読みもの
2021.08.17
8月27日(金)公開『プラシド・ドミンゴ~アレーナ・ディ・ヴェローナ音楽祭2020~』

イタリア夏の風物詩ヴェローナ音楽祭〜2020年、プラシド・ドミンゴ奇跡の公演を映画で

コロナ禍で多大な影響を受けた2020年のイタリア。そんななか、普段の動員数からは考えられないほど人数を絞って開催に漕ぎ着けた100年以上の歴史をもつアレーナ・ディ・ヴェローナ音楽祭。レジェンド歌手プラシド・ドミンゴが出演し、ヨーロッパ音楽界の復活の光を見せてくれた公演は話題となり、今回、映画化されました。何度も音楽祭を体験しているオペラ・キュレーターの井内美香さんが、この映画の見どころと、ヴェローナの魅力を教えてくれました。

井内美香
井内美香 音楽ライター/オペラ・キュレーター

学習院大学哲学科卒業、同大学院人文科学研究科博士前期課程修了。ミラノ国立大学で音楽学を学ぶ。ミラノ在住のフリーランスとして20年以上の間、オペラに関する執筆、通訳、来...

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2020年、ヴェローナ音楽祭の100年を超える歴史に訪れた危機

イタリアの夏の風物詩といえば、アレーナ・ディ・ヴェローナ音楽祭の野外オペラが思い浮かびます。約2000年前に作られた石造の遺跡である古代ローマの円形闘技場(アレーナ)は、生の声とオーケストラに適した抜群の音響をもち、1913年から(戦争中の短い中断を除いて)毎夏に音楽祭が開催されています。

ブラ広場から見たアレーナ・ディ・ヴェローナ。
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ところが同音楽祭も、昨年からのコロナ禍では大きなダメージをこうむりました。絶好調だった前年(2019年)には、オペラ5演目トータル51公演を行ない、チケットの売上げ総数が426,649枚に達していたところ、2020年夏にはオペラ上演はゼロとなります。関係省庁からの要請をクリアする条件のコンサートをなんとか11回開催しましたが、通常15,000人収容の会場に許可された入場者数は3,000人。オペラの舞台と客席として使っていた中央部分に特別なステージを設置しての実施となり、昨夏のチケットの売上げ総数は20,941枚にまで落ちこみました。

しかし世界のトップ・アーティストが出演する音楽祭だけあって、コンサートの出演者は豪華でした。このコンサート・シリーズの最後を飾ったのがオペラ界のレジェンド、プラシド・ドミンゴを迎えた2晩のガラ公演です(1回は歌手として、1回は指揮者として出演)。ドミンゴはそれまで毎年のようにヴェローナに出演し、音楽ファンを魅了してきました。

音楽界の復活を示した熱狂の一晩が映画に

8月27日(金)より公開の『プラシド・ドミンゴ~アレーナ・ディ・ヴェローナ音楽祭2020~』は、この2020年のコンサートを収録した作品です。この映像が貴重なのは、コロナで壊滅的だった2020年前半から、夏にかけて動き始めたヨーロッパ音楽界の復活を示すものだからです。

ドミンゴ自身、この年の3月にコロナに罹患しましたが、幸い軽症に終わりました。ヴェローナでのコンサートは、彼にとっても久しぶりの国際的な檜舞台だったのです。

共演はソプラノ歌手のサイオア・エルナンデス、指揮はジョルディ・ベルナセル。二人はドミンゴと同じスペイン出身のアーティストです。オーケストラはアレーナ・ディ・ヴェローナ管弦楽団。コンサートはヴェルディとジョルダーノという、二人の作曲家のオペラ・アリアで構成されています。

まずはヴェルディ作曲《ジョヴァンナ・ダルコ》の序曲が演奏されました。弦の力強さに加え、オーボエとフルートのソロを聴いていると、その自然な歌い方に、ああ、やはりメロディの国イタリアだなぁと感激します。オペラを知りつくした演奏が堪能できるのです。

ソプラノ歌手エルナンデスに腕を貸したドミンゴが登場すると、会場は大きな拍手に沸きます。最初はドミンゴがお得意の《イル・トロヴァトーレ》ルーナ伯爵とレオノーラの二重唱。コンサート形式なのに、あっという間にそこにオペラが現出してしまうのは、やはりドミンゴの演技の濃さが尋常ではないからでしょう。

《椿姫》第2幕の二重唱も、ヴィオレッタを説得し、彼女の反応に一喜一憂する父ジェルモンを演じて聴きごたえたっぷりです。そしてジョルダーノの《アンドレア・シェニエ》からジェラールのアリア「祖国の敵」。シェニエを陥れたジェラールが自分自身を責め、苦悩を歌うバリトンの名アリアです。

エルナンデスはミラノ・スカラ座などで活躍している、今もっとも美しい声を持つソプラノの一人。彼女が得意とする《アンドレア・シェニエ》の「私の母は殺された」は迫力があり、客席には大きな拍手と歓声が響きました。また《椿姫》のヴィオレッタでも、ドミンゴのジェルモンに引けを取らない二重唱が素晴らしかったです。

ヴェルディとジョルダーノのオペラ・アリアを歌う本編が終わり、それまでのヒロイックな雰囲気からガラッと変わって、色彩が鮮やかなサルスエラ(スペイン語の音楽劇)が始まります。

ドミンゴはそれまで着ていた燕尾服からアイボリーのスモーキング・ジャケットに変えて登場し、一気に夏の音楽祭の雰囲気に。エルナンデスも、深いグリーンのドレスにフラメンコのショールをかけて登場です。ジプシー娘や闘牛士が登場するサルスエラの歌とお芝居を楽しみ、最後には“三大テノール”以来、ドミンゴのエンブレムとなった《港の居酒屋》からのアリアが歌われ、コンサートは音楽に飢えていた観客の熱狂のうちに幕を閉じました。

アレーナ・ディ・ヴェローナ音楽祭2020の様子

2021年のヴェローナはオペラ公演が戻ってきた!

今年の夏のイタリアは、感染者数がかなり抑えられていることもあり、アレーナ・ディ・ヴェローナ音楽祭にもオペラ公演が戻ってきました。ただし、合唱団は舞台脇からの歌唱、エキストラの俳優たちは上演中マスク着用、舞台美術は映写を中心にと制約は多いです。まだまだコロナ以前の世界に戻るには程遠いですが、なんとかオペラを楽しむ環境が戻ってきているようです。

ヴェローナの中心地、アレーナがあるブラ広場では、劇場の外にたくさんのレストランがテーブルを設置しています。公演のあと、真夜中を回った頃に食事をし、オペラ談義を交わすのがヴェローナの楽しみでした。昼は暑くてもひんやりとした涼しさを感じられるイタリアの夜、あの空気の中に響くオペラをまた聴いてみたいものです。

公開情報
『プラシド・ドミンゴ~アレーナ・ディ・ヴェローナ音楽祭2020~』

8月27日(金) Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー

 

撮影日:2020年8月28日/ビスタ/88分/イタリア語/カラー/5.1chデジタル

字幕翻訳:井内百合子

原題:PLÁCIDO DOMINGO AT THE ARENA DI VERONA 

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公式HP: gaga.ne.jp/domingo

井内美香
井内美香 音楽ライター/オペラ・キュレーター

学習院大学哲学科卒業、同大学院人文科学研究科博士前期課程修了。ミラノ国立大学で音楽学を学ぶ。ミラノ在住のフリーランスとして20年以上の間、オペラに関する執筆、通訳、来...

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