オントリちゃんとゆく! 日本全国オンガクの旅 File.01

瀬戸内海に面する“お箏の街”広島県福山市を訪ねて

読みもの
2018.04.23

1つの楽曲、1つの楽器の奥に広がる歴史や文化……それを辿って旅をすることはどんなに楽しいだろう。当地へ実際に足を運び、この目で見ることで得られる発見は、音楽との付き合いをより豊かにしてくれるはずだ。さあ、オントリちゃんと一緒に音楽の旅に出かけよう。

今回は広島県の南東の端、福山市へ。市街地の中心には復元された名城・福山城がそびえ、瀬戸内海に面する鞆の浦エリアは《崖の上のポニョ》で宮崎駿監督がインスピレーションを得た地ともいわれる。そして、箏の生産量全国1位を誇る「お箏の街」としての顔、お正月に街中で流れる『春の海』との関わりも……春爛漫の4月中旬、福山市を旅した。

オントリちゃんと旅した人
小島綾野 音楽ライター
小島綾野
オントリちゃんと旅した人
小島綾野 音楽ライター
専門は学校音楽教育(音楽科授業、音楽系部活動など)。月刊誌『教育音楽』『バンドジャーナル』などで取材・執筆多数。近著に『音楽の授業で大切なこと』(共著・東洋館出版社)...
目次

瀬戸内の城下町・福山へ

広島空港に降り立つや否や、空港でお好み焼きに舌鼓を打ったあと、バスで東へ約65分。岡山との県境に迫る頃、福山の市街地に到着する。JR福山駅の北口を出ると眼前にそびえるのが福山城だ。足早に行き交う通勤客と石垣や白壁とのコントラストに、まるでタイムスリップしたかのような錯覚に陥る。

福山城とその周辺は「文化ゾーン」と称されて憩いの場になっており、天守閣内部がそのまま博物館になっている「福山城博物館」のほか、「ふくやま美術館」、「ふくやま文学館」、「広島県立歴史博物館」などが一帯に集まっている。この春にシャガールの絵画《青い花瓶》を収蔵した「ふくやま美術館」をはじめ、意欲的でユニークな展示を行なう、その1つひとつを訪ねるだけでも、今までの人生で出逢えなかったたくさんの発見と感動を得られるだろう。

駅近で観光にも至便な福山城・文化ゾーン

さて、まずは鞆の浦へ向かうべく、駅南口からバスに乗車。このバスは地元の生活の足でもあり、通学の生徒や買い物と思しきおばあさんたちに紛れて乗り込むと、バスは春の街を一路南へ。若草に萌える芦田川の土手を走り、こども園などもあるのどかな街並みを走っていくと、ある交差点で突然、眼前に海が広がる。

そこからは左手に海岸線、右手に山を望みながら岬の突端をめざす。終点「鞆港」で降りると、そこは小型船がいくつも係留された漁港だ。ここから、鞆の浦散歩をスタートしよう。

バス停留所の目の前に広がる、のどかな漁港の景色

「潮待ちの港」鞆の浦散歩

鞆の浦のシンボル「常夜燈」へ。港の隅に立つ巨大な石燈籠の灯台はバス停からすぐ見えるが、直進する道がないため街中を数分ほど迂回。

しかし、この街並みがまたレトロな風情に満ちている。飴色に使い込まれた木造の雨戸やサッシが並ぶ家々を、ピンク・黄色・赤・紫……春の花々がカラフルに彩る。昔ながらのものを大切に使い続けながら、日常や季節を慈しむ丁寧な暮らし……そんな生活への憧憬も相まって、どこを切り取っても絵になる鞆の街並みのすべてをファインダーに収めたくなる。

左:《流星ワゴン》《ウルヴァリン:SAMURAI》など国内外のドラマ・映画のロケ地にもなっている鞆/右:いりこや干しえびなどを並べた乾物屋さん
乾物屋さんの人気商品は「じゃこまん」。じゃこを練り込んだおまんじゅうで、甘さの中に潮の香りが
古いものを保ちつつも掃除の行き届いた美しい街並み

