ラフマニノフを知るための名曲5選〜ピアノ協奏曲第2番や交響曲第2番、《鐘》など
ラフマニノフ・イヤーにちなみ、ラフマニノフ・ビギナーにとって必聴の名曲5選と名演をご紹介!
生誕150年の“ラフマニノフ・イヤー”がスタートした。世界中でこの大作曲家の作品が演奏される。この機会にラフマニノフの魅力と彼が現代のクラシック音楽界にいかに重要な存在であるかを改めて考えてみるのもいいかと思う。
1873年にロシアに生まれたセルゲイ・ラフマニノフは1943年まで生きのびた。ほぼ「20世紀の作曲家」といっていい。けれども、ごく最近までの音楽書を開くと“ロマン派”の残像として語られていたり、“最後のロマン派”と括られるケースが多かった。
たしかに19世紀的な語法と形式を基本に曲を書いた。しかしながらこれは別に彼が過去の伝統に縛られていたわけでもなく、モスクワ音楽院で同僚だったスクリャービンや生きた時代がほぼ重なるシェーンベルクあたりと違った方向性を模索し、未来を見据えて独自の作曲スタイルと音楽家としての新しい生き方を選択したと捉えるべきだ。
実際のところ、彼の交響曲が日本においてもオーケストラの重要なレパートリーのひとつとなって久しい。ピアノ協奏曲はピアニストたちの名演によって、ますますその芸術性が高まりつつある。
さて今回は、ラフマニノフ・ビギナーにとって必聴の名曲と名演をご紹介したい。
1. ラフマニノフの代名詞といえばこの曲
ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 Op.18
ラフマニノフの代名詞的作品。昨年の東急ジルべスターコンサートで、人気ピアニストの角野隼斗が東京フィルハーモニー交響楽団と共演して弾いた曲。
最初にピアノ・ソロで弾かれる和音は、ロシア正教会の鐘の音に由来するラフマニノフのトレードマーク。全編にわたりソロとオーケストラそれぞれの魅力が最大限に発揮され、とくに終楽章での憧れに満ちた副主題(※)は魅力的で、華々しいエンディングでもフルに活用され、聴覚的にも視覚的にも圧倒的な感動をもたらす。
※副主題:複数の主題をもつ楽曲において副次的な機能を果たす主題。主要主題の働きを助ける。
新ドラマ「リバーサルオーケストラ」(門脇麦、田中圭主演)のエンディングテーマとしても使われている。
【おすすめCD】ニコライ・ルガンスキー(ピアノ)、サカリ・オラモ(指揮)、バーミンガム市交響楽団
名曲だけにどの録音でも満足できる。このルガンスキー盤は弱音の美しさとオーケストラとのバランス感が優れ、両端楽章でのヴィルトゥジティはさることながら、第2楽章のリリシズムが出色。
ちなみにラフマニノフ自作自演盤も名演。基本的に作品解釈に関して、今日のスタンダードな演奏コンセプトと違いはあまりなく、演奏の上で大きな手がかりとなりうる貴重な録音。
※トラック1~3
2. ラフマニノフの魅力が詰まった1時間の大作
交響曲第2番 ホ短調 Op.27
演奏時間が1時間に及ぶ大作。第1楽章は、暗くうごめくような動きが印象的な序奏と、主部での2つの主題ともに息が長く、おだやかさと劇的なテンペラメント(※)が交錯する。圧巻は第3楽章のアダージョで、纏綿し抒情性が際立つ美しい旋律はラフマニノフの真骨頂。
※テンペラメント:感情の起伏
【おすすめCD】アンドレ・プレヴィン(指揮)、ロンドン交響楽団
ゆったりとしたテンポのロイヤル・フィルハーモニックとの3回目の録音も味わいに富むが、彼の指揮による代表盤といえばこのロンドン響との2回目の録音。流れるようなテンポにのってあふれ出す情感と、オーケストラの機能美を最大限に引き出した名演。実際この演奏(73年録音)が同曲の魅力を世界的に知らしめた。
※トラック1~4
3. 人気上昇中。ピアニストの演奏技術と体力が試される難曲
ピアノ協奏曲第3番 ニ短調 Op.30
近年、日本でも演奏される機会が増えた作品。ピアノ協奏曲第2番より、この第3番を愛好する人も多い。
コンポーザー・ピアニストとしても活躍したラフマニノフは、1909年にアメリカ公演を実現させる。その演奏会のために書かれたのがこのピアノ協奏曲第3番で、初演は11月にニューヨークで行なわれた。作曲者自身のソロ、共演はワルター・ダムロッシュ指揮のニューヨーク交響楽団だった。
