ロト&レ・シエクルの「パリの夜」/高橋アキのシューベルト/キアロスクーロ四重奏団
林田直樹さんが、今月ぜひCDで聴きたい3枚をナビゲート。CDを入り口として、豊饒な音楽の世界を道案内します。
1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...
DISC 1
19世紀末フランスのダンス・ミュージックから広がる世界
「パリの夜―ミュージック・ホールとオペラからの舞曲集」
収録曲
ジュール・マスネ:キャバレーのワルツ ~ バレエ音楽《鐘》より、エルヴェ:スペイン女とセギディーリャ ~ バレエ音楽《パリ万国博覧会》より、ジャンヌ・ダングラ:ワルツ・恋の目覚め、イザーク・ストロース:エベ・ポルカ、テオドール・デュボワ:不実な人のワルツ ~ バレエ音楽《ラ・ファランドール》より、エミール・ワルトトイフェル:ギャロップ・駿足、シャルル・グノー:トロイアの女の踊り ~ 歌劇《ファウスト》のバレエ音楽 より、ヴィクトラン・ジョンシエール:ワルツ ~ 歌劇《騎士ジャン》のバレエ音楽 より、カミーユ・サン=サーンス:ワルツ ~ 歌劇《銀の呼び鈴》 より、ワルトトイフェル:スケートをする人々(スケーターズ・ワルツ)、アンブロワーズ・トマ:序曲 ~ 歌劇《レイモン》 より、エルネスト・ギロー:
目隠し鬼のワルツ ~ バレエ音楽《グレトナ・グリーン》 より、フィリップ・ミュザール:猿のポルカ、レオ・ドリーブ:ワルツ・レント ~ バレエ音楽《コッペリア》より、イザーク・ストロース:オッフェンバックの《地獄のオルフェ》によるカドリーユ、エルヴェ:船酔いのワルツ ~ バレエ音楽《英国のスポーツ》より、ワルトトイフェル:ポルカ・美しい唇
[ナクソス・ジャパン NYCX-10371]
音楽が生み出されたそれぞれの時代のオーケストラの響きを、臨機応変に再現し探求し続けているロトとレ・シエクルが、19世紀末フランスのダンス・ミュージックをテーマにした楽しいアルバムをリリースした。
原題を直訳すると、「舞踊音楽、フォリー・ベルジェ―ルからオペラまで」。フォリー・ベルジェ―ルといえは、画家マネが描いた、華やかなバーの鏡を背に美しいウエイトレスがうつろな目でこちらを眺めている、あの名作絵画の舞台となった場所ではないか!
そう、あそこで一体どんな音楽が鳴っていたのかが、ここでは再現されている。シャンパンの香りのする、社交界のざわめきの聞こえてくるようなダンスホールの、肩の凝らない娯楽音楽の数々。《スケーターズ・ワルツ》や、バレエ《コッペリア》の一部も聞こえてくる。マスネ、グノー、サン=サーンス、トマらの作品だけでなく無名作曲家の作品も多く、どれも興味深い。中でもアルザス生まれの作曲家イザーク・ストロース(1806-88)は、著名な文化人類学者クロード・レヴィ=ストロースの曽祖父なのだそうだ。刺激的な発見に満ちたアルバムである。
DISC 2
現代作品の名手だからこその時間感覚で味わう《レリーク》
「シューベルト:ピアノ・ソナタD840《レリーク》&即興曲D935」
収録曲
F.シューベルト: 4つの即興曲 作品142 D.935、ピアノ・ソナタ 第15番 ハ長調 D.840《レリーク》、クペルヴィーザー・ワルツ D.Anh.I,14(R.シュトラウス採譜)
[カメラータ・トウキョウ CMCD-28385]
なつかしい昔からの友人からの便りのように、高橋アキの演奏するシューベルトの新録音が届くのは、何と嬉しいことだろう。今回で第8弾。混迷の世の中で、確かな歩みを続けている芸術家の営みに触れることができるのは、同じ時代に生きる者の特権である。
2楽章まで残されているソナタ《レリーク》は、もし完成されていたら相当大規模な作品になっていたであろう未完の傑作。シューベルトの作品のなかではとりわけ反復と「間」が多く、孤独なモノローグのような、一種独特な存在感を放っている。ケージやフェルドマンなどの現代作品を自家薬籠中のものとしてきた高橋アキの演奏だからこそ、こうしたソナタの静的な時間感覚は聴き手もたっぷりと味わうことができる。
「4つの即興曲D935」も、飾らず、淡々として美しい。
しなやかで、底に強い意志を秘めた、こうした音楽こそ、今の時代が求めている。いつもながら録音も優秀で、みずみずしくピアノの響きをとらえている。
DISC 3
モーツァルト晩年の傑作にじっくりと付き合える名盤
「モーツァルト:弦楽四重奏曲第21~23番《プロシャ王セット》」
収録曲
モーツァルト:弦楽四重奏曲第21番 ニ長調 K.575 (プロシャ王第1番)、弦楽四重奏曲第22番 変ロ長調 K.589 (プロシャ王第2番)、弦楽四重奏曲第23番 ヘ長調 K.590 (プロシャ王第3番)
[キングインターナショナル KKC-6608]
キアロスクーロ四重奏団は、ロシアのヴァイオリニスト、アリーナ・イブラギモヴァを中心に英国ロイヤル・カレッジ・オブ・ミュージック(RCM)の友人たち(スペイン、スウェーデン、フランス人)で結成され、英国やドイツで活躍する多国籍なカルテット。古典派や初期ロマン派を得意とする。「キアロスクーロ」とは美術用語でコントラストを印象付ける明暗・陰影を意味する。それは、彼らの演奏の特徴でもある。
モーツァルトの弦楽四重奏曲というと、最も脂の乗り切った時期に精魂込めて完成させてハイドンに献呈された「ハイドン・セット」の6曲が有名だが、それ以降も傑作揃いで、特に晩年のモーツァルトが「骨の折れる仕事」と呼んだ「プロシャ王セット」の3曲には、ぜひ注目したい。
これらは、春の柔らかい日差しのような音楽である。だが、キアロスクーロ四重奏団の演奏は、一筋縄ではいかない。あちこちに、芯の強いフレーズによってハッとさせられる瞬間がたくさんある。陰影も濃い。軽く聴き流しても心地よい曲ばかりだが、いったん耳を真剣に傾けるなら、味わい深く、聴き手の高い要求に応えてくれる。モーツァルト好きであれば、じっくりと、長く付き合えるに違いない名盤だ。
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