常夜燈は、江戸時代に建てられた巨大な石燈籠の灯台。かつて鞆は「潮待ちの港」と呼ばれていた。海運は潮流によって、その効率を大きく変える。だからこそ、人々は焦って船を出すことの無用さを知り、この街で過ごす時間をも楽しみながら機が来るのを待った……そんな人々の在り方に思いを馳せると、現代のビル街で仕事をする我々も、がむしゃらに突っ走るだけでなく、周囲の状況へしなやかにアンテナを張り、風を読み、時を掴んで動き出すことが大切なのだ……と、改めて己の生き方をも省みる。

鞆のシンボル、常夜燈
夜の常夜燈も幻想的な趣。宿泊するならぜひ訪れてほしい

続いて、鞆を見晴らせるという「医王寺」に向かう。車がやっと行き交えるほどの細い路地を辿り、石畳の急坂を上っていく。汗ばみ息が切れる道端で、桃の花や白いチューリップが風に揺れ、ふと振り返るたびに広がっていく見晴らしに「こんなに上ってきたのか」と感慨がわく。

医王寺は弘法大師・空海が開基したと伝えられる歴史の深い寺。春の日差しに照らされて、境内から一望する鞆の街の瓦屋根と、その向こうの瀬戸内海の凪がきらきら輝く。ひっそりした本堂で手を合わせて裏手に回ると、草に半ば埋もれた石の階段が。ここから583段を上った先の太子堂では、さらに格別な眺めが得られると聞き、森に分け入るような階段に挑んだ。

医王寺に向かう坂道
境内から海を望む

お世辞にも楽な道程とは言えず、もはや「登山」という趣。瑞々しい新緑に満ちた山道を一歩一歩踏みしめながら聴こえる音は……自分の上がった息と、枯葉や枯れ木を踏みしめる靴音、それから若葉の間を吹き抜ける風の音、そして幾種類もの鳥の声。木漏れ陽のさす階段に彫られた段数を頼りに頂上を目指す。

左:森の中の階段を上っていく/右:階段の隅には段数の表記が
太子堂からの眺め

コンパクトな街並みに、10ほどの寺社が林立するのも鞆の特徴だ。そのうちの1つ、福禅寺の客殿である対潮楼は対岸にある仙酔島を望み、江戸時代には朝鮮通信使の迎賓館として用いられ、その景色は「日東第一形勝」(日本一の絶景)と崇められた。朝鮮通信使に関する記録は、鞆の浦に残存する資料などとともに2017年、ユネスコの「世界の記憶遺産」に登録されている。

対潮楼から仙酔島・弁天島を望む。柱が額縁の役割を果たし、国立公園の島々が絵のように見える

鞆の浦と《春の海》宮城道雄

さて、鞆の浦と音楽との関わりについて語ろう。音楽の教科書にも掲載され、新年にはテレビや街中など至るところで流れる箏と尺八の名曲《春の海》には、誰しも聴き覚えがあるだろう。

その作者で「楽聖」と謳われる盲目の箏の名手・宮城道雄は、随筆に「鞆を故郷のやうに思ってゐる」と記している。宮城は神戸の生まれだが、先祖代々の系譜は鞆にあり、家族や周囲の人々が鞆の言葉を使ったり、鞆の思い出話をしたりするのを聞きながら育ち、やがて晩年に鞆の浦を訪れたときのことも、随筆の中で実に思い入れ深く綴っている。

鞆の浦と縁の深い宮城道雄を讃え、「鞆の浦歴史民俗資料館」には展示コーナーが設けられている。愛用の箏をはじめ、着物や点字盤・杖などの生活道具、生前に出版されたレコードや随筆集などが展示され、その功績と人となりに思いを馳せる。使い込まれた爪には、正確な45度の摩耗……それもまた達人の証なのだという。

