読みもの
2026.04.05
小野リサがいざなうボサノヴァ入門!

ボサノヴァの誕生――ジョアン・ジルベルトが静かなる革命を起こしたとき

ボサノヴァを“静かな革命”へと変えたジョアン・ジルベルト。その革新は、どのように生まれ、なぜ今なお世界を魅了し続けるのでしょうか。ブラジルにルーツを持ち、日本で長くボサノヴァの魅力を伝えてきたボサノヴァ歌手・小野リサさんが、ジョアンの歩みとボサノヴァ誕生の核心に迫ります。

小野リサ
小野リサ

ブラジル・サンパウロ生まれ。10歳までの幼少時代をブラジルで過ごし、15歳からギターを弾きながら歌い始める。1989年アルバム「カトピリ」でデビュー。ナチュラルな歌声...

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サンバから誕生した都会のサウンド

1931年6月10日、ブラジル北東部バイーア州ジュアゼイロ。サルヴァドールから内陸へ入ったこの小さな町で、ジョアン・ジルベルトは生まれました。

彼が育った時代、まだテレビはなく、情報も限られていました。けれども、彼の家の前の広場に設置されたスピーカーから流れる音楽が、少年ジョアンの世界を大きく広げます。そこから聴こえてきたのは、グレン・ミラー をはじめとするアメリカのビッグバンド・ジャズ、そして当時のブラジルの人気歌手たちの歌声でした。耳の良い少年は、その響きを丸ごと吸収していきます。やがてギターを手にし、町のラジオ番組に出演するほどになります。そして青春期を迎える頃、音楽への情熱を胸にサルヴァドールへ、さらにリオ・デ・ジャネイロへと向かいました。

リオでは、サンバ・カンサォンやコーラス・グループが流行していました。ジョアンはプロの歌手として活動を始め、当時人気のヴォーカル・グループ「アンジョス・ド・インフェルノ(Os Anjos do Inferno)」に参加します。レコーディングにも加わり、一定の評価を得ました。しかし彼の内面には、常に違和感がありました。

アンジョス・ド・インフェルノ

「本当に自分が求めている音楽は、これなのだろうか」

やがて彼はグループを離れ、姉の家に身を寄せます。そこから、孤独で徹底的な探求が始まりました。響きの良いバスルームにこもり、何週間、何か月にもわたり、ただひたすらギターと向き合ったのです。彼が目指したのは、サンバの本質をギター1本で表現することでした。

サンバのリズムの土台には、大太鼓スルド(surdo)の重く安定した低音があります。そしてタンボリン(tamborim)が細かく跳ねるようなシンコペーションを刻みます。ジョアンは、この2つの打楽器の役割を1本のギターに凝縮しようと考えました。

親指でスルドの低音を刻み、人差し指・中指・薬指でタンボリンのリズムを分散させる。この革新的な奏法によって、ギターは単なる伴奏楽器ではなく、小さなサンバ・アンサンブルそのものへと変貌しました。静かなのに、内側で強く揺れている――それがボサノヴァの鼓動です。

「静けさの中のリズム」という新しい美学

ハーモニー面でも、彼は大きな影響を受けていました。輸入盤のジャズ・レコードから学んだ洗練されたコード進行。とりわけピアニスト、ジョニー・アルフ(Johnny Alf)の都会的でモダンな和声感覚は、ジョアンの耳を強く刺激しました。また、カルメン・ミランダとともにアメリカへ渡ったギタリスト、ガロート(Garoto)の洗練されたコードワークも、後のボサノヴァ・ハーモニーの重要な源流とされています。

こうしてリズムとハーモニーの両面で革新を遂げた彼は、再びリオへ戻ります。その新しいギターと歌唱法を友人たちに聴かせたとき、若い音楽家たちは衝撃を受けました。ささやくような歌声、無駄を削ぎ落としたリズム、そしてジャズ的な和声。そこには、それまでのサンバとはまったく違う、新しい都会の感覚がありました。

当時の大学生たちを中心に、そのスタイルは急速に広がります。コパカバーナのアパートに若者が集い、新しい音楽を夜通し奏でる。やがてキャンパスでの演奏会が話題を呼び、ボサノヴァは一気にブラジル中へ広がっていきました。

それは、決して派手な革命ではありませんでした。大きな声でも、激しいリズムでもない。けれども、内側に確かな鼓動を持つ静かな革命。ジョアン・ジルベルトが生み出したその音楽は、世界中の耳を変え、「静けさの中のリズム」という新しい美学を提示したのです。

CD情報

小野リサ『Sue Ann~アントニオ・カルロス・ジョビンへのオマージュ』

CD:2026年4月8日(水)発売 UCCJ-2255 ¥3,520(税込)
LP:2026年5月20日(水)発売 UCJJ-9058 ¥4,950(税込)
Verve/ユニバーサルミュージック

 

小野リサの6年半ぶりとなる新作。アルバムの共同プロデュースも務めたピアニスト・林正樹とのデュオ編成で、2027年1月に生誕100周年を迎えるアントニオ・カルロス・ジョビンの名曲集。1960年代、日本にボサノヴァを紹介したサックス奏者の渡辺貞夫がゲスト参加している。また、作家の村上春樹がライナーノーツを執筆。

公式サイト

小野リサ
小野リサ

ブラジル・サンパウロ生まれ。10歳までの幼少時代をブラジルで過ごし、15歳からギターを弾きながら歌い始める。1989年アルバム「カトピリ」でデビュー。ナチュラルな歌声...

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