第1話「私を見ないで」~吹奏楽コンクールの全国大会、本当に大事なものはコンクールの結果?
演奏家にとって避けることのできない問題、それはメンタル。
本番で緊張する、演奏仲間とうまくいかない、ネガティブになってしまう……。
そんなさまざまな悩みを同じように抱える、みさきが丘高校吹奏楽部の部員たちといっしょに、あなたも自分の心の内を見つめてみませんか?
日本のとある地方にある「県立みさきが丘高校吹奏楽部」を舞台に、部員たちが直面する悩みをショートストーリーでつづります。
ソプラノサックス 浅田えり「私を見ないで」
額から汗が噴き出るのがわかる。
額どころじゃない。眉を伝い、鼻の先にもくすぐったい感覚がある。目に入ったらどうしよう。それよりも唇に汗が入ったら滑ってアンブシュアが保てない。ハンカチで顔を拭きたいけど、吹きっぱなしでタイミングがない。ああ、どうして私ってこんなに汗かきなんだろう。舞台はどうしてこんなにも暑いんだろう。
クーラーの効いた音楽室と違うのは、広すぎるステージ、まぶしすぎる照明、そして大勢の——ライバル校も含めた——観客! そしてその向こうに何千人、いや、もしかしたら何万人の視聴者!!
ソプラノサックスを持つ手が震える。県立みさきが丘高校吹奏楽部が挑む、はじめての吹奏楽コンクール全国大会。何千という高校の中からわずか30校だけが選ばれる全国大会のプレッシャーを知っている者は部員の中に誰もいない。しかも、ソプラノサックスの浅田えりは2年生。ほかのパートは3年生が主体なので、パート決めのときもひと悶着あった。推してくれた先輩のためにも、失敗するわけにはいかない。
それなのに。
今年から実施されることになった、全国大会のライブビューイング上映。自分だって、出場校じゃなかったら観に行っていたに違いない。強豪校への羨望のまなざしと、何かハプニングが起こるのではないかという、もしかしたら意地悪な期待も忍ばせて。そんな人が、全国の映画館に集まってまさに自分たちの演奏を見入っているのだ。
やっぱり、2年生の私じゃなくて、先輩が吹けばよかったのに。こんな緊張、耐えられないよ。指がすべりそうになる。震える手もスクリーンに映ってるのかな。カメラはステージ上にも2台ある。正面の観客席から狙っているのも見える。
どうか私の汗まみれの顔がアップになりませんように。
違う、いま大事なのは顔じゃない、演奏に集中しなきゃ!
浅田えりは、大きく息を吸い込んでカラカラの口にマウスピースをくわえ、体勢を整え、指揮者を見た。指揮者の頭上から直線的にライトが目を射た。まぶしい。こんなにまぶしかったっけ。
一瞬のことだった。
指揮者が出した、ソロへの合図を、見落とした。
たった数秒、でも、二度と戻らない時間。
やってしまった……。
五線からこぼれおちた音符を拾い集める時間はない。走っている列車に必死でしがみつくように、えりは最後まで吹き通した。曲が終わるのはあっという間だった。
すべての演奏が終わって、起立して、拍手を受ける。
『虹色の帆船』の大事な、大事なソロ。3か月間、このためだけに練習してきたのに。
なんであの時、照明に気を取られた?
指揮を見落とした、と思った瞬間、血の気が引いた。
あんなにかいていた汗がどこかに消えた。
会場を包む拍手の音がどこか遠いところのように感じられる。
映画館のスクリーンには呆然とした大きな黒い瞳が映り、やがて涙があふれだした。
メントレのスペシャリスト・クローゼが、毎回ハッとするような一言をつぶやきます。
思ってもみなかったところに解決の糸口が見つかるかも!
アプローチ1:準備はバッチリ?
練習はしっかり積んで演奏の準備としてはできていたかもしれませんが、カメラで撮られることの心の準備はできていたでしょうか。
アプローチ2:意識すべきものは?
演奏中に意識すべきことに集中できていたでしょうか。汗など関係ないものを意識してしまっていたかもしれません。
アプローチ3:本当に大事なものは?
大事なものはコンクールの結果だけでしょうか。結果に焦点を当てすぎるのはプレッシャーにつながります。
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