左:資料館へは味のある階段で/右:鞆城跡に建つ、鞆の浦歴史民俗資料館
宮城道雄に関する特設展示。箏やレコードから愛用のひょうたんまで
来場者が箏の演奏に挑戦できるコーナーも

小高い丘に建つ資料館の庭には銅像が。指先に爪をはめながら優しく微笑む宮城は、愛した瀬戸内海を眼下に見渡している。《春の海》は、ちょうどこの季節の瀬戸内を宮城が旅したときに聴いた音や肌で感じとった感覚、お供した人々が口頭で実況した景色などをもとにして作られた曲。

陽光にきらめいて穏やかに寄せては返す波、新緑に覆われた島々に咲き誇る色とりどりの花、暖かな風の中を自由に飛び回る鳥……宮城が脳裏に思い描き、音楽に綴ろうとしたのは、まさにこのような情景なのかもしれない。

左:鞆の街と瀬戸内海を一望する銅像/右:人柄が滲み出る、穏やかな微笑み

毎年4月には、この庭で生誕祭が行なわれる。全国から集う「箏曲宮城会」の面々や、福山で宮城の功績や箏の文化を伝える人々が集い、宮城像に献花を行なう。そこで献曲を担うのは、地元・福山市立鞆小学校琴クラブの子どもたちだ。青空の下に毛氈を敷き、小さな手で爪弾く箏の音色は爽やかな海風に溶け、天国の宮城にも届いているに違いない。

全国的には珍しく、福山市内の小中学校には箏クラブを設ける学校も多いそう。中でも鞆小学校では演奏に留まらず、「自分で箏を作って、自分で弾いて、聴く人に喜んでほしい」という子どもたちの思いをきっかけに、箏を自作することにも挑戦。市内の箏工房に教えを乞うなどしながら自分たちで作り上げた箏が、この日も1面交じっていたのだという。

「箏を弾くだけでなく、子どもたちがその中で次の夢を見つけて、自分の未来につなげていければ」と顧問の川崎みつ子先生。生誕祭という場で次世代代表として重責を果たし、自らの夢を見つけて福山の箏文化を受け継いでいく子どもたちを、宮城を慕う思いでこの場に集った幅広い世代の人々が応援する。

鞆小学校琴クラブの演奏。5~6年生と今春卒業した中学1年生
春の風が吹く気持ちの良い丘に、宮城を愛する人々が集う

工房見学で箏ができる過程を学ぶ

鞆の浦から福山市街に戻り、今度はお箏の工房へ。一般の見学を受け入れている「藤井琴製作所」を訪ねた。畑の中に建つ工房の門をくぐると、表にはフォークリフトや木材加工の機械が並び、その武骨な様相と優雅な箏の音色が結び付かずに、一瞬めまいを覚える。

建物の中を覗くと、製作所代表の藤井善章さんが箏の胴体内部の削りに勤しんでいた。音色を左右する重要な部分だが、見学予約の旨を伝えると作業の手を止め、「お箏は弾きますか」と見学者側の箏に対する興味や知識の深さに合わせて解説をしてくれた。木の匂いに満ちた作業場には材料・工具・機械が所狭しと並び、職人の仕事場に背筋が伸びる。

この工房には、箏の材料である桐が丸太のまま運び込まれる。それを大まかな胴の形に切り出し、1年ほど天日に干して乾燥させる。自然のままに雨に濡れ、風に吹かれることで桐のアクが抜けてくるのだという。そうしてすっかり黒ずんだ材木を1日かけて鉋(かんな)がけすると、美しい桐の白木が現れる。

藤井琴製作所は昭和52年の設立
瀬戸内の温暖な陽光で天日干し

その次が、音を響かせるための空洞をノミで掘っていく作業で、この工程が音質を決定づける。その後、裏板をはめ、真っ赤に熱したコテで焼くことで落ち着いた深い茶色になり、見慣れた楽器に近づいてくる。

