読みもの
2022.01.17
ドラマチックにする音楽 Vol.10

ドラマ『ミステリと言う勿れ』主人公の言葉に転がされるクラシック名曲たち

映画やドラマをよりドラマチックに盛り上げているクラシック音楽を紹介する連載。
第10回は、2022年1月10日にスタートした『ミステリと言う勿れ』。洞察力の鋭いおしゃべりな大学生を、菅田将暉が演じている。物語前半に波のように押し寄せるクラシック名曲の数々は、物語上どんな役割を果たしているのか?

桒田萌
桒田萌 音楽ライター

1997年大阪生まれの編集者/ライター。夕陽丘高校音楽科ピアノ専攻、京都市立芸術大学音楽学専攻を卒業。在学中にクラシック音楽ジャンルで取材・執筆を開始。現在は企業オウ...

この記事をシェアする
Twiter
Facebook

延々と続く会話劇

「僕は常々思ってるんですけど……

「僕は結構記憶力がいいんです」

「僕は偏見の塊で無茶なことを言いますが……」

続きを読む

久能整(菅田将暉)は、とにかくよくしゃべる。身に覚えのない殺人事件の容疑をかけられ聴取されているのに、だ。聞かれたことには端的に答えない。そのおしゃべりに大それた狙いや目的もない。それなのに、相手がなんだか納得せざるを得ない本質的なことを言う。

そんな不思議な大学生が主人公のドラマ『ミステリと言う勿れ』(フジテレビ系)のおもしろさは、会話劇にある。
きつく尋問を行なわなければならないはずの刑事たちは、久能の弁舌にのせられて、事件に関係のないプライベート話もついつい話してしまう。鋭い洞察に富んだ久能の言葉に、強面のベテラン刑事もなんだか腑に落ちてしまう。気づけば会話の主導権は久能に渡っていて、そこから本質的な謎が解き明かされていく。

事情聴取をされているのに、斜めの角度から自分語りを始める久能整(菅田将暉)。

予想できない言葉に転がされる音楽たち

ある種気まぐれでコロコロと展開する久能の言葉を、小気味のよいテンポで転がすのは、矢継ぎ早に流れるクラシックの名曲たちだ。第1話だけで10曲を超える作品たちが、久能の言葉に踊らされるように次々と登場する。

歌謡的なゆったりとした作品から、堂々としたマーチ、テンポの速いアレグロのピアノ・ソナタまで。スタイルも曲調も編成も違う多種多様な作品が登場するのは、それだけ久能のおしゃべりが変幻自在に展開していくということだ。

土日にカレーを作るのが、久能整の趣味。

これから事情聴取を受けるとも思わず、平和にカレーを作るシーンでは、モーツァルトによる純朴なピアノ・ソナタ第16。感傷的なシーンに寄り添うのはセンチメンタルなバッハ《G線上のアリア》。若手刑事が妻との悩みを久能に打ち明けるシーンでは、プロコフィエフ《ロメオとジュリエット》より〈モンタギュー家とキャピュレット家〉が、状況をより深刻そうに見せる。

久能の思う「真実」について語られるときに流れる、スメタナ《わが祖国》より〈モルダウ〉も印象深い。

「人は主観でしかものを見られない。それが正しいとしか言えない」

「神のような第三者がいないと、敵同士でしたこと・されたことが食い違う。どちらも嘘をついていなくても、話を盛っていなくても、必ず食い違う」

「真実は、人の数だけあるんですよ」

真実の違いによる争いは、奇しくもスメタナの状況に当てはまる。「モルダウ」とは、チェコの母なる川。しかしこれは、ドイツ語名だ。チェコ語名では「ヴルタヴァ」。作曲当時、オーストリアの支配下に置かれていたチェコは、母国語すら話すことができなかった。この作品こそ、チェコとオーストリアそれぞれの「真実」が食い違ってしまった過去を象徴している。

これらクラシック音楽は、物語が進むにつれてだんだんと登場回数が減っていき、事件の核心に迫るたびに明快さも薄れていく。そして音楽のない静寂の中で、ついに真相が語られ始める。音楽の波が押し寄せるユニークな前半部分と、ヘビーな後半部分。そのメリハリがあるからこそ、のちに明らかになる真実の深刻さが際立つのだ。

『ミステリと言う勿れ』は、千変万化な久能のおしゃべりによって謎が解き明かされる、新奇なミステリードラマ。久能の特別な言葉に寄り添う音楽の数々はまるで、それぞれの人物の中にある「真実」に向かう道中のお囃子のようだ。

作品情報
ドラマ『ミステリと言う勿れ』

出演:菅田将暉、伊藤沙莉、尾上松也、門脇麦、白石麻衣、鈴木浩介、筒井道隆、遠藤憲一ほか
原作:『ミステリと言う勿れ』 田村由美(小学館『月刊フラワーズ』連載中)
脚本:相沢友子
プロデュース:草ヶ谷大輔、熊谷理恵
演出:松山博昭、品田俊介、相沢秀幸
制作・著作:フジテレビ 第一制作部
©️田村由美/小学館©️フジテレビジョン

桒田萌
桒田萌 音楽ライター

1997年大阪生まれの編集者/ライター。夕陽丘高校音楽科ピアノ専攻、京都市立芸術大学音楽学専攻を卒業。在学中にクラシック音楽ジャンルで取材・執筆を開始。現在は企業オウ...

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