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2024.09.07
毎月第1土曜日 定期更新「林田直樹の今月のCDベスト3選」

巨匠的スケール感のヴァイオリニスト・ロザコヴィッチとプレトニョフが44歳違いの共演

林田直樹さんが、今月ぜひCDで聴きたい3枚をナビゲート。 今月は、プレトニョフが23歳の逸材ロザコヴィッチと共演したアルバム、ラトルがロンドン響時代に行なったブリテンの名録音、ノット&東京交響楽団のライヴ・レコーディングのピークとも言えるマーラー「第6」が選ばれました。

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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DISC 1

昔の大ヴァイオリニストのような響きに驚かされる

「フランク、グリーグ、ショール=プレトニョ:ヴァイオリン・ソナタ集」

ダニエル・ロザコヴィッチ(ヴァイオリン)、ミハイル・プレトニョフ(ピアノ)

収録曲
エドヴァルド・グリーグ:ソルヴェイグの歌(劇音楽『ペール・ギュント』より)(ダニエル・ロザコヴィッチ編)
セザール・フランク:ヴァイオリン・ソナタ イ長調 FWV 8
ドミートリイ・ショスタコーヴィチ:ロマンス (映画音楽『馬あぶ』より)
(ダニエル・ロザコヴィッチ編)
アレクセイ・ショール/ミハイル・プレトニョフ編:ヴァイオリン・ソナタ ロ短調 (ヴァイオリン協奏曲第4番による)
エドヴァルド・グリーグ:ヴァイオリン・ソナタ 第3番 ハ短調 Op.45
[ワーナーミュージック・ジャパン 2173.228580]

濃厚で甘くたっぷりとした音色は、まるで昔の大ヴァイオリニストのようだ。

2001年ストックホルム生まれ(今年23歳)の若手ヴァイオリニスト、ダニエル・ロザコヴィッチは、早くから逸材として注目され、わずか15歳でメジャーレーベルと契約するなど、すでに世界的に活躍を続けてきた。この録音で使用しているのは、かつてイヴリー・ギトリスが所有していたストラディヴァリウスの名器「エクス・サンシー」である。

この演奏に巨匠的なスケール感を与えているのが、ピアノのミハイル・プレトニョフ。1957年生まれだから44歳違いの共演である。ウクライナ侵攻以降はロシアからスイスに移り、ウクライナ人とロシア人が中心となったラフマニノフ国際管弦楽団を設立するなど、新たな活動を展開している。東京フィルの特別客演指揮者としてもしばしば来日して、日本の聴衆にはおなじみである。

冒頭のグリーグ「ソルヴェイグの歌」、そしてフランクのソナタでの深みのあるたっぷりとした響きは尋常ではない。ショスタコーヴィチの映画音楽《馬あぶ》から「ロマンス」、そしてウクライナ出身の1970年生まれで数学者から作曲家となったアレクセイ・ショールがプレトニョフの協力により協奏曲から編み直したソナタは、とても聴きやすく、19世紀的なロマンティシズムが脈々と生き続けていることを感じさせる。

締めくくりのグリーグのソナタ第3番は、かつてのクライスラーとラフマニノフの歴史的録音に敬意を払った選曲。ダイナミックで、どっしりと聴き応えがある。録音も生々しい臨場感があり、楽器の温度まで伝わってくるかのようだ。

DISC 2

ラトル&ロンドン響が残したブリテンの理想的名演

「ブリテン:青少年のための管弦楽入門、シンフォニア・ダ・レクイエム、春の交響曲」

サイモン・ラトル(指揮)ロンドン交響楽団
エリザベス・ワッツ(ソプラノ)、アリス・クート(メゾ・ソプラノ)、アラン・クレイトン(テノール)、
ティフィン少年合唱団、ティフィン児童合唱団、ティフィン女学生合唱団(ジェイムス・デイ(指揮))
ロンドン交響楽団合唱団(サイモン・ホールジー、合唱指揮)

収録曲
ブリテン:
シンフォニア・ダ・レクイエム op.20(1940)
春の交響曲(1948-49)
青少年のための管弦楽入門(1945)
[キングインターナショナル KKC-6816]

20世紀を代表する英国の作曲家ベンジャミン・ブリテンの名作3つを集めた、理想的な名演によるアルバムが登場した。

サー・サイモン・ラトル(1955年リヴァプール生まれ)は、ベルリン・フィル芸術監督(2002-18)を経て、ロンドン交響楽団音楽監督(2017-23)をつとめ、現在はバイエルン放送交響楽団首席指揮者(2023-)となっている。そのラトルがロンドン響時代におこなった多くのレコーディングのなかでも、これはもっとも記憶すべきアルバムといえる。

「シンフォニア・ダ・レクイエム」は、1940年の皇紀2600年祝典行事のための作品として当時の日本政府から委嘱されたが、レクイエムという曲の性格が奉祝曲としてふさわしくないという理由で拒絶された経緯を持つ。しかしラトル指揮の威厳ある力強い演奏を聴くと、たくさんの人々の死が国家の礎にあるということを再認識させられる。

続いて「春の交響曲」へという流れもとても良い。第2次世界大戦の直後に書かれたこの作品の冒頭に描かれる冬の不毛な景色は、戦争の惨禍と悲痛さそのものである。春の描写における児童合唱の可愛らしさも聴きものだ。

「青少年のための管弦楽入門」もほぼ同じ時期に書かれた作品だが、ブリテンにとって重要だった子ども、そして次の世代へというテーマがここで華やかに実を結ぶ。通常付けられるナレーションは無しの演奏で、純粋に音楽を楽しめるのもいい。

なお国内盤仕様では、フィリップ・リードやヘレン・ウォレスによる曲目解説や「春の交響曲」の歌詞の日本語訳が付いており、楽曲の理解に役立つ。

DISC 3

悲劇的な音のドラマに潜む夢や憧れ

「マーラー:交響曲第6番《悲劇的》」

ジョナサン・ノット(指揮)
東京交響楽団

収録曲
マーラー:交響曲第6番《悲劇的》
[オクタヴィアレコード OVCL-00854]

2014年から東京交響楽団の第3代音楽監督を務めてきた1962年イギリス生まれの指揮者ジョナサン・ノットの任期は2025/6年シーズンまでの長きにわたる。オクタヴィア・レコードへの同コンビのライヴ・レコーディングはブルックナー、ショスタコーヴィチ、マーラー、チャイコフスキーなど優れたものばかりだが、2023年5月録音のマーラー「第6」はそれらのピークともいえる。

第1楽章冒頭の重苦しい不吉な行進曲からして感じられるのは、音楽の内容自体はずしりと重いけれども、語り口はすっきりとして澱みがなく、あらゆる細部に明晰な意図が行き渡っているということである。

この複雑で巨大な交響曲の第一の魅力は、人生の闘争そのものであるかのような、エネルギッシュな響きが全体を支配していることにあるが、それと同時に、この演奏は、夢と憧れを秘めたような瞬間にもたくさん気づかせてくれる。カウベルやチェレスタの特別なきらめきはその象徴であるが、この録音では鮮明に聴き取れるのも嬉しい。

第4楽章では通常2回か3回使われるハンマーの破滅的な打撃音が、この演奏ではマーラーの初期のアイディアを汲んで5回にも及ぶのは興味深い。その印象は決してくどくなく、この悲劇的な音のドラマを、いっそう美しいものへと高めている。

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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