読みもの
2020.05.27
ビールと音楽の美味しい関係 5杯目

ルターが世界一美味しいと評したアインベッカー醸造所のボックビール

山取圭澄
山取圭澄 ドイツ文学者

専門は18世紀の文学と美学。「近代ドイツにおける芸術鑑賞の誕生」をテーマに研究を進める。ドイツ音楽とビールには目がない。 J.S.バッハ、ドイツ歌曲をこよなく愛し、ピ...

左:ウアボック1378
中: 5月限定のマイウアボック。ホップの爽やかな苦みと微かなエステル香が特徴。
右:ウアボックドゥンケル。チョコレートのような甘味と強い苦味が調和した黒ビール。

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アインベッカー醸造所は、ドイツ中部のアインベックという町を本拠地とし、世界中にさまざまなボックビールを輸出している。ボックビール(註:アインベックのビールがなまった名前)は、濃い麦汁で作られたハイアルコールのビールである。なかでも、アインベッカーのウアボック1378は、中世のレシピに倣って作られたもので、酵母がろ過されていない。口に含むと、パンのような甘みが広がっていく。

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ボックビールの名は、アインベックのビールがなまったものである。そのため、アインベッカー社は商品に「ウアボック(元祖ボック)」と表記している。
また、ラベルの数字は、1378年に販売したビールの領収書がアインベックの町から見つかったことに由来する。現在はさまざまなタイプのビールを作っており、いくつかの銘柄は日本でも購入することができる。

この醸造所は、なんと14世紀からボックビールを作っていた。ハンザ同盟(註:北海、バルト海沿岸のドイツ諸都市が結成した経済同盟)の流通網を利用して、ハンブルク、リガ、アムステルダムなどにビールを卸していたのだ。

アインベッカーのビールは、マルティン・ルターが愛したことでも知られている。ルターは当時のカトリック教会を批判し、宗教改革を巻き起こした。そのため、1521年にヴォルムスの帝国議会に召喚され、神聖ローマ皇帝から自説の撤回を求められた。議会に臨む際、ルターはボックビールを気付けに飲み、「この世でもっとも美味い飲み物、それはアインベッカーのビールだ」と語ったという。

《ヴォルムスの帝国議会に臨むルター》(アントン・フォン・ヴェルナー作、1877年)
ルターは自説の正しさを訴えたが、議会から帝国追放の刑を宣告された。

その後、ルターはヴァルトブルク城で聖書のドイツ語翻訳を完成させ、かつて「95カ条の論題」を発表したヴィッテンベルクの町に戻った。1525年に結婚した際、この偉大な宗教家には町から1樽のアインベッカーのビールが贈られている。どんなときも、ルターには1杯のビールが欠かせなかった。

アインベッカー醸造所の公式youtubeチャンネルには、ルターが作曲した賛美歌《高き天より、我は来れり》(ルーテル賛美歌集の第101番)をビール瓶で奏でた動画が公開されている。

この讃美歌は、ドイツでもっとも有名なクリスマス・ソングのひとつだ。ルターは単なる宗教家ではなく、作曲家でもあったのだ。礼拝にドイツ語での歌唱を取り入れ、数多くの賛美歌を残した。

《高き天より、我は来れり》は、さまざまな作曲家に取り上げられている。例えば、J.S.バッハはこの旋律をもとに、オルガン用の《カノン風変奏曲》BWV769を作り上げた。さらにストラヴィンスキーは、バッハの変奏曲を合唱とオーケストラ版にアレンジしている(1956年)。

これらの曲を聴き、アインベッカーのビールを味わいながら、「ルターがどれほど音楽とビールを愛していたのか」に思いを巡らせたい。

山取圭澄
山取圭澄 ドイツ文学者

専門は18世紀の文学と美学。「近代ドイツにおける芸術鑑賞の誕生」をテーマに研究を進める。ドイツ音楽とビールには目がない。 J.S.バッハ、ドイツ歌曲をこよなく愛し、ピ...

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