胴体ができたら小さな作業部屋に持ち込み、金具の部分を装着。かつて福山では部品ごとに専門の工房があり、分業制がとられていたそうだが、今は金属加工や彫金までもこの藤井琴製作所で担っている。鉋がけから仕上がりまでにかかるのはおよそ1か月。木材の扱いから金属加工まで、風雨や熱に耐えながらの力仕事から繊細な音色への感性を問われる緻密な作業まで……職人が長年の修業で身に付けた幅広い技術と、それを丹精込めて活かした真摯な仕事が結集して、やっと1面の箏が生み出されるのだとわかる。

丁寧な手作業で根気よく彫っていく
数えきれないほどの道具が活躍
重く熱いコテで焼きを入れ、美しい木目が表れる
完成。弦を張らない状態で楽器店が買い付けに来る。お店によって好みの木目などがあるそう

藤井さんは中学校を卒業してから、箏一筋60年。昭和中期の子女には箏がメジャーな習い事だったこともあり、オイルショックの頃までは箏工房は活気に満ちていたという。当時は1つの工場に130名もの従業員がひしめいていたこともあった。

だが今は市場規模も狭まり、後継者の養成もままならない。「今は、箏を聴く人はいても弾く人は少ない。ある一部の人のものになってしまう」と藤井さんは呟く。

ここ十数年は授業で和楽器が必修化されたことなどもあり、市内小学校の社会科見学をはじめ、遠方からの修学旅行で工房を訪れる若い世代も多い。藤井さんは「学校で箏を扱うことは増えたけど、できれば予算にばかり気を回して安い楽器を使うのではなく、最初から良い音の楽器に触れられたら『もっと箏をやりたい』『箏を習いたい』と思うようになる子も多いでしょう」とも。

藤井さんは「箏という楽器を知ってほしい」という思いから工房見学の受付を始めたが、実際に箏が作り上げられていく場を目の当たりにすると、「1面の箏にこれだけの手間と時間が込められているのだ」ということも深く実感する。何を買うにも、とかく値段の数字にばかり目が行ってしまいがちな昨今だが、その裏にある熟練の技や長大な時間、職人が人生を賭す情熱を、買い手側の我々はきちんと読み取れているだろうか。文化や技術を守り、未来に遺していきたいと考えるならば、職人が大切に受け継いできた伝統の技そのものに敬意を払い、そこに正当な対価を支払うという当然のことからも、目を逸らさぬべきではなかろうか。

左:藤井善章さん。自身は箏を弾かないが「音を大切にしているので、自分が作った楽器が弾かれる時はどんな音が出るのかが一番気になります」/右:この工房では年間250面ほどを制作。価格帯も数万円から車が買えるほどのものまで幅広い

ばらの街・福山

福山駅周辺は、ばらガーデンのように花壇やアーチが整備されている。取材に訪れた4月中旬はまだつぼみを膨らませている時季で、花は想像するほかなかったが、ボードに書かれた品種名には「アニバーサリーふくやま」など福山の名を冠したものも。それもそのはず、福山は「ばらの街」としてもコンセプチュアルな街づくりを行なっている。多くの街では銀杏などが植えられる街路樹もばら、街灯の飾りもばら、市のゆるキャラもばらだ。

「ばらの街」を名乗る自治体は数多かれど、福山のばらへの思いはひとしお。なぜならば、第2次世界大戦末期の空襲で、市街地の8割が消失という壊滅的な被害を受けた福山の人々が、戦後の悲しみと混乱の中で街角にばらの苗を植えたことが「ばらの街」の始まりだから。ばらは福山の人々にとって、市民の協力による街づくりと希望の象徴なのだ。

