16世紀の作曲家ハインリヒ・シュッツの生まれた町ケストリッツの黒ビール
京都産業大学外国語学部助教。専門は18世紀の文学と美学。「近代ドイツにおける芸術鑑賞の誕生」をテーマに研究し、ドイツ・カッセル大学で博士号(哲学)を取得。ドイツ音楽と...
ハインリヒ・シュッツは、初期バロックを代表する作曲家であり、「ドイツ音楽の父」とも呼ばれている。1585年にケストリッツという町で生まれた彼は、カッセル=ヘッセン侯の奨学金を得てイタリアに留学した。ヴェネツィア学派の作曲手法(復合唱様式やコンチェルト様式など)を習得し、ドイツ音楽に積極的に取り入れた。
帰国後は、ドレスデンの宮廷楽長に就任し、ドイツ語による合唱曲を数多く残した。《ダヴィデ詩篇歌集》や一連の受難曲などは、ドイツ・バロックの礎を築いた作品として高く評価されている。
シュッツ:ダヴィデ詩篇歌集
しかし、彼の後半生は、1618年に始まった30年戦争と重なり、決して平穏なものではなかった。ドイツ全土が荒廃し、総人口の3分の1が亡くなる中で、彼はドレスデン宮廷楽団(現在のドレスデン・シュターツカペレ)の存続に奔走したという。
シュッツは、ビールとも深い関係にある。彼の生家が、ケストリッツで宿を営みながら、ビールを作っていたからだ。「ドイツ音楽の父」は、ビールの仕込み香に包まれて育ったのである。
残念ながら、この生家では、もうビールは作られていない。しかし、そこから徒歩3分ほどの場所では、ドイツでもっとも売れている黒ビール、ケストリッツァー・シュヴァルツが生産されている。醸造所が1543年に創業したことを踏まえると、同社の黒ビールは、シュッツが住んでいた頃から飲まれていたといえる。
ビターチョコのような苦味、カラメルのような甘みのあとに、麦芽の香ばしい苦味が広がる。飲み飽きない黒ビール。
日本でも購入することができる。
醸造所の所在地は「ハインリヒ・シュッツ通り16番地」。
ちなみに、このビールは、詩人ゲーテが飲んでいたことで知られている。ゲーテがいかに黒ビールを愛していたのか、友人ヴィルヘルム・フォン・フンボルトは、あきれて次のように語っている。
ゲーテは何にも食欲を示さない。ブイヨンにも、肉にも、野菜にも。ビールとパンだけで生きているのだ。朝から大きなグラス数杯を飲み干し、「黒のケストリッツァーと茶褐色のオーバーワイマールのどちらを飲むか」を召使と話し合っている。
(1823年11月23日の手紙)
「ドイツ音楽の父」を輩出した町は、絶品の黒ビールで文豪ゲーテをも魅了したのである。ケストリッツの町では、ぜひシュッツの生家とケストリッツァー醸造所を訪れたい。漆黒のビールを通して、作曲家が生きた時代を回想し、ドイツ文芸の世界にどっぷりと浸れるだろう。
シュッツの生家~ケストリッツァー醸造所
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