンで誕生!
これはどんな音がするのか、聴かないわけにはいかない!……ということで、ベートーヴェンの最重要CDを、ベートーヴェン研究者の平野昭さんに厳選していただき、ベートーヴェン・スピーカーで聴く会を開きました。
巨匠の名を持つスピーカー、ニューモデル誕生
ベートーヴェンの名を冠したスピーカーの新モデルが、作曲家のメモリアル・イヤーに誕生した。音楽之友社オーディオ試聴室に運び込まれたのは、「Beethoven Baby Grand Reference」。作曲家の名からすると、少々意外なほど(?)見た目に威圧感はない。スリムで美しく、落ち着いた佇まいで私たちを待っていた。
1989年創業のメーカー、ウィーン・アコースティクス(Vienna Acoustics)によるもので、モデルチェンジは3回目とのこと。ただし、事前に「発売時期」を想定することなく、本当に納得のいく製品しかリリースしない会社だけに、今回のニューモデルがベートーヴェンの生誕250周年に発表できたのは、「たまたま、偶然!」とのことだ。これぞ“運命”の名機か!?
巨匠の顔が裏側のプレートに描かれているスピーカー、いったいどんな音がするのか、ベートーヴェン研究者の平野昭さんにお持ちいただいたディスクで、その響きを味わった。
オリジナル楽器とモダン楽器で、ピアノ・ソナタを聴き比べ
平野 うちには何万枚もCDがあるからね、ベートーヴェンだけでも選ぶの大変だったんだけど……今日はオリジナル楽器とモダン楽器で聴き比べするのはどうかなぁと思って、いくつか持ってきました。
飯田 ありがとうございます。ベートーヴェン演奏も、昨今では当時の演奏習慣の研究が進んで、新たな作品像を聴かせてくれる録音が出てきますね。ぜひ、先生のチョイスで聴いてみたいです。
平野 じゃあまずは、ピアノ・ソナタを聴きましょう。第30番作品109ホ長調の第1楽章ね。ベートーヴェンのピアノ・ソナタの完成期にあると言える作品で、同時にピアノ・ソナタそのものの歴史の最終段階にある作品と言っていい。ソナタの至宝のような曲です。
作曲は1820年なので、かなりロマンティックだし、シューベルトやシューマンの音楽、その先の19世紀のピアノ音楽へのつながりが感じられます。
渡邊順生が弾く、シュトライヒャーのフォルテピアノ
平野 1枚目は、渡邊順生(わたなべ・よしお)さんが、1818年のナネッテ・シュトライヒャー製造のフォルテピアノを使った録音です。
〜試聴〜
飯田 当時の楽器のハツラツとした音の立ち上がりや、音域ごとに示される豊かなキャラクターが感じられました。なんというか、生々しいですね。
平野 当時の楽器は音の減衰が速いので、そういう特性もハッキリ聴こえましたね。ベートーヴェンらしい荒々しさを感じさせるタッチや、渡邊さんの繊細な操作による弱音もとても綺麗。フォルテピアノで聴くことで、ベートーヴェンが意図したものが伺い知れる。
このスピーカーは、それをすごくクリアに伝えてくれるなぁ。
飯田 お家で聴かれたときとは、また違った印象ですか?
平野 そうですね。家ではもう30年ものの、これよりも3倍くらい大きなスピーカーを使っているんだけど、それよりずっとクリアです。
集音装置が取り付けられたブロードウッドのピアノ
飯田 実は私も1枚CDを持ってきました。晩年のベートーヴェンが使用したブロードウッドのピアノ(レプリカ)による演奏です。難聴が進行していたベートーヴェンのために、ブロードウッドには集音装置が取り付けられたそうですが、その再現を試みたチームによる録音なのです。
〜試聴〜
飯田 先のシュトライヒャーの音に比べると、よりモダンピアノ寄りの音がしますね。
平野 かなり違いますね。使われているハンマーが違うから丸くソフトな印象。ダンパーペダルをかなり使用しても、あまり音が伸びていないので、そこがモダン楽器とは違う。
ポリーニのモダンピアノの録音
平野 では、モダン楽器で聴いてみましょう。ポリーニの録音です。彼は1970年代にベートーヴェンのソナタ全集を番号の後ろから順に作っていったんですが、それが完結し、しばらくしてから2回目の収録に入ったんですね。正直、最近の演奏はどうかな……と思っていたのですが、これが素晴らしいのです。
飯田 2019年! 新しい録音ですね。
〜試聴〜
飯田 なんと! ポリーニというと、硬質なタッチという印象が強かったですが、まったく違うんですね! ピアノそのものも、木の風合いを感じる温かみがあって、弦とダンパーが擦れ合う音や、ポリーニの鼻歌もかすかに聴こえて、とても人間らしい録音で感激しました。
平野 そう。素晴らしいでしょう? 昔はポリーニというと、非の打ち所のない、冷徹なイメージもあったけれど、これはすごく音楽的で。僕もこのマスターテープを聴いたときに驚いてしまって、CD発売のときに解説を書きました。年齢もあるかもしれないけれど、ポリーニは今までとは違う領域に入ったんですね。
いやぁしかし、こういういいスピーカーで聞くと、奏者の息遣い、臨場感、思いのこもった音楽が一層楽しく聴けますね。
ウィーン・アコースティクスは、アンプやプレイヤーなどは製造せずに、スピーカーに特化して作っている会社。すべての製品はウィーン郊外で製造。
