
田代万里生×児玉隼人対談【後編】ミュージカルの手ほどきとクラシック界の未来を語り合う

ミュージカル作品を中心に、多彩な活動を続ける田代万里生さんが、愛するクラシック音楽を語る「万里生クラシック」。今回は、2024年に日本管打楽器コンクールトランペット部門で史上最年少の1位を獲得、その後N響ほか数々のオーケストラと共演するなど、今もっとも注目を集めるトランペット奏者、児玉隼人さんとの特別対談をお送りします。後編は、児玉さんのドイツ留学生活についてや将来の展望、さらにミュージカル未経験の児玉さんに田代さんがミュージカルのイロハをレクチャーします!
ヨーロッパでの経験が将来の土台に
田代 児玉さんは、今、年間どのくらいのコンサートに出ているんですか?
児玉 そんなに多くはないです。年間50公演くらい、そのうちオーケストラとの共演は15公演ほどです。本当に忙しい人に比べたら少ないほうだと思いますが、僕は中学校に行っていたので学校生活の方を優先していました。
田代 2025年の3月に中学を卒業して、今はドイツのカールスルーエ大学プレカレッジに留学中ですよね。
児玉 先生の家に住まわせてもらっているんですが、大体半分ぐらいがレッスンで、それ以外は先生について色々なところに行っています。この間も、先生がフランクフルトの劇場でバッハの「ブランデンブルク協奏曲」を演奏するというので一緒に行きました。

東京藝術大学音楽学部声楽科テノール専攻卒業。埼玉県立大宮光陵高等学校音楽科声楽専攻(テノール)卒業。音楽の教員免許(中学・高校)資格を取得。絶対音感の持ち主でもある。3歳から母よりピアノを学び、7歳でヴァイオリン、13歳でトランペットを始め、15歳からテノール歌手の父より本格的に声楽を学ぶ。ピアノを三宅民規、御邊典一、川上昌裕、吉岡裕子、声楽を直野資、市原多朗、岡山廣幸、野口幸子に師事。13歳のとき、藤原歌劇団公演オペラ《マクベス》のフリーアンス王子役に抜擢。大学在学中の2003年東京室内歌劇場公演オペラ《欲望という名の電車》日本初演で本格的にオペラデビュー。その後09年『マルグリット』でミュージカルデビューを果たす。
近年の主な出演作に『キャプテン・アメイジング』『イノック・アーデン』『ラブ・ネバー・ダイ』『モダン・ミリー』『カム フロム アウェイ』『アナスタシア』『マチルダ』『マタ・ハリ』『マリー・アントワネット』等。第39回菊田一夫演劇賞受賞。ミュージカルデビュー15周年記念アルバム「YOU ARE HERE」発売中。
2025年10月より『エリザベート』に出演予定。
児玉隼人(こだま・はやと)
2009年、北海道釧路市生まれ。5歳からコルネットを吹き始め、9歳から本格的にトランペットを始める。
2024年、第39回日本管打楽器コンクールトランペット部門において、全部門での史上最年少で第1位、及び文部科学大臣賞、東京都知事賞を受賞。併せて特別大賞(内閣総理大臣賞)を受賞。2025年、第6回ウィーン国際音楽コンクールにて金賞を受賞。その他にも、日本ジュニア管打楽器コンクール、日本クラシック音楽コンクール、大阪国際音楽コンクールなど、数々のコンクールで優勝している。これまでに、東京フィルハーモニー交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団、東京交響楽団、などと共演。NHK「クラシック音楽館」、テレビ朝日系「題名のない音楽会」など、多くのテレビ番組に出演している。
これまでにトランペットを松田次史、辻本憲一の両氏に師事。その他にも、イエルーン・ベルワルツ、セルゲイ・ナカリャコフ、ガヴォール・タルケヴィー、クリストファー・マーティンの各氏など、著名な奏者のレッスンやマスタークラスを多数受講。2024, 2025年度ヤマハ音楽支援制度奨学生。第7回服部真二音楽賞《Rising Star》を受賞。2025年2月に1stアルバム「Reverberate」をリリース。
現在、カールスルーエ音楽大学のプレカレッジにて、ラインホルト・フリードリヒ氏に師事。
田代 ヨーロッパの本場で経験したことって、将来の土台になると思うんです。僕も小学生のとき、テノール歌手だった父親が3年間ミラノに住んでいたので何度か行きましたが、父について劇場に行ったり、スカラ座のオーケストラを聴いたりしたことが僕自身のベースになっていると思います。
日本に帰ってきて中学生になったら、みんなが制服をダボダボに着崩しているのを見て、全然カッコいいと思えなかったのも、本場ヨーロッパの社交界で、究極のカッコいいジェントルマンを間近で見ていたから。クラシカルスタイルやその所作というものを学んだことは、例えばミュージカル『エリザベート』で皇帝フランツ・ヨーゼフや『マリー・アントワネット』のフェルセン伯爵を演じるときの軍服の着方なんかに活かされていますね。
児玉 僕も最初に行った国がイタリアで、例えばローマだと、おそらく日本でいうと最初に京都を見て「ザ・日本」を感じるように、「ザ・ヨーロッパ」みたいなものを最初に経験したんですね。その感覚はとても強烈でした。

