【林田直樹の今月のおすすめアルバム】何度見ても新鮮なベルリン・フィルの子ども向けコンサート
林田直樹さんが、今月ぜひ聴いておきたいおすすめアルバムをナビゲート。 今月は、ベルリン・フィル・デジタル・コンサートホールから無料で視聴できる子ども向けコンサート、現代最高のチェリストのひとり、ジャン=ギアン・ケラスの2度目のバッハ無伴奏チェロ組曲、ゴーティエ・カピュソンとパッパーノの初共演によるイギリスを代表するチェロ協奏曲集が選ばれました。
1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...
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何度見ても新鮮、ベルリン・フィルによる子ども向けコンサート
ベルリン・フィル・デジタル・コンサートホール
キリル・ペトレンコ指揮&司会 ベルリン・フィル
サラ・エゼル(バレエ) ラインハルト・クライスト(ライブペインティング) 他
2021年9月19日
※視聴には会員登録が必要
オーケストラによる有料配信の草分け「ベルリン・フィル・デジタル・コンサートホール」には、実は優れた無料コンテンツがたくさんある。これは2021年9月収録と少し前のものだが、何回観ても新鮮であり、未見の方には真っ先に視聴をおすすめしたい。
ステージ後方には大画面が設置され、演奏の進行に合わせて、画家のラインハルト・クライストがライヴ・ペインティングをおこなう(これは映像だといっそう効果的)。その筆遣いと色彩、造形の巧みさ!本物の画家の手作業とはこんなにも魔法のようなものなのかと、子どもも大人も目が釘付けになってしまうことだろう。
そして火の鳥の登場は、客席の高いところの通路に突然姿を現すところがいい。そう、これはストラヴィンスキーが本来作曲したバレエとしての上演でもある。聴衆の間に入っていって優美な踊りを披露するサラ・エゼルは、ジョン・ノイマイヤーのもとハンブルク・バレエで実績を積み、現在は振付でも活躍しているダンサーだ。
指揮では鬼のような凄みある集中力を見せるペトレンコも、タクトを置いてトークするときは朴訥な感じで、会場を訪れた子どもたちへの優しさがにじみ出る。曲の進行を途中で止めては、奏者たちに特殊奏法の試奏と説明をさせたりする趣向もいい。オーケストラはただ演奏するだけでなく、個々の楽員も語るのだ(字幕は英語だが、視覚情報が多いので言葉がわからなくとも大丈夫)。
さすがベルリン・フィル、子ども向けのコンサートにおいても世界のリーダーである。
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深みが増したケラス2度目のバッハ無伴奏チェロ組曲
「J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲(全曲)+我ら人生のただ中にあって」
ローザス(アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル振付)
収録曲
[CD1]
組曲第1番 ト長調 BWV 1007
組曲 第2番 ニ短調 BWV 1008
組曲 第3番 ハ長調 BWV 1009
[CD2]
組曲 第4番 変ホ長調 BWV 1010
組曲 第5番 ハ短調 BWV 1011
組曲 第6番 ニ長調 BWV 1012
[Blu-Ray]
Rosas/Mitten wir im Leben sind/Bach6Cellosuiten(われら人生のただ中にあって/バッハ無伴奏チェロ組曲)
Rosas/ボスティアン・アントンチッチ、アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル 、マリー・グード 、ジュリアン・モンティ、ミヒャエル・ポメロ/ジャン=ギアン・ケラス
[キングインターナショナル KKC-6881/2]
現代最高のチェリストのひとり、ジャン=ギアン・ケラスのチェロによる、16年ぶりの再録音のバッハの無伴奏組曲に、今回はダンスの映像も加わる。
ケラスのチェロにローザスのダンスが加わった舞台「我ら人生のただ中にあって」は、100回近くも上演がおこなわれ(2019年5月には東京芸術劇場で来日公演があった)、クラシック音楽の生演奏とコンテンポラリー・ダンスのコラボレーションとして高い評価を得ている。それがスタジオ収録の映像として鑑賞できるようになった。
ローザスのダンサーたちの動きは、クラシック・バレエの統率された非日常的な美ではなく、もっと普段着感覚で日常の動きに近い。それは、バッハの音楽に対置されるものが、“どこにでもいる、私たち一個人”であることを意味しているように思える。
これらの組曲は、すべて舞曲の形式によって書かれているが、実際にダンサーと共演した経験は、ケラスの演奏解釈を大きく変えたようである。
バッハの作品を、湖底に沈んでいた太古の昔の黒い巨木に例えるならば、ケラスの演奏は、そこから緑の若葉が芽吹くような即興的な装飾が加わっていく感がある。すべての表現はみずみずしく清らかで、弱音は人の声のように深い。
ライナーノートにはローザスの振付家アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルとケラスの対談が掲載されており、音楽と舞踊の関係をめぐる興味深い内容となっている。
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初共演のゴーティエ・カピュソンとパッパーノによる英国を代表するチェロ協奏曲集
「エルガー、ウォルトン:チェロ協奏曲」
収録曲
エドワード・エルガー (1857-1934)
チェロ協奏曲 ホ短調 Op.85
1- I. Adagio. Moderato
2- II. Lento. Allegro molto
3- III. Adagio
4- IV. Allegro. Moderato - Allegro, ma non troppo - Poco più lento – Adagio
ウィリアム・ウォルトン (1902-1983)
チェロ協奏曲
5- I. Moderato
6- II. Allegro appassionato
7- III. Tema ed improvvisazioni (Theme and improvisations)
[ワーナーミュージック・ジャパン 2173.224483]
幼い頃からエルガーの名作、チェロ協奏曲に心酔してきたゴーティエ・カピュソンは言う――おそらくすべてのチェリストが、ジャクリーヌ・デュ=プレとジョン・バルビローリ指揮ロンドン交響楽団の録音に圧倒されてきただろう、それでも私たち一人ひとり皆が自分の魂を持っているのだと。
一方の指揮者アントニオ・パッパーノはこう語る――エルガーがワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の光と影から影響を受けていたことは明らかである、そして高貴なエルガーの音楽は埃をかぶったヴィクトリア朝の古い概念などではなく、驚くほどの情熱に満ちているのだと。
この二人の初共演となる今回のアルバムは、得意のイギリス音楽を演奏するときのロンドン交響楽団の堂々たる力強さ、セッション録音会場のセント・ルークスの響きの豊かさもあいまって、素晴らしい内容に仕上がっている。カピュソン自慢のゴフリラー1701年製の名器は冒頭から迫力満点にごうごうと鳴り響き、すべてのディテールに深みがあり、興奮させずにはおかないほど劇的である。
カップリングにイギリスが生んだもう一つの大切なチェロ協奏曲としてウォルトンの作品が選ばれているのもうれしい。オーケストラの扱いの熟達はウォルトンの大きな特徴だが、第1楽章の謎めいたカラフルな色彩、第2楽章の緊迫したスピード感、第3楽章の変幻自在な展開など、ドラマティックで味わい深い曲である。パッパーノが言うには、この曲にはエロティックなメロディがあり、マーラーやR.シュトラウス、ドビュッシーやラヴェルからの影響が感じ取れるのだという。
第1次世界大戦の後に書かれたエルガー、第2次世界大戦の後に書かれたウォルトン、という二つの作品を並べることで、イギリス音楽の近現代史の一端を感じさせてくれる点でも、意義深く魅力的なアルバムだ。
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