2020年2月20日に「Beethoven Concert Grand Reference」と「Beethoven Baby Grand Reference」の2種類のニュー・モデルがリリースとなった。本記事で試聴しているのは後者だ。
CDプレーヤーとアンプは、スウェーデン生まれのブランド、プライマー(PRIMARE)のCD35とI35。音もデザインもナチュラルで、スピーカーとの親和性が高い。
ピアノのサイズを表す「Concert Grand」と「Baby Grand」という言葉が採用されているのは、いかにもベートーヴェンらしい。ちなみに、同社では他にもモーツァルト、マーラー、ハイドン、クリムトの名を冠したスピーカーも発売している。
外観はイタリア産の木材を使用し、縦型のかなりスリムなデザイン。奥行きがあり、各辺は緩やかな曲線を描いているため、音が前方向だけでなく、後ろへも回りこみ、豊かな音場(※音楽が聴こえてくる空間)が形成されるように計算されている。
実際に振動し、音の出口となる「ユニット」部は、奥に凹んだ形をしているのが一般的だが、このモデルは平らだ。2つの素材で作られたフラットコーンを採用していて、音源再生時にわずかなタイムラグも発生させることがない。
高音域のユニットは口径が小さく振動板を軽くすることで、刺激的な高音ではなく、スムーズでまろやかな倍音を伴った高音が出る仕組みだ。
低音域は面積が必要なぶん、ユニットが2つ並んでいるが、淀んだ重さはない。
問い合わせ: 株式会社ナスペック Tel. 0120-932-455
ヴァイオリン・ソナタ第9番「クロイツェル」を聴き比べ
平野 ピアノは満足のいく響きで聴けましたが、高音も美しく響くスピーカーとのことなので、ヴァイオリン・ソナタを聴いてみましょう。
モダン楽器はイザベル・ファウスト(ヴァイオリン)とアレクサンダー・メルニコフ(ピアノ)
平野 まずはモダン楽器から。ソナタ第9番イ長調作品47「クロイツェル」を、イザベル・ファウストのヴァイオリンとアレクサンダー・メルニコフのピアノで。これは実に素晴らしい、比類なき演奏なのです。
〜試聴〜
飯田 ものすごい迫力! ピアノとヴァイオリンの一体感が素晴らしい。おそらく録音の仕方そのものからも、そういう狙いを感じますね。2つの楽器の定位はあまり離れていなくて、どちらもとても近い。
平野 そうですね。高音が伸びやかで、とてもスリリングでした。ピアノとヴァイオリンが完璧に対等な関係にある二重奏で、フォルテッシモになると、かなり収録時のマイクの近さを感じました。
寺神戸亮のバロック・ヴァイオリンと、ボデニチャロフのフォルテピアノ
平野 次はオリジナル楽器です。バロック・ヴァイオリンの名手、寺神戸亮さんと、ボデニチャロフのフォルテピアノです。
〜試聴〜
平野 やっぱりいいスピーカーですねぇ。19世紀の奏法によるヴァイオリンとフォルテピアノのバランスが素晴らしい。オリジナル楽器の演奏は、音量的な物足りなさを言われることがあるけれど、これはまったく遜色ない。
飯田 はい。モダンの迫力にまったく引けを取りません。時代様式に沿う饒舌な演奏で、楽器の音色そのものの面白さがあるので、スピーカーの再生能力の高さがとても重要になりますね。
ベートーヴェンの声楽曲も聴きたい
ペーター・シュライヤーが歌う歌曲「アデライーデ」
平野 これだけいい音だと、人の声はどう響くか聴きたいよね。これを持ってきました。ベートーヴェン没後150年にあたる1977年のザルツブルク音楽祭、ペーター・シュライヤーが歌うベートーヴェンの歌曲「アデライーデ」です。ピアノはイェルク・デムス。
※参考(実際に試聴した音源ではありません):ペーター・シュライヤーが歌うベートーヴェンの歌曲「アデライーデ」
〜試聴〜
飯田 なんと艶やかなお声。音場の広がりがありますね。すごい歌手の人が歌うと、まるで歌声が背中から広がるように感じるのですが、スピーカーでもそのような空間を感じました。とてもリリカルで優しさのあるいい曲ですね。
平野 ベートーヴェンは器楽曲の作曲家というイメージが強いかもしれないけれど、声楽曲にもすごくいいものがある。最近では、ベートーヴェンのリートのリサイタルはほとんどないでしょう。プレガルディエンやゲルネが時々歌うくらい。1970年代や80年代は、フィッシャー・ディスカウをはじめとして、頻繁にあったのだけど……。
こういういいスピーカーで、歌もみんなにもっと聴いてほしいな。人の声も自然に響いて、実にいいね。
ピアノ協奏曲第5番《皇帝》を聴き比べ
レヴィンのフォルテピアノ、ガーディナー指揮
平野 いよいよオーケストラの音も聴きましょう。ピアノ協奏曲第5番《皇帝》を、まずはレヴィンのフォルテピアノ、ガーディナー指揮です。
〜試聴〜
平野 レヴィンは、モーツァルト研究者であり作曲家でもある。ピアニストとしてはベートーヴェンの演奏がすごくいい。冒頭のカデンツァの即興的な要素をよくわかっているよね。
飯田 オーケストラも、木管などのソリスティックな響きがよく伝わって、楽しいですね。
バレンボイムのピアノ
平野 モダンピアノはバレンボイムの演奏です。
〜試聴〜
平野 ステージのような広がりを感じました。このスピーカー、オーケストラの臨場感も素晴らしいね!
