『ダイ・ハード』シリーズ~「第九」や馴染みあるクラシックの意外な使われ方
往年の名作映画から最近のアクション映画まで、実に多くの映画でクラシック音楽が使われています。なぜこの曲が使われているのか。その理由を探ることから見えてくる、クラシック音楽の新たな魅力をお伝えします。
シカゴ大学大学院博士課程修了。芸術組織や文化政策などの講義、シンポジウム、セミナーなどを行なう一方、評論活動ではオーケストラ、オペラを中心に、海外在住経験を生かし、直...
“世界でもっともついていない男” が何度も“死ぬ”と思われた危機を乗り越える人気シリーズ
昨年、引退を発表した映画俳優ブルース・ウィリス。アクション・スターとしてだけでなく、キャラクターに深みを持たせる演技も優れており、お疲れ様と言いたい。
そのウィリスの代表作は、5作まで製作された『ダイ・ハード』シリーズだろう。第1作は、世界の経済大国として日本が注目された80年代とあって、舞台が日系企業となるなど日本人にも馴染み深い作品となった。
今さら紹介も必要ないと思うが、『ダイ・ハード』シリーズは、“世界でもっともついていない男”、ニューヨーク市警のジョン・マクレーンが、行く先々で予測不能な事件に巻き込まれ、何度も“死ぬ”と思われた危機を乗り越え(つまり、なかなか死なない=ダイ・ハード)、事件を解決する物語だ。
物語は明快で、正義(警察)vs悪(テロリスト、武装集団)という構図、そして最後はハッピーエンド。第1作と第2作はラブラブの夫婦が待ち合わせの日に、“ついてない”事件に遭遇する、しかも外国勢力が絡むテロ事件、という建付けが人気となり、ウィリスの演技と相まって長期シリーズとなった。
『ダイ・ハード』シリーズの5作目で最終作となった『ダイ・ハード/ラスト・デイ』のトレーラー
コミカルとクラシック音楽という新しい要素
『ダイ・ハード』が登場するまで、ハリウッドのアクション映画といえばシリアス。それが『ブルース・ブラザース』(1980)あたりから、コミカルな要素も受け入れられるようになり、第1作の『ダイ・ハード』(1988)のブレイクとなった。ウィリスはもともと、テレビのコメディ・ドラマで売れ始めただけに、意外性のある組み合わせから人気となった。
そしてもう一つ、この新しいヒーロー像をつくりあげた映画シリーズでは、クラシック音楽がとても重要な要素となっている。ダイ・ハード主要3部作の第1作から第3作には、バッハ、ベートーヴェン、ブラームスという3大B(!)が登場、さらに第2作ではほぼまるごとシベリウスの交響詩《フィンランディア》が使われるなど、シンフォニックなクラシック音楽を満喫できる映画でもある。そこで今回は、主要3部作でどのようにクラシック音楽が使われているか紹介しよう。
『ダイ・ハード』~クラシックを熟知したマイケル・ケイメンが「歓喜の歌」を真正面から使う
主要3部作に共通しているのは、音楽をマイケル・ケイメンが担当していること。ジュリアード音楽院でオーボエを専攻しながら、ロック=クラシックのフュージョン・バンドを結成し、エアロスミスやデビッド・ボウイ等ともコラボしたが、『ダイ・ハード』シリーズでは、伝統的なサンスペンス調の音楽をオーケストラに演奏させている。
第1作『ダイ・ハード』では、何といってもベートーヴェンの「第九」が活躍。クリスマスに夫婦で待ち合わせをするのだが、数あるクリスマスソングが登場しながら、テロリストが目的の大金庫を開ける場面で、オーケストラ演奏の「歓喜の歌」が流れる。
「歓喜の歌」(ベートーヴェン:交響曲第9番~第4楽章)(部分)
「第九」を映画で効果的に用いたのは、キューブリック監督などの前例があるが(『時計じかけのオレンジ』)、「歓喜の歌」を正面から使ったドル箱映画はないように思う。
そして、エンドクレジットではソリストを加えた合唱による「第九」終楽章の後半がそのまま流れる。この意外性のある使い方は、ポップスもクラシックも熟知しているケイメンだからこそできることだろう。
『ダイ・ハード2』~勝利のシーンでシベリウス《フィンランディア》が炸裂
第2作『ダイ・ハード2』でも、同じくケイメンのオーケストラによるサスペンス調オリジナル・サウンドトラックが流れるが、例外がシベリウス。
テロリスト集団が怪しい動きを始めるときに、交響詩《フィンランディア》の陰鬱な前奏が流れる。これが何度か流れたり、《フィンランディア》の旋律の一部のアレンジがケイメンのオリジナルに引用されて進行するが、ウィリスがテロリスト集団をやっつけて、飛行機が次々と着陸する場面(テロの舞台が空港)で、《フィンランディア》のトゥッティ(全合奏)が全開モードで炸裂する。
シベリウス:交響詩《フィンランディア》
クラシック・ファンなら誰もが知る名曲を、こんなふうに使うのは、やはりケイメンならではだが、楽曲のチョイスは監督のレニー・ハーリンがフィンランド出身ということもあるだろう。
『ダイ・ハード3』~ブラームス「交響曲第1番」やロシア・アヴァンギャルドの作曲家も登場
第3作『ダイ・ハード3』でも、ケイメンのオリジナル音楽は同じ基調だが、違うのは楽曲が旋律の引用だけでなく、完全にフュージョン化しており、ブラームスの「交響曲第1番」がサントラにクレジットされているものの、一聴しただけでは、前2作のように明確にどこにクラシック音楽が使われているかは分かりにくい。
ブラームス:交響曲第1番
映画『タイタニック』で有名なジェームズ・ホーナーなどは、明らかにクラシック音楽の旋律や構造を引用しているのにオリジナルだと主張しているが、これとは対照的だ。
興味深いのは、ロシア・アヴァンギャルドの作曲家アレクサンドル・モソロフ(1900~1973)の交響的エピソード《鉄工場》が使われていること。こちらのほうがブラームスより引用が明快だが、音楽がストラヴィンスキー調なので、曲を知らなければオリジナルと思うだろう。
もっとも、映画全体では、アメリカの南北戦争で有名になった《ジョニーが凱旋するとき》が前2作の「第九」や《フィンランディア》的な扱いで、印象に残る音楽となっている。
《ジョニーが凱旋するとき》
クラシック・ファンにあまりにも馴染み深い曲が登場するアクション映画、それが「ダイハード・シリーズ」なのだ。
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