児玉さんをミュージカル沼に!?
——ドイツでさまざまな経験をされている児玉さんですが、例えばオペラやミュージカルなどはご覧になったことがありますか。
児玉 僕、ミュージカルは観たことがないんです。オペラは、日本で東京芸術劇場で全国共同制作オペラの《ラ・ボエーム》を観たんですけど、それも読売日本交響楽団が聴きたいと思って行きました。
田代 というと、舞台芸術はまだあんまり観てないんだね。
児玉 カールスルーエにはオペラ劇場があるので、これから観てみたいとは思っています。田代さんに伺いたいんですけど、ミュージカルは何から観ればいいんでしょうか。
田代 やっぱり最初に観るのは『レ・ミゼラブル』とか『オペラ座の怪人』のような、誰もが知っている作品がいいんじゃないかな。今、僕が出演している『エリザベート』は、ワンシーズン4ヶ月で年間20万人近くを動員する人気作で、チケットは売り出されるとすぐに全公演が完売してしまうような作品なんですよ。
児玉 え、そうなんですか!?
田代 舞台美術だけでも億単位の予算がかかっているようですが、せっかくなら最初の観劇は豪華な名作や、最高のキャストでミュージカルと出逢っていただきたいです。クラシックも同じで、例えば最初にモーリス・アンドレを聴くのと、よくわからない人の演奏を聴くのとでは、興味の持ち方が全然違うでしょ? 「なんだこれは!」と感性を揺さぶるような体験をしていただきたいです。

児玉 よくわかります。ヨーロッパの演奏会ではみんなスーツやドレスを着て行くんですが、ミュージカルの場合はどういう服装で行けばいいんでしょうか。
田代 今の児玉さんの格好でも全然大丈夫。ミュージカルって一口に言っても、いろいろなジャンルがあります。綺麗めなワンピースやジャケットなどで着飾って劇場に足を踏み入れたいクラシカルな作品から、渋谷を歩いているような今時の若者の格好が似合う、ポップなダンスナンバー中心の構成になっているものまで、本当に多様なので、観るものによって観客の印象も随分違うと思います。
児玉 田代さんが出演されている『エリザベート』は……
田代 比較的クラシカルな作品ですね。僕は皇帝フランツ・ヨーゼフを22歳から68歳までを演じます。公演は全国ツアーで行なわれ、東京で約2か月(65公演)上演後、大阪、博多、北海道で各2〜3週間。主役級の俳優はダブルキャストで、今回の僕の総出演回数は全112公演中約56回になりますね。だから僕にとって『エリザベート』は、稽古開始から大千穐楽まで約6か月間をひとつの作品や役柄に費やす、一大プロジェクトなんです。

