読みもの
2023.09.16
映画の中のクラシック#3

『ショーシャンクの空に』~囚人が空を見上げる名シーンでオペラ二重唱が届けた自由

往年の名作映画から最近のアクション映画まで、実に多くの映画でクラシック音楽が使われています。なぜ監督はこの曲を選んだのか。その理由を探ることから見えてくる、クラシック音楽の新たな魅力をお伝えします。

山田真一
山田真一 (芸術文化研究者、音楽評論家)

シカゴ大学大学院博士課程修了。芸術組織や文化政策などの講義、シンポジウム、セミナーなどを行なう一方、評論活動ではオーケストラ、オペラを中心に、海外在住経験を生かし、直...

イラスト:駿高泰子

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アカデミー賞空振りから映画史上の名作へ

映画好きの方なら、タイトルや、雨の中で半裸の主人公が空を向いて手を広げているシーンを見たことがあるかも知れない。

『ショーシャンクの空に』(The Shawshank Redemption)は、それほど人気があり、米国議会図書館の保存映画にも登録されている名作だ。

『ショーシャンクの空に』トレーラー

公開は1994年。監督・脚本を務めたフランク・ダラボンは、これが実質監督デビュー作だったが、翌春のアカデミー賞に7部門もノミネートされ、一躍ハリウッドに名前を広めた。

だが、米国の興行成績は芳しくなく、アカデミー賞ノミネート後にようやく観客を増やし、制作費を稼ぎ出した程度だった。頼みの綱だったアカデミー賞も1部門も受賞できなかった。

そんな映画がなぜ映画史に残る名作になったのか。そして、名作たらしめた要素の一つとして、オペラの女声二重唱が重要な働きをしていることを紹介しよう。

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S.キングの原作に忠実で細部に至るこだわり

監督のフランク・ダラボンは、両親がハンガリー動乱から逃れて米国へ亡命する途中で生を受けた。映画監督になるために高卒後、映画館で働き始め、制作スタッフからたたき上げで監督になった異色のキャリアの持ち主だ。

『ショーシャンクの空に』の原作は、ホラー小説の天才スティーヴン・キングの中編小説『刑務所のリタ・ヘイワース』(Rita Hayworth and Shawshank Redemption)で、ダラボン自身が映画化権を購入し製作にこぎつけた。それだけにプロット、人物設定から各シーンの細部まで彼のこだわりが徹底している。

例えばショーシャンク刑務所は、第二次世界大戦直後が舞台ということで、重厚な石造りのオハイオ州立少年院跡でロケされた。通常、映画には主要人物に女性が現れるが、原作どおり男だけの、それも囚人だけの話。1990年代のアメリカというと、全米で刑務所が満杯になり、刑務所内暴力が問題になっていた時期だったが、そんな社会状況は一切考慮されていない。

筆者も公開時に見たが、知られていた監獄状況と掛け離れていて戸惑ったものだ。これが監獄映画? 囚人同士の暴力沙汰は描かれているものの、とても穏便で、40年代から60年代までの時代作品とはいえ、パラダイス過ぎると思ったものだ。こうした要素が、そのまま公開当時に不人気な理由だった。

また、タイトルも分かりにくい。英語では『ショーシャンクの贖罪』で、S.キングの原作名をそのまま用いたものだが、当時すでに敬虔なキリスト教徒が過半数でなくなった米国で、“贖罪”という言葉の意味もほとんど理解されなかった。

監獄という状況から人生の重要な問題を問いかける

ところが劇場公開終了後にビデオがリリースされると、レンタルビデオ市場で1995年最大のヒットとなった。理由は、気になるシーンを止めたり、繰り返し見ることが可能になったため。人気作になった過程は、リドリー・スコット監督『ブレードランナー』にも通じている。

以降、テレビ放送、レンタル市場、配信市場で常に上位の人気を保ち、米国議会図書館に登録されるまでの存在になった。

単なる監獄映画としてみれば、面白さは余りない。しかし、監獄のような状況に置かれた人々が何をするのか、何を思うのか、そして絶望的な状況に救いは訪れるのか、といった人生の重要な問題を問いかける、と理解できると、まったく異なる映画として鑑賞できる。

主人公が囚人仲間の待遇改善のために動くシーン。待遇改善が物語の重要な軸となる

突然監獄に響き渡るオペラの二重唱

サントラ作曲はトーマス・ニューマン。ハリウッド映画音楽の父の一人といわれるアルフレッド・ニューマンの息子で、最近は「007」も手掛ける売れっ子作曲家だ。監獄映画であるにもかかわらず、クラシック調のオーケストラによる音楽が全編に流れる。

『ショーシャンクの空に』サントラ

そうしたサントラがあるとはいえ、突然、劇中で女声の二重唱が監獄に響き渡るとは、一体どんな場面だろうと、未鑑賞の方には想像がつかないだろう。実際見ていても、なぜここでオペラの二重唱?という驚きのシーンだ。

それもそのはずで、脚本はかなり原作に忠実だが、この場面は原作になく、ダラボン監督のアイデアによるもの。

だが、これが実に効果的で、男ばかりの自由のない世界で、突然監獄内に響き渡る《フィガロの結婚》、伯爵夫人とスザンナによる「手紙の二重唱」を聴いて、オペラなど見たこともない囚人と看守が、監獄内スピーカーから流れる音楽を聴くために空を見上げるという名シーンとなる(邦題はここからも取っている)。

モーツァルト《フィガロの結婚》第3幕より「手紙の二重唱」

そして、ここで主人公の一人が、「聴いたこともない音楽だが、心が震えるほど美しい」と呟く。これほど音楽の神髄を示した言葉はないだろう。

そして、彼らは監獄という自由のない世界で、自由な気持ちを一瞬だけ味わう。クラシック音楽ばかり聴いて脚本を書いたというダラボン監督ならではだ。

映画『ハンガー』では女声二重唱が妖艶な世界を作り出す

もう一つ、映画で使われ世界中で聴かれるようになった女声の二重唱を紹介しよう。

1983年公開のトニー・スコット監督『ハンガー』で使われている、ドリーブ作曲のオペラ《ラクメ》の「花の二重唱」

『ハンガー』のトレーラー

映画はデヴィッド・ボウイとカトリーヌ・ドヌーヴという超著名な2人が主人公の、現代の吸血鬼(!)というちょっと奇妙な物語だが、この2人が出演ということでカルト的人気のある作品。吸血鬼のドヌーヴと女医の絡みのシーンで「花の二重唱」が流れる。

ドリーブ《ラクメ》第1幕より「花の二重唱」

サスペンス映画だが、この二重唱のおかげで、まったく異なる妖艶な世界を作り出している。

山田真一
山田真一 (芸術文化研究者、音楽評論家)

シカゴ大学大学院博士課程修了。芸術組織や文化政策などの講義、シンポジウム、セミナーなどを行なう一方、評論活動ではオーケストラ、オペラを中心に、海外在住経験を生かし、直...

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