音楽を愛した宮沢賢治に新たに出会う 〜当時聴いていた録音の復刻盤をお取り寄せ
音楽からイメージして楽譜の表紙絵を描くという、本間ちひろさんによる詩とエッセイ。アーティスティックな世界に往ったり、超現実の生活に戻って来たり……揺れ動く日常を綴ります。
第4回は、宮沢賢治と音楽について。賢治が触れたであろう音楽を、当時の音色そのままで聴くことができたら……。SPレコードを蓄音機で鑑賞する会が神保町で開かれました。その様子を本間ちひろさんがレポートします。
1978年、神奈川に生まれる。東京学芸大学大学院修了。2004年、『詩画集いいねこだった』(書肆楽々)で第37回日本児童文学者協会新人賞。作品には絵本『ねこくん こん...
恋
すれてゆくばかりでは ありませんよ
レコードの歌は
私の心を
ひっかいてから 消えてゆく
「セロ弾きのゴーシュ」の仕事から宮沢賢治の世界へ
20代の頃、宮沢賢治の童話絵本「セロ弾きのゴーシュ」の絵を描いた。
夜、ゴーシュのこわれた水車小屋を訪れる動物たちに、ゴーシュはセロを弾く。
「トロメライ ロマチックシューマン作曲。」
とリクエストした猫に聴かせた「印度の虎狩り」。
太鼓係りのこだぬきとセッションした「愉快な馬車屋」……。
図書館で調べると、実際にモデルとされる曲があると知った。※参考:『宮沢賢治の音楽』(著・佐藤泰平/筑摩書房)
賢治は自ら楽器を弾き、作曲し、クラシック曲にあわせて歌詞を書き、レコードを買い、蓄音機の会をした。詩や童話を朗読するときの伴奏曲のメモも残る。
あぁ、だからやっぱり、当時、賢治が聴いた曲を聴けるものなら、聴いてみたい! シューマンのトロイメライは現代のCDで聴くことができたが、「印度の虎狩り」や「愉快な馬車屋」は、レコードを探すすべが、私にはなかった。
でもそのぶん、賢治の言葉からどうにか感じとろうと、その音楽を想った。絵を描くとき、賢治が肩のあたりから画用紙をのぞきこんでいる気がした。
それから10年以上たった、去年の8月。ふと「賢治、音楽」とWeb検索したら、河北新報の新聞記事(2017年8月4日)を見つけた。
見出しは「賢治と洋楽 語る夏 作中に登場の15曲をCD化 仙台ジャズカフェバー経営者」。記事に連絡先があったので、すぐに電話、送っていただいたのがこのCD。
「SPレコード盤の復刻録音で聴く “ジャズ 夏のはなしです”~宮沢賢治が出会った洋楽はやり歌・ジャズ~」
明確な曲もあれば、「きっとそうだろう」の曲もあり、ライナーノーツも“ロマチック”だ。
賢治作品ゆかりの音楽をイベントで聴く
蓄音機からながれるヴァイオリンに、宮沢賢治の詩を読む声。
夏の終わり、神保町の絵本のブックカフェで、賢治作品ゆかりの曲をSPレコードで聴く会がひらかれた。
お話とレコードは、あの仙台のジャズカフェバーの主人ささきたかおさん。
「賢治にジャズの詩があるの!?」と、興味をもったささきさんは、詩「岩手軽便鉄道 七月(ジャズ)」の朗読伴奏として、「Gavott/Jean Becker」とメモがあると知り、そのレコードを探した。 ※『宮沢賢治の音楽』著・佐藤泰平(筑摩書房)を参考にしたそうです
鈴木鎮一演奏の「ガボット」。それがささきさんの賢治のSPレコードコレクション、最初の1枚となった。
その後も探し求め、当時のSPレコードを音源にした、賢治作品ゆかりの曲のCDを制作。
SPレコードそのものの音も届けたいと、蓄音機と朗読の会を開催している。
「Gavott」を追いかけるように、ささきさんが渋い声で朗読する「岩手軽便鉄道 七月(ジャズ)」。会場にさわやかな岩手の夏の風が吹き込んだようだった。
童話や詩から想像する音楽は、自由でいい。
自由でいいけれども、でも、聴けるものなら、聴きたくて。
音楽から出会った宮沢賢治は、青空のような笑顔で、もっともっと、彼を好きになった。
本
今夜も ゴーシュさんは
こわれた水車小屋で セロを弾く
イーハトーヴの詩人がおいていった
透明な蓄音機を 私もひとつもっている
トラック01. Gavott ガボット Jean Becker
演奏:鈴木鎮一(ヴァイオリン) (日本コロムビア)
宮沢賢治の詩「岩手軽便鉄道 七月(ジャズ)」の朗読の伴奏にと、賢治のメモが残っている曲。この曲はいわゆるジャズではないですが、詩を合わせて読んでみると……、さて、ジャズを感じるでしょうか!?
トラック02. Livery Stable Blues(馬小屋のブルース) Nunez,Lee,Lopez
演奏:Original Dixieland “Jass”Band(ビクター)
「セロ弾きのゴーシュ」作中の「愉快な馬車屋」がこの曲かは明確ではないが、調べたうえで、この曲ではないか、という曲。ジャズのレコードが初めて録音されたのが、1917年2月、このオリジナル・デキシーランド・ジャズ・バンドで「Livery Stable Blues(馬小屋のブルース)」。全米で100万枚のヒットとなった。賢治もレコードで、この曲を聴いたかもしれません。
トラック08. Hunting Tigers out in “Indiah”(Yah) HargReaves Damerall,Evans
演奏:Leslie Sarony (インペリアルレコード)
この曲が、「セロ弾きのゴーシュ」の「印度の虎狩り」の元歌であるかは不確定ですが、この曲が、全米で人気を呼んだのが1929年。賢治が「セロ弾きのゴーシュ」を書いた時代(1926~1933)と、重なります。収録曲は別の演奏者によるものですが、当時岩手日報にこの曲のレコードの広告が載っていたそうです。
制作したささきたかおさんのお話
「蓄音機で聴くSPレコードは、よほどの新品の盤でない限り、使えば使うほど溝が削られてあのノイズ音がますますひどくなってしまいます。試行錯誤していくうち、一般のレコード・プレイヤーで78回転が駆動できるものを使い、SP盤用の専用カートリッジを使用(LP盤とでは針先が溝に接する角度が違います)、さらにSP盤専用のフォノ・イコライザーを通して調整するとビックリ! LP盤のような音質で聴けることを知りました。この感動はもうたまりません」
「SP盤らしいノイジーな音でいいのでは? という方もいると思います。実際賢治はそういう音で聴いていたとは思いますが……。今の時代の方々に、何回も聴きたいと思ってもらえる音質を、と考えました。ぜひ、聴いてみてください」
- もりおか啄木・賢治青春館(岩手・盛岡)
http://www.odette.or.jp/seishunkan/ - 宮沢賢治学会イーハトブ・センター(岩手・花巻)
http://www.kenji.gr.jp/ - ブックハウス・カフェ(東京・神田神保町)
https://www.bookhousecafe.jp/
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