児玉 それだけひとつの作品に時間をかけられるのはいいですね。コンチェルトの公演なんかだと、オーケストラとのリハーサルが2日くらいしかないですし。そういう作品にも取り組んでみたいです。オーケストラはそのために編成されたものですか?
田代 そう。オペラと同じくオーケストラ・ピットに入っています。トランペット奏者はハイEとかが出てきて、いつもみんな大変そうですけど(笑)。
児玉 ミュージカルはめちゃくちゃハードだと聞きます。
田代 長丁場なので体調管理もそうだし、一公演一公演、今日生まれて初めてこのシーンでこのセリフを発します、っていう新鮮な気持ちを保つというのがもっとも難しいところですね。でも、100回の練習より10回のレッスン、10回のレッスンよりも1回の本番っていうように、本番をやることで得られるものってすごく大きい。そういう意味ではロングランものは大変ですけど、すごくありがたいです。
初めてのミュージカルだったのですが、
クラシック音楽の未来
——クラシック業界の人間からすると、今の日本のミュージカル人気は羨ましいというか、どうしたらクラシックが生き残れるのかということを考えざるを得ないのですが、田代さんはそのあたりはどう思われていますか。
田代 クラシックとミュージカルの世界は全然違いますよね。僕も最初はオペラやオペレッタの公演に出ていたからわかりますが、オペラって2公演とか3公演しかないのに、少子化などもあり音大の受験者数や若い演奏家自体も減少しているようですし、オペラ以外のさまざまな娯楽も生まれたり、クラシック愛好家の高齢化もあって、客席がなかなか簡単には埋まらない。一方で、25歳でミュージカル・デビューをしたときに、いきなりシングルキャストで48公演、それがほぼ全席埋まっているということに衝撃を受けました。客層もオペラに比べると明らかに若い印象です。もちろん、どの作品もそううまく集客できるわけではないですが……。
でもその一方、僕はクラシカルクロスオーバーもやってきたんですが、そういう世界を通っているからこそ、児玉さんのような純粋なクラシック音楽の素晴らしさとかかっこよさを今、再認識し、もっともっと広まってほしいと思っているところです。そこで児玉さんに聞きたいのは、今の日本のクラシック業界をどう思うか、ということです。
——なかなかすごいお話になってきました。
田代 彼らの世代が今後の日本のクラシック界を背負っていくことになりますよね。もちろん純粋に音楽を突き詰めていくことは大切だけれど、その中でお客さんをどう増やしていくかっていうことは、今後絶対に意識せざるを得ないと思う。伝統や古き良きものを残すためには、それを守っているだけではダメで、新しいものを取り入れていかなければならないのでは。
歌舞伎なんかは今時の大人気アニメを上演作品に取り上げたり、歌舞伎俳優がジャンル違いのメディアにも露出が多かったり、伝統を守りつつ、新しい取り組みにもかなり積極的ですよね。
児玉 僕が将来的に目指しているのは、格式高く、文化の中で本質を突き詰めるというところですが、そこに到達するために今はいろいろなジャンルをまたいでの活動と、「ザ・クラシック」みたいなコンサートとの両方をやっていくべきだと思っています。どうしたらクラシックを聴く人口が増えるのかはわかりませんが、本当にその音楽を聴きたいと思う人が集まってくるような、そんなコンサートが開ける演奏家を目指したいので、そのためにも今はどんどん露出を増やしています。
大切なのは、自分の核がブレないようにすること。だから、本格的なリサイタルは毎年必ず開催したいですし、同時に、他ジャンルとの交流や新しいことへの挑戦も積極的に行って、学び続ける姿勢を保ちたいと思います。

田代 児玉さんはこうやってショート動画を上げたりして、すでに積極的に新しいことを取り入れていますよね。まさに自ら新しい時代を創っています!
児玉 今の僕が持っているもので挑戦できる曲は、機会があればぜひ演奏したいです。映画音楽も興味があって、モリコーネなんかは大好きなのでどこかで演奏できたらいいなと思っています。
田代 最高! いつかそういう曲を集めたアルバムをつくってください。そしてぜひ、どこかで必ず共演もできますように!

【東京公演】
日程: 2025年10月10日(金)~11月29日(土)
会場: 東急シアターオーブ
【札幌公演】
日程: 2025年12月9日(火)~18日(木)
会場: 札幌文化芸術劇場 hitaru
【大阪公演】
日程: 2025年12月29日(月)〜2026年1月10日(土)
会場: 梅田芸術劇場 メインホール
【福岡公演】
日程: 2026年1月19日(月)~31日(土)
会場: 博多座
出演:
エリザベート(ダブルキャスト) 望海風斗/明日海りお
トート(トリプルキャスト) 古川雄大/井上芳雄(東京公演のみ)/山崎育三郎(北海道・大阪・ 福岡公演のみ)
フランツ・ヨーゼフ(ダブルキャスト) 田代万里生/佐藤隆紀
ルドルフ(ダブルキャスト) 伊藤あさひ/中桐聖弥
ルドヴィカ/マダム・ヴォルフ 未来優希
ゾフィー(ダブルキャスト) 涼風真世/香寿たつき
ルイジ・ルキーニ(ダブルキャスト) 尾上松也/黒羽麻璃央
詳しくはこちら





関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly
新着記事Latest


















