読みもの
2022.10.03
ジャケット越しに聴こえる物語 第1話

CDサイズだからこそ見えてくる絵画の細部〜ヴァイオリンや楽譜から聴こえるルイ15世の時代

配信だけではもったいない! 演奏が素晴らしいのはもちろん、思わず飾っておきたくなるジャケットアートをもつCDを、白沢達生さんが紹介する連載。12cm×12cmの小さなジャケットを丹念にみていると、音楽の物語が始まります。

白沢達生
白沢達生 翻訳家・音楽ライター

英文学専攻をへて青山学院大学大学院で西洋美術史を専攻(研究領域は「19世紀フランスにおける17世紀オランダ絵画の評価変遷」)。音楽雑誌編集をへて輸入販売に携わり、仏・...

この記事をシェアする
Twiter
Facebook

クラシックにはお決まりの西洋絵画。丹念にみていくと......?

クラシック音盤のジャケットには、昔から西洋絵画がよく使われてきました。その美しさが映えるにはLPレコードの大きさが必要! との声も根強く聞かれますが、なにしろCDがリアル音盤の主流になって30年。大判画集に対する文庫本のように、手元でじっくり眺めるのに適した10数センチ四方のCDサイズだからこそ生きてくるデザインもまた、確実に豊かになってきています。

細部まで比較的写実的に描かれているタイプの西洋絵画は、いわば画集の部分拡大図のように、CDジャケット向けにうまく一部を切り出してこそ細かなディテールに目が向きやすくなるように思います。

たとえばこの、フランスのヴァイオリン奏者/作曲家、ルクレールのヴァイオリン・ソナタ集。

単純に、ヴァイオリンが描かれた同じ18世紀フランスの作品をジャケットにしているように見えて、細かく見てゆくと、この部分図に録音内容を象徴的に表す要素が驚くほど詰まっていることに気づかされます。

ルクレールはバッハやラモーなどより10歳以上年下で、活躍期にはフランス・バロック芸術の象徴的存在である太陽王ルイ14世はもうおらず、その曾孫で後継者のルイ15世がフランス王でした。フランス独自の本格的なヴァイオリン芸術を初めて確立した功績は強い印象を残し、その作品はフランス革命期を経て19世紀まで忘れられませんでした。

ジャン=マリー・ルクレール(Jean-Marie Leclair, 1697年5月10日 リヨン - 1764年10月22日 パリ)

アンサンブル415やカフェ・ツィマーマンの中核メンバーとして存在感を発揮してきた名手ダヴィド・プランティエによるこのCDのジャケットには、ルクレールより2世代年下ながら彼と同じくルイ15世の治世下で、ロココの華やぎと啓蒙思想の刺激を感じながら活躍した静物画家ジョラ・ド・ドベルトリ(1728-1796)の絵がジャケットに使われています。

描かれているヴァイオリンには、当時まだ発明されていなかった顎当てがついておらず、弓もやや真っ直ぐな18世紀中盤流。まずはそのあたりが目を引きますね。

楽器の下には開かれた楽譜が。フランス語で「楽しい舞踏曲集 LES DANSES AMUZANTES」の文字が目に止まります(その下に、画家は印刷文字を装ってさりげなく自署を書き込んでいます)。伝統的なフランス様式の音楽では、宮廷舞踊のステップを使った舞曲が多用され、その延長線上にいたルクレールもヴァイオリン向けに多くの舞曲楽章を書いていました。またフランスではヴァイオリンは舞踏伴奏に適した楽器と考えられており、そうした含みも、この記述から読み取れそうです。

またヴァイオリンのネックの下には、別の本の表紙に書き込まれたville(町)という単語も見え、余暇に室内楽演奏を楽しむようになった、ルクレール作品の楽譜購入者たちの姿も連想されます。

楽器たちから広がるファンタジー

細部の面白さは文字だけでは終わりません。

ヴァイオリンにはナチュラルホルンが添えられていますが、この楽器は当時オーケストラ楽器というより、むしろ狩猟に際して遠方の仲間と連絡を細かく取り合うための道具として知られていました。

そういえば、ルクレールを王室楽団に迎えたルイ15世は、音楽に関心が薄かった一方、狩猟には大いに興じていたことで有名な王様でした。

ルイ15世の宮廷画家ジャン=バティスト・ウードリー作「サン=ジェルマンの森で鹿狩りをするルイ15世」(1730年/オーギュスタン美術館トゥールーズ所蔵)

手前にはフルート。ルクレールの作品にはフルート向けの音楽もあり、それを暗示する要素と思えば、さらなる音楽鑑賞への展望も開けるかもしれません。

同時に、この頃のフランス人たちが人目のつかない郊外の田園地帯へ繰り出し、そこで人目を忍んで心を交わし合う男女が、笛ひとつの伴奏で恋歌を歌い興じたり、舞踏を愉しんだりもしていた様子もよく絵画化されています。笛はいわば、屋外の自然や恋の予感とも無縁ではない図像ということもできます——ルクレールの美しい音楽に、そういった人知れぬ優しい秘密の気配を感じてみるのも、ある意味で18世紀フランス人のような愉しみ方なのかもしれません。

手元で眺めやすいからこそ、細部までじっくり見る気になってくる——それがCDジャケットの魅力のひとつ。21世紀になおクラシック音盤を作っている人たちは、その特性もよく認識しているに違いありません。

ルクレール:ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ集
今回のCD
ルクレール:ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ集

ダヴィド・プランティエ(バロック・ヴァイオリン)

ル・パルナス・フランセ(古楽器使用)

Ricercar(ベルギー)2021年11月発売

RIC431(原盤)/NYCX-10263(日本語解説添付版)

連載に寄せて

定額配信アプリや動画サイトを通じて録音物を聴けてしまう昨今、生演奏に触れるのでなければ音楽は「手触り」を失いつつあるのかもしれない……と思いきや、クラシックのCDは今も世界で毎月100枚以上新しくリリースされているのが現実。

 

大規模宣伝・大量消費レコードビジネスの時代は過去のものとなった一方、細分化したリスナーの好みを明敏に捉え、細やかに制作・販売を続ける小規模レーベルがそれぞれにユニークな発展を続けています。そうやって根強く新譜を作り続けているレーベルは、概して仕事が細部まで行き届いていて丁寧。アルバムコンセプトの作り込みも入念で、ジャケットデザインもよく考え抜かれており、その洞察の深さに驚かされる例も少なくありません。

 

注目すべき職人芸がそこにあるなら、スルーし続けるのはもったいない。筆者の目にとまった味わい深いジャケットアート、折に触れ少しずつ紹介してゆきます。

白沢達生

白沢達生
白沢達生 翻訳家・音楽ライター

英文学専攻をへて青山学院大学大学院で西洋美術史を専攻(研究領域は「19世紀フランスにおける17世紀オランダ絵画の評価変遷」)。音楽雑誌編集をへて輸入販売に携わり、仏・...

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