第2番より規模が大きく、演奏時間は45分を超える。高度な演奏技術(と体力)が要求されることでも知られ、ピアニストにとってチャレンジングな作品のひとつ。
第1楽章は短いオーケストラの前奏の後にピアノ・ソロがこぢんまりとした旋律を奏でるが、これがオーケストラを交えてシンフォニックに発展していく。変奏曲ともとれる穏やかな第2楽章「間奏曲」から休みを置かずに、熱烈な表現をみせる終楽章に突入、最後はニ長調に転調し華々しいコーダ(※)となる。
※コーダ:ある楽曲において、本来の主要部分に対して付け加えられた終結部分。
ラフマニノフと交友関係にあった、かのウラディミール・ホロヴィッツが世界初録音を果たしたことでも知られる。
ちなみに後年にはニューヨーク滞在中のラフマニノフをピアノメーカーのスタインウェイ社が支援し、ラフマニノフ自身も同社に様々なアドバイスを行なったとされ、密接な関係性が築かれた。
現在でもスタインウェイのインフルエンサー的な役割を担う“スタインウェイ・アーティスト”と呼ばれる世界的ピアニストが多数存在するが、ラフマニノフはその“はしり”でもあった。
【おすすめCD】マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)、リッカルド・シャイー(指揮)、ベルリン・ドイツ交響楽団
1982年のベルリンでのライブ盤。アルゲリッチにとってもこの作品は重要なレパートリー。超人的なテクニックと濃厚な表現力は絶美。シャイーとの白熱したやりとりも出色(とくに第2楽章)。とりあえずこの作品に親しむには最適。
※トラック1~3
4. ロシア正教会の鐘の音を模したラフマニノフのデビュー曲
前奏曲《鐘》嬰ハ短調(幻想的小品集 Op.3-2)
フィギュアスケートの浅田真央が、バンクーバー・オリンピックのフリーでこの曲を使い有名になった。ラフマニノフ19歳時の作品で、モスクワ音楽院卒業直後に作曲&自身により初演されたいわばデビュー曲。
《鐘》と呼ばれるのは、ピアノ協奏曲第2番第1楽章の出だし同様に曲のテーマがロシア正教会の鐘の音を模しているからで、後年出版される際に付けられた。ピアノのペダルを効果的に用いて重々しく始まり、中間部では激しく加速して雪崩のようなパッセージが堂々たるテーマの再現を導く。演奏時間約4分。
【おすすめCD】ルーカス・ゲニューシャス(ピアノ) ラフマニノフ「前奏曲集」
1990年モスクワ生まれのゲニューシャスは、2010年のショパン国際ピアノコンクールで第2位、2015年のチャイコフスキー国際コンクールでも第2位に入賞している。デリカシーに富んだ精緻な表現が美しい人で、このラフマニノフでも多彩な色づかいとけっして過剰にならないリリシズムの表出が見事。
※《鐘》はトラック1
5. これこそラフマニノフの魅力を知る近道
《ヴォカリーズ》(「14の歌曲」Op.34-14)
最後にラフマニノフの歌曲をあげておきたい。モスクワ音楽院在学中からラフマニノフはロシア語による歌曲の創作を始めていた。《ひそやかな夜の静寂(しじま)のなかで》(Op.4-3)なども本当にきれいで、19歳の青年ならではの感受性が伝わってくる。
しかし、この歌詞を持たない「ヴォカリーズ」こそラフマニノフの魅力を知る近道かもしれない。ほぼ母音のみ、声の美しさだけでメランコリーと甘美な情緒が不思議に溶け合い、繊細な世界が紡ぎだされてゆく。器楽による様々な編曲バージョンが作られているのもその魅力の証し。
【おすすめCD】ナタリー・デセイ(ソプラノ)、ミヒャエル・シェーンヴァント指揮ベルリン交響楽団
コロラトゥーラ(※)歌手としてセンセーションを巻き起こしたデセイのデビュー時のアルバム「ヴォカリーズ」に収められた録音。澄んだ高音で滑らかに紡がれるトーンは神聖であり、セクシーでもある。ラフマニノフはこの曲をソプラノもしくはテノール用としているが、女声向きだと思う。オーケストラでの伴奏だがアレンジも自然で心地よい。
※コロラトゥーラ:声楽において、単一の音節を引きのばして歌われる急速で装飾的な技巧的パッセージ。とくに17-18世紀のオペラ、オラトリオ、カンタータ、ミサ曲などのアリアに多い。
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