飯田 少しステージを見下ろすような角度で聴いている感じがしました。勇壮だけど色っぽさもあって、バレンボイムのピアノ、素敵ですね。
平野 彼はベートーヴェンのソナタ全32曲を、2週間ですべて暗譜で弾ききるリサイタルをやったりしていて、以前に話を聞いたとき「ベートーヴェンの音楽は隅々まで頭の中に入っている」と言っていました。だからこそ、すごく自由に色付けができるのでしょうね。
この録音はオーケストラがシュターツカペレ・ベルリンで、旧東ドイツの国立歌劇場管弦楽団という古いイメージのあるオーケストラなんだけど、この演奏は伸びやかでいいんです。
交響曲第5番《運命》の聴き比べ
ブリュッヘンの18世紀オーケストラ
平野 交響曲第5番《運命》の1楽章を聴きましょう!
まずはブリュッヘンの18世紀オーケストラ。30人もいない小編成。このオケが出てきたときは、それまでのモーツァルトやベートーヴェンの音楽の印象がガラリと変わってショッキングだったなぁ。
〜試聴〜
飯田 音が混濁せず、すっきりとしていて、重々しさとは違った迫力がありますね。
平野 こういう音源はヘッドフォンやイヤフォンで聴いてしまうと、音が塊のようになってしまうけれど、スピーカーだと広がりが出て、位相がしっかりとわかるというか、つい視線がいっちゃうね。
ネルソンス指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
平野 では、モダンで。ネルソンス指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団です。
飯田 重厚! やはり18世紀オーケストラより重さがありますが、でも音楽的には軽快感に満ちているので、胃もたれしないというか。奏者一人一人の室内楽的な演奏能力が発揮されている感じがして、それぞれの追求がきちんと音盤に刻まれていて、再現されている!
平野 ネルソンスはウィーン・フィルとの相性がよくて、生で演奏を聴くと、とても繊細なところまで行き届いています。オーケストラのほうも、アバドやラトル、ティーレマン時代とも違った加減を効かせているように思います。
今はオリジナル楽器とモダン楽器とを区別なく指揮する人も増えているし、どの演奏家も「ベートーヴェンが作曲した時代にはどう鳴り響いていたのか」ということを随分意識するようになりました。
フルトヴェングラー以降、20世紀的なダイナミックな演奏がなされて、それもいいけれど、もっと作品の繊細なところや、今まで気づかれなかった面白いところなども、奏者が丹念に引き出していて、一つひとつが鮮明に表現されるようになってきましたね。
緻密に作られたクラシックの録音は、正面からスピーカーで楽しみたい
飯田 そういう演奏だからこそ、音の出所がザンネンな装置で再生していたら、もったいないですね。今日は奏者たちの全力の表現を、つぶさに味わうことができたように思います。
平野 音楽は、もちろん生演奏で聴けるのがいいけれど、コロナ以降の鑑賞の仕方としてはもっと多様になるし、家でもイヤフォンで、というのではなくて、正面からスピーカーで聴こうというスタイルを、見直したくなりますね。この3ヶ月ほど、コンサートがなかったので、僕も家でレコードプレーヤーを回して、何枚も愛聴盤を聴いたりしていましたが、やはりある程度のオーディオで聴くと、音楽の面白さがより鮮明につたわりますね。
「Beethoven Baby Grand」はとてもクリアなサウンドで、クラシックの緻密な録音を聴くのにはとてもよいスピーカーだと思いました。いいなぁ……(笑)
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