ばらが見頃を迎える5月には、市街地の南側に位置する「ばら公園」を中心として、「福山ばら祭」が盛大に行われる(2018年は5月19~20日の予定)。

福山市ばらのイメージキャラクター・ローラちゃんと一緒に
駅前バス乗り場のばらアーチ。満開になったらさぞ美しいだろう
ばらが咲いたときの駅前広場 ©福山観光コンベンション協会
賑わうばら公園 ©福山観光コンベンション協会
街灯もばらモチーフ

そして、この街で今年はじめて開催されるのが「ばらのまち福山国際音楽祭」。ふくやま芸術文化ホール・リーデンローズを中心に、市内各所にサブ会場を設け、ばらが咲き誇るゴールデンウィークの福山の街を音楽で満たす。

メイン会場となるリーデンローズの大ホールは残響2.0秒と、国内外の著名なコンサートホールに匹敵する豊かな音響だという。「市が全国に誇れるリーデンローズの響きを、もっと多くの人に味わってほしい」「市民にはより身近に音楽を楽しめる環境を作り、音楽で街をもっと活気づけたい」という思いが、音楽祭を始める原動力となったそうだ。

そのコンセプトを具現化するように、プログラムも市の歴史に縁深いものとなっている。

先に触れた、朝鮮通信使に関する記録の「世界の記憶遺産」登録に際して手を取り合った韓国から、釜山フィルハーモニーとヴァイオリニストのシン・ヒョンスを招き、福山の箏との共演も。釜山フィル、ポーランド放送室内合奏団らによる卓越した演奏を中心にしつつ、地元の市民オーケストラや吹奏楽団によるステージ、ジュニアオーケストラや中高の吹奏楽部など子どもたちも大活躍。

ユニークなものでは、鉄鋼業にも歴史のある福山らしさを生かし、製鉄所でのスティールパン(ドラム缶を加工した打楽器)のコンサートや、釜山フィルと市民合唱団が協演しての《威風堂々》(合唱付き)も。福山の多彩な技術と歴史、市民が手を取り合う土壌がまさに具現化したような、唯一無二の音楽祭になるに違いない。

左:ふくやま芸術文化ホール・リーデンローズ/右:福山出身の箏奏者、松下知代
左:ヴァイオリニストのシン・ヒョンス/右:ポーランド放送室内合唱団

「お箏の街」との噂に惹かれ、初めて訪れた福山。だが実際に街を歩き、五感を開いて方々に目を留め、耳を澄ませ、空気を感じとり、出逢う人々と言葉を交わすことで、この街の豊かな歴史と文化、そしてそれを未来に繋いでいく情熱をも幾度も実感した。

音楽を通して素敵な街に出逢い、自分の生き方をも見つめ直すような味わい深い旅ができたこと、そして取材にあたり多大なる力添えをいただいた福山の方々に、心からの感謝を申し上げる次第である。

旅の情報
福山市鞆の浦歴史民俗資料館

開館時間: 9:00~17:00 休館日 月曜日(祝日の場合は翌日)・年末年始

入館料: 一般150円(高校生までは無料)

住所: 〒720-0202 広島県福山市鞆町後地536-1

Tel/Fax: 084-982-1121

http://www.tomo-rekimin.org/

藤井琴製作所

住所: 〒720-0002 広島県福山市御幸町下岩成735-1

Tel/Fax: 084-955-5895

http://www.fujii-koto.com/

ばらのまち福山国際音楽祭

会期: 2018年5月2日(水)~4日(金)

会場: ふくやま芸術文化ホール・リーデンローズほか、市内各所

主催: ばらのまち福山国際音楽祭実行委員会

チケット取り扱い: ローソンチケット Tel. 0570-084-006、チケットぴあ Tel. 0570-02-9999 ほか

問い合わせ: ばらのまち福山国際音楽祭実行委員会事務局(福山市経済環境局文化観光振興部文化振興課内) Tel. 084-928-1117

http://fukuyama-music-